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砂の星、響く声  作者: 理祭
 終章
28/107

エピローグ

 程なくして、先遣隊の出発後、周辺の状況を見定めた上でタニルを出た一団が到着した。隊を指揮してきた小柄な中年の男は、自らの上官にむかって皮肉のこもった口調で言った。

「ご活躍だったようですな」

 そうでもないさ、と男は肩をすくめた。

「寝物語に女に聞かせるような話なら幾つかできたがな。聞きたいか?」

「遠慮します」

 鼻を鳴らし、ケッセルトは目の前の光景へと意識を戻した。


 日没前の集落には、駐留の準備を進める男の兵と、それに狩り出される村人達の姿があった。村人達の顔色は一様に暗い。まあ、征服されて喜ばれるようなことは滅多にない。反抗の気配をむき出しにされないだけ、首尾は上々と言うべきだった。

 視線を感じて顔を向ける。一人だけ、敵意のこもった視線を向ける相手がいた。

 村の子どもだった。名前はなんといったか。この一連の出来事でたった一人だけ出た犠牲者の家族が、激しい感情を秘めた双眸で男を睨みつけていた。


 男は動じなかった。その視線の焦点が、自分を通過した先で結ばれているのを理解していたからだった。

 村の罪を背負った男は、流れの旅人に殺害された。両者の間にどのような経緯があったかはわからない。そういうことになった。旅人は凶行に及んだ後、そのまま逃亡している――もちろんこれも、実際には手を出さなかったわけだが。


 少年の感情はまずその旅人へと向けられていた。落ち際に大地を射す夕日の、その黄金色に染められた意思がこの後どうなるのかについて、俗っぽい興味ならあった。

 黄金は錆びない。それは重く、深く沈み込む。砂の持つ黄土色に似て決して異なる輝き――


 まさに人の業だ。多少の感慨をもって男は思った。喜ばれ、祝い呪われ、それ故に誤解も生み、争いを助長する。功罪というにはあまりに負が大きすぎる、しかしそれでも人はそれから目をそらすことができない。


 だが同時に、その憎悪が少年を生かすことになる。自分の身内を殺した人間が、どこかで生きている――それを憎く思えばこそ、焼け鉢の復讐などに身を投じることはなくなる。死ぬなら、まずあいつを殺してから。あの少女が願ったとおりに、それは生きる為の理由にも成り得るのだった。

 いずこかに去った旅人を思いながら胸に灯った種は成長する。根を張り、やがて実をつけ、頭を垂らすまで。それがどのような形で地に落ちるかは、神のみぞ知るといったところだろうが。


 哀れには思わなかった。村の罪を背負って死んだ男も、全ての業を背負って去った少女も、その黄金に魅入られた子どもも。成り行きとはいえ、集落の敵意を外に向けさせるためにそう仕向けたのは自分なのだから、腐ったような同情を抱くことはなかった。


 実際、男の思考は既にこれからについて向けられている。

「キーチェン。速使を出せ。こっそりとな。いつまで隠し通せるわけでもないだろうが、少しでも努力しておく意味はある」

「は」

「内容は短くていい。詳細は、追って伝えると。直の報告には俺が出向く」

 男の言葉に、副官は大きくは驚かなかった。かすかに持ち上げた眉だけが、その内心を表していた。

「自ら行かれるので?」

「それだけの価値はあるだろう。向こうじゃ、久しぶりに顔をあわせたい相手もいる――面白い土産話もできたしな。ああ、楽しみだな、キーチェン。天秤が動くぞ。これはちょっと、凄いことになる」

 自らの能力に絶大な自信を持つが故の、燎原の火を望んで止まない態度だった。獰猛な笑みを浮かべる上官に、男は深々と頭を下げてその忠誠と敬意を表した。



 辺り一面が黄金に染められていた。


 落ちかけた日が地平にかかり、世界の全てにその色であることを強制していた。黄土色の砂はもとより、水も、緑も、人の身までが塗りつぶされている。見下ろした衣服に映しこまれた黄金色には朱が混じり、それが血の色を連想させて彼女は顔をしかめた。


 隣を歩く砂虎が気を遣うように身体を寄り添わせてきた。手綱を引かれるこぶつき馬は、いつもと変わらない半眼で黙々と足を進めている。一頭と一匹の連れの、どちらの態度も彼女には嬉しかった。


 立ち止まり、後ろを振り返る。生い茂る緑とその奥にある小さな集落は、当然のように黄金色に埋没していた。

 布防具に巻かれていない頭部の、晒された素顔の中で不可思議な輝きを放つ瞳が、わずかに歪んだ。

 一切の想いを吐き出すことなく、彼女は再び歩き出した。主人の気持ちを代弁するかのように若い砂虎が大きく咆哮する。それに応える声はなく、ただ風が哭いていた。



                                                  黄金の稲穂 完



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