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女性はシオマと名乗った。
刺繍布であしらわれた旅装を纏い、髪を隠した面立ちは成人のものだったが、ひどく落ち着かない様子でいる。拾った松明を向けられ、おどおどと目線を移して定まらない相手から名前を聞き出すことだけにも相当な時間が必要だった。
苛々と隣のユルヴが焦れている気配を感じながら、サリュは丁寧に呼びかけた。
「驚かせてごめんなさい、私達は野盗ではありません」
「あ。私、は」
「ウディア・カミが、こんな時間にこんなところで何をしている」
震えながら返そうとする女性の言葉を遮り、松明を突きつけたユルヴが鋭い声音で訊ねた。
部族の人々が用いる刺繍には彼らの部族や家の模様などが表されており、それ自体が彼らの身分の証になっていた。この近くにどれ程の部族達がいるのかはサリュにはわからないが、ユルヴならその幾つかの部族の名と彼らの刺繍の模様を知っていて不思議ではない。
「あなた、は」
「ユルヴ。アンカ族だ」
「アンカ・カミ? どうして。こんな――」
「そんなことはいい。こんな夜更けに何を急いでいる。どこに向かっていた」
ユルヴにそうした意図はなくとも、放たれた言葉は充分に詰問じみた口調だった。小柄な少女に睨まれてびくりと肩をすくめる相手へ、サリュは幼子に対するように優しく訊ねなおす。
「追われているの?」
「いえ。別に……」
首を振りながら、女性には明らかに何かを隠している様子が見て取れた。サリュはユルヴを見た。好きにしろ、とユルヴが肩をすくめる。頷き、サリュは目をあわそうとしない相手に言った。
「それなら、ここで火を焚いて少し休みませんか? あなたの連れも、ああだし」
クアルに抱きついて気絶した男は目を醒ましていない。今は砂地に横たわった鼻先を、クアルの尻尾が揺れていた。男の口からは何かのうめき声が洩れている。
「……でも、砂虎が。あそこに」
近くに横たわり、地面に顎をつけて退屈そうなクアルに恐々とした眼差しを向けて、女性がかぼそい声で答えた。
「問題ない。友人だ」
「友、人?」
理解できないといった口調で目を瞬かせる。荷から乾燃料を取り出して野営の準備を始めているユルヴが訊ねた。
「それより、お前達の馬はどこだ。はぐれでもしたのか」
「いえ――いえ、初めから。連れてきてなくて」
「連れてきていない?」
焚き火の形を組み上げ、松明を拾いながらユルヴが眉をひそめた。
「では、荷はどこだ。まさかそんな格好で砂海に飛び出てきたわけではないだろう」
沈黙して答えない相手に、ユルヴが侮蔑の眼差しをつくる。吐き捨てるように彼女は言った。
「死ぬつもりだったのか」
女性は反論せず、顔を伏せた。
砂海に水も食料も持たずに出るなどというのは自殺行為に等しい。旅に慣れている、慣れていない以前の問題だった。水を飲まず、何も食べずに生きていられるわけがないのだから、その時点で既に生きることを放棄している。
「今までの恩を忘れて、旅の男と心中か? 部族の面汚しだな」
「ユルヴ」
さらに続けようとするのに、サリュは静かにそれ以上の言葉を押し留めた。
わずかな資源に、水と食料。誰もが望んで生きられるわけではない砂漠で、自ら命を絶とうとする者はそれだけで罪が深い。ユルヴが憤る気持ちは理解できるが、誰もが彼女のように強く正しいわけではなかった。
不機嫌そうな一瞥を残して、ユルヴが焚き火の世話に戻った。肩をすぼめて居心地が悪そうな女性の様子を見やり、サリュは腰元から水袋を取り出して相手へと差し出した。不安そうに見上げた女性が、戸惑うように目の前のものを見て、それからサリュの顔色を窺う。にこりとサリュが微笑むと、ほっと安心した様子で笑いかけた笑顔が途中で固まった。
すぐにその理由に思い至り、サリュは黙って差し出した水袋を戻すと、口に含んでみせた。喉を鳴らして一口し、告げる。
「なにも入ってません。日持ちが利くように、キーリの実が入っているだけ」
改めて差し出すと、女性はいかにも恐る恐るといった様子でそれを受け取り、唇に近づけた。しばらくぴくりともしなかった喉の動きがわずかに上下したのを見届けてから、サリュは言った。
「少し休んでください。火の番は私達がします。連れの人が起きたら、声をかけますから」
何か言いたそうにユルヴがサリュを睨んだ。サリュはそれに気づかない振りをした。
「……ありがとう、ございます」
「毛布です。どうぞ」
無言で受け取った女性が、その場で丸まって横になる。強張った身体と、押し殺された呼吸を視界に入れながら、サリュは焚き火をいじりながらむっつりと押し黙るユルヴへ声をかけた。
「お湯を沸かしておくわ。二人が起きたら、ちょっとでも温まるように。少し早いけれど、私達も朝食にしましょう」
「勝手にしろ。わたしは馬の様子を見てくる」
尖った声で言って立ち上がり、ユルヴは自分の馬へと向かっていった。
サリュは荷から鉄敷きをとりだし、その上に鍋をのせて水を注ぎ込んだ。沸騰するのを待つ間、火を眺めながら先ほど聞いたばかりのユルヴの歌を口ずさんでみる。
歌うなど、生まれてはじめてのことだった。音の階も律も、歌詞が意味するものも理解できない。すぐに続きがわからなくなり、ほとんど鼻歌のようになりながら彼女は続けた。
気絶した男の元からクアルが擦り寄ってくる。外気からサリュを守るように包んで座り込む砂虎の頬を撫でながら、サリュは少しだけ覚えたフレーズを口ずさみ続けた。
鍋の水が泡立ち始めた頃にユルヴは戻ってきた。
「怒ってる?」
サリュが歌をやめて訊ねると、不機嫌そうな表情のまま言う。
「私か、それとも馬のことか」
「両方」
「馬なら問題ない。私は怒っている」
「お腹をさすってあげたら、機嫌が直る?」
「馬鹿にしているのか」
ユルヴが半眼で言った。サリュはくすりと笑って、近くに横たわった毛布に視線を向けた。
「……いい子守唄になったようだな」
緊張して震えていた毛布の塊から、今は規則正しい寝息が聞こえていた。
「歌って。難しいわ。これはどういう歌なの? 子守唄?」
「のようなものだ。詳しくはわたしも知らない。この辺りの部族の者なら誰でも知ってる、乳飲み子が母親から聞かされる類のものだ」
「そう」
歌や刺繍。部族や家族の間柄で、親から子へと受け継がれるそうしたものをサリュは一つとして持っていなかった。気遣うように、ユルヴが一拍置かずに続けた。
「気に入ったなら覚えればいい。それでもう、その歌はお前のものだ」
わかりにくいが、単純な優しさのこもった言葉に、サリュはにこりとして言った。
「ありがとう」
「……わたしより年上だろうに、子どものような奴だ」
照れた様子で、ユルヴが寝入った女性を見ながら話題を変えた。
「疲れていたみたい。よほど急いでたのね」
ふん、とユルヴが鼻を鳴らす。
「荷も持たずに逃げ出してきたくらいだからな」
「部族の人が、どうして部族のところから逃げたりするのかしら。ウディア族って、どんな人達?」
「わたし達と同じ程度には古くて、人もいる一族だな。縁戚関係にはないが、悪い噂は聞かない。町の連中とはどちらかといえば疎遠で、縄張りはもう少し北西のはずだが」
「何があったのかしら」
「さあな。死を望むような輩の気持ちなどわかりたくもないが。そこの男に聞けばわかるだろう」
言いながら、ユルヴは手に持った小石を投げつけた。
「そろそろ起きたらどうだ、寝たふり男」
小石があたってぴくりとも反応しなかった男が、それを聞いてわずかに身じろぎした。ぱちんと焚き火が小さくはぜる。それを合図にするように、むくりと上半身を起こす。
男は砂に吹かれた色合いの薄い、端正な容貌をしていた。町の人間だと一目でわかる作りの表情が、驚きに瞬いて言った。
「いやあ、ばれてましたか」
「町の連中は大抵そうだからな。十人に言えば、八人は勝手に起き出して間抜けを見せる」
ユルヴが言った。男は苦笑した。
「なるほど。これからは気をつけます。あ、お水を一杯いただけますか?」
名乗りもせずに要求する男の態度があまりに自然で、サリュは不快にもならずに男へ白湯を注いだ碗を受け渡した。
「ありがとうございます。――ああ、生き返った」
ほっとした心地を息に吹かし、男はすぐに会話の口火を切った。
「ところで、どうして砂虎がいるんでしょうか。すごくびっくりしたんですが。あなた方が飼っていらっしゃるんですか」
サリュとユルヴは顔を見合わせた。
「……質問の前に、名乗りぐらいしたらどうだ」
「ああ、失礼しました。わたしはラディと申します。歌や詩を歌いながら旅をしています」
「吟遊詩人?」
驚いてサリュが訊ねると、ラディは微笑んだ。
「はい。さきほどのあなたの歌、とてもお上手でしたよ。――随分と不思議な瞳をされてますね。生まれつきですか?」
好奇心を輝かせて覗き込むように顔を近づける男に、サリュは思わず身をひいてしまう。小さく頷いた。
「それはすごい。世の中には不思議なことがあるのですね。あなたのお生まれのところでは、他にもそうした方がいらっしゃるのですか。どちらのお生まれなのでしょうか。部族の方ですか?」
「待て、喋るな。質問はこちらからだ」
ユルヴが言った。年少には思えない毅然とした態度が常の彼女も、風変わりな男の反応にやりづらそうにしていた。
「旅の詩人と言ったな。どうして楽器を持っていない」
「ああ、いえ」
少し困ったように、男が眉を寄せた。
「竪琴なら一応、自前のがあったのですが。そちらのシオマさんのところに、荷も馬も置いてきてしまいまして」
「どうして部族の人間を連れている。お前がかどわかしたのか」
「いやあ。そういうわけではないと思うんですが」
あいまいに言葉を濁す男が意味ありげに視線を動かし、サリュは寝入っている女性を見て、気づいた。ユルヴに目配せすると、追求しようとしていたユルヴも口を閉じる。
サリュは男を見た。男の表情には微妙な笑みが浮かんでいた。飲み終えた碗を手渡され、それに改めてお湯を注ぎながら、サリュは声をかけた。
「シオマさん。白湯はいかがですか」
不自然に呼吸の上下を見せなくなっていた女性が、びくりと身体を痙攣させた。それから何の反応もなく、サリュの持った碗から湯気が立ち消えかけた頃合になってようやくゆっくりと身を起こした。
「おはようございます、シオマさん」
「――あ。その、ごめんなさい」
男が声をかけると、シオマはすまなそうに身を縮めた。男は朗らかに首を振った。
「謝らないでください。さあ、お湯をどうぞ。身体の芯から温まりますよ」
「お前の台詞か?」
男の厚かましさに、ユルヴは呆れ果てて文句もないようだった。サリュが碗の冷えた中身を戻し、改めて温かいお湯を注いでシオマに差し出す。
「あ、ありがとう、ございます」
伸ばした指先が震えていた。寒さと、それ以外からくるものだった。サリュは気づかない振りをして相手に碗を渡した。渡し際、一瞬だけ目があった相手の瞳に深い恐れの感情が見え、そこに自分の瞳孔が映っているのがわかったサリュは目線を外した。
両手に抱いた碗をすすったシオマがほうっと安堵の息を漏らした。ラディと名乗った男が嬉しそうに微笑み、両手を広げた。
「水天よ、今日のこの出会いに感謝します。一曲捧げさせてください。歌います――」
「歌うな」
ユルヴが苦々しく遮る。ラディは不思議そうに首をかしげた。
「駄目でしたか」
「お前達、急いでいるのだろう。逃げてきたんじゃないのか。そんな暇がある立場か?」
「どうなのでしょう。そういえば、お二人はどちらに向かわれているのでしょうか」
手に負えないとばかりに、珍しく投げやりな表情でユルヴがサリュを見た。
「ワームという町に行こうと思っています」
サリュは答えた。
「川沿いの境町ですね。しかし、それにしては随分と北を歩いていらっしゃるようですが。人を避けているのは、砂虎と、その目ですか?」
ラディが言った。会ったばかりの他人に対してあまりに不躾な物言いだが、男にはそうした稚気が許されるような稀有な雰囲気があった。生まれついてのものか、旅をしているうちに身についたものなのか。いずれにしろ、余人から羨ましがられる性質のものだった。
頷くサリュに、ふむと考える仕草でラディが提案した。
「では、わたし達もそれに同行させて頂くというのはどうでしょう」
「何故そうなる」
「旅は大勢の方が楽しいですし」
邪気のない笑顔で男はユルヴを黙らせてしまう。サリュが訊ねた。
「水と、食料は。どうされるのですか」
「そこが問題ですね。ちょっとした水と、非常食くらいしか持ってこれませんでした」
男の今までの言動なら、ちょっとわけてくださいなどと簡単に言ってくるかとも思ったのだが、男はサリュの予想に反して連れの女性へと目を向けて、言った。
「どうしましょうか、シオマさん」
「わ、私は。……その、どちらでも」
話を向けられたシオマが、三人の視線から逃れるように顔を伏せた。ユルヴが不快気に顔を歪めた。
「どちらでもなんだ。はっきり言え」
「いえ。なんでも。ない、です」
焚き火の灯りを受けたユルヴの顔の陰影が深まる。彼女から怒声があがる前に、ラディが口を挟んだ。
「まあ、そうかっかしないで。落ち着いてください。部族のお嬢さん」
「子ども扱いするな。わたしは十五だ、とっくに成人している」
「お若く見えますね。それで、シオマさん。どうしましょう。南に向かうか、それとも北に行きましょうか」
男は、女に今後の目的を決めさせようとしていた。それが意思の放棄ではなく、違った意図があるように感じられて、サリュはユルヴを近くに手招いた。怪訝そうに近寄ってくる彼女の腹に手をあてて、撫でる。
「……何の真似だ。これは」
「機嫌。なおった?」
「なおるか!」
ユルヴがサリュの手を振り払った。それを見ていたラディが笑い声をあげる。
「――私、は」
シオマが言った。顔をあげず、焚き火の炎に焦らされる砂漠の地面を見るようにしながら、
「戻ります。……集落へ」
「わかりました。そうしましょう。荷もありますしね」
ラディが言った。
男は本人の口から帰郷の言葉を引き出したかったのだろうか。本心の掴みにくい笑みを眺めながらサリュが考えていると、視線に気づいた男が彼女を見た。
サリュが視線をそらさずにいると、男も彼女の視線を受け止めて動じない。サリュは居心地の悪さを感じた。何故だろうと考え、慣れていないからだと思いつく。この瞳で見てまるで驚かれない、という経験はあまりない。
「あの」
サリュが男から視線を外すと、顔を上げた女性がサリュを見つめていた。何かを覚悟したような悲壮な色合いが炎に揺れている。
「……あなた方も、一緒に来てはもらえませんか」
「私達が?」
はい、と言いかけた声が掠れている。シオマは大きく呼吸をやってから続けた。
「彼が。一人で戻ってしまうと――危険かも。だから」
「我々には関係ない話だな」
ユルヴが冷淡に告げた。ラディが大げさに両手をあげた。
「冷たいことを言わないでくださいよ。わたしだって、この若さでまだ死にたくはないです」
「一緒に行く理由がないと言っている」
「広い砂海で、縁あって出会った仲じゃないですか。助けると思って」
「お前は砂虎を見て気絶していただけだろうが」
「――リトという人を、知っていますか?」
サリュが訊ねた。男は眉をひそめ、すぐに頭を振った。
「残念ながら。そういった名の知人はおりませんね」
ユルヴを見た。嘘は言っていない、とユルヴが目線で応える。サリュは男に頷いた。
「わかりました。ご一緒します」
「おい、サリュ」
不服の声をあげるユルヴに言う。
「私がユルヴに会えたのも、縁だもの。メッチが無理やり私に護衛を頼んだから、集落に行くことになったの」
じろりとした目つきで、ユルヴが嘆息して言った。
「……腹が立つな。その点だけは、あの男に感謝しないといけないところが」
「そうね」
サリュは笑った。
「まったく、お人好しすぎる」
それはユルヴのことだ、とサリュは思ったが、口には出さなかった。かわりに感謝の言葉を呟き、それを大きくして言う。
「ありがとう」
「要らない。話は決まったな。ならさっさと出発だ。お前達、集落から抜け出してきたのだろう。なら、少しでも戻るのは早いほうがいい。気づかれずにというのは無理だろうが」
「……あの」
「まだ何かあるのか」
「その。もう一つだけ、お願いが」
シオマがサリュを見て言った。
「お願い?」
「あなたの……お名前。集落では、秘密にしておいてもらえませんか」
ユルヴが眉を釣り上げた。怒りに強張った肩に手を置いて、サリュは言った。
「わかりました。そうします」
「ありがとう、ございます」
頭をさげる彼女から、ユルヴを見る。微笑んだ。
「さ、行きましょう」
「……わかった」
ほとんど唸り声のような返事を残して、ユルヴは出立の準備に取り掛かり始めた。背中から険悪な気配が立ち昇っている。
「そういえば、まだお名前を聞いてませんでしたね」
ラディが言った。サリュは振り返って答えた。
「私はサリュ。彼女はユルヴといいます」
「サリュ。変わったお名前ですね」
「そうですね。そうだと思います」
穏やかに答えながら、サリュは微笑を浮かべたままだった。
ウディア族の集落は西よりの北に三刻程歩いた距離にあるということだった。
距離だけでいえば夜明け前には集落を見つけられる範囲だが、二人はあいまいな方角しか覚えていなかったので、向かった先ですぐに集落を発見できるとは限らない。サリュに訊ねられ、ユルヴは楽観的に答えた。
「近くにいけば、天幕をはりそうな場所は見当がつく。見つからないことはないだろう」
気分はまだ晴れず、口調に不機嫌さが残ってしまっていた。
頷いたサリュが少し離れて後ろについてくる二人の様子を窺うようにした。軽装の彼らは特に重そうな足取りではなかった。黙々とした様子で、会話をかわしているかどうかまでは不明だが、声は届いてこなかった。
「いいのか、あの女」
サリュがユルヴを見た。部族の少女は不機嫌に囁いた。
「同行を頼んでおいて、名は隠せと言う。あれは間違いなく知っているぞ」
「やっぱり、この辺りの部族の人達には知られている言葉なのね」
緊張感のない感想を返され、ユルヴは顔をしかめた。
「感心してどうする。何か企んでいるに決まっている」
「そうね」
サリュは軽い調子で頷いた。心配そうな少女に頷きかける。
「大丈夫。ちゃんと、自分で決めるから」
「そういうことを言ってるんじゃない」
渋い表情で首を振ったユルヴは、探った眼差しをつくった。
「……死にたがりに引きずられているのではないだろうな」
「まさか」
サリュは小さく笑った。
「リトに会えないうちに、死んだりなんかしないわ」
返答を聞いたユルヴは、なお言いたい言葉を呑みこんで沈黙した。
日数でいえばまだ出会って一月もない連れに対して、彼女は信用も信頼もしていたが、見ていて不安をおぼえることがあった。瞳の中に二重の輪を描くその奇妙な瞳には確固とした意思の輝きがあるが、同時に今にも崩れそうな儚さが見え隠れするようで、ひどく落ち着かない気分にさせられる。
あるいはそれが彼女の魅力なのかもしれなかった。人並み外れた相貌には、異性ならずとも相手を惹きつける気配が備わっていた。
その妖しい魅力に惹かれたからこそ、自分もまた旅の同行を申し出たのだということはユルヴも自覚している。その善し悪しではなく、彼女は異相の相手と既に友人だった。
「あの子のこと、頼むな。見てて不安になるんだよ。ほっとくとさ、砂になって飛んでいきそうな感じがする」
出発前に若い商人が言った台詞は、大まかな部分で少女の認識と合致していた。だからなんだ。お前に言われるまでもないとユルヴは脳内の男に弓を射掛けて追い払った。
友人である以上、相手がどこかへ飛んでいこうというなら足を掴み、足場を崩して落ちそうなら手を伸ばして引っ張りあげるのが当然だと彼女は考えている。もし望んで過とうというなら、その時はもちろん拳を握って殴りつけるつもりだった。
砂海の民として生きる少女の苛烈なまでの人となりは、齢十五にして定まっていた。