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砂の星、響く声  作者: 理祭
黄金の稲穂
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プロローグ

挿絵(By みてみん)



 見渡す限りを一色の黄金が支配していた。

 さえぎるもののない遠くの地平で、真っ赤に熟れた太陽が今にも燃え落ちようとしている。昼間、雲一つなく冴えきっていた空にはすでに朱色の侵食が始まり、それを反射させた地の砂粒はいまなお強すぎる日差しに全く異なる色彩へとその姿を変化させていた。


 燃え上がる地面。美しさよりもまず攻撃的ななにかを感じさせるその風景に、黄金の砂以外のなにものも見ることはできない。


 砂漠。そして一口で砂漠とは言っても千差万別である。岩だらけの砂漠もあれば、水源が近しいために短草が生え進んだステップまで。もちろん気候の差も大きく異なる。大別して言うならここは砂砂漠、一般的には砂海と分類される場所だった。

 一見すると何の変哲もなく、何十年の時を経ようとも姿を変えないでいるように思える風景だが、実はそうではない。砂海には人をも飲み込む急激な流砂があり、例えゆっくりとした流れの場所であっても常に移動している。そこにまだ解明されていない水源――水の湧き場が変化することで、この惑星における生活圏は大きく変化した。水源に根を下ろす植物も、その水と植物を求めて集まる動物も、その水と植物と動物を求めて集まる生物も。


 つまり砂海とはこの惑星において、母なる大地、その気まぐれを最も顕著に表す存在であった。

 水源と水源の間にはどうしても砂海を通らなければならない。携帯可能な水と食料に限りある以上、長距離の移動のためには複数の水源を通過しなければならないが、その途中の水源が不意に枯渇していることなど珍しくもなかった。


 近場に他の水源がある場所なら引き帰すことも出来るが、そうでない場所でそのような事態が起こった場合、そこにはただ物言わぬ死骸が落ちることになる。自身以外ほとんど水分がないためせっかくの養分も肥やしとなることすら叶わず、ただ朽ちて抜け落ちた眼窩の暗闇から怨嗟の視線を空へと仰げる。そうした骸の姿は砂海に無数に存在していた。


 もちろん、人とてその例外ではない。

 世界に存在する三つの大水源――その下でこそ安定した生活を送れるが、その肥沃な水源の恵みも下流になればなるほど乏しくなる。ゆえにこの惑星の人々の根底には移動を前提とした生活風習があった。また、そういった集団規模以外にも、物品と情報の流通を行う商人や旅人は商隊を組み、あるいは個人で砂の海を渡り歩くことになる。必然、先のような不幸にめぐり合った者の結末は同じであった。


 人と動物が異なる点は数多いが、群体としての情報の共有は人が砂海に生きる上で最も重要な能力といえる。どこに水源があり、どの水源が枯れ果ててしまったか。自然と通る道が集約されていき航路と呼ばれ、そうしてその途中にはオアシスや、また集落そのものができていくこともある。

 ここもまた一つの航路だった。ただし人の往来は少ない。途中にもろくなオアシスがなく、そのことがいっそう過疎化に拍車をかけているのだった。今も砂上を歩く人影はなく、なだらかな丘の上に一人の旅人の姿があるのみである。


 背は低い。一般的な防砂具に身を包み、隣にはこぶつき馬を連れている。顔立ちはほとんどうかがえない。西の地平に沈む太陽を眺めていたその旅人がやがて丘の麓へと足を向け、そこには以前この航路を通った、名も知れぬ旅人が一夜を過ごした名残が残っていた。焚き火の跡と、いくつかのまだ使えそうな木材の切れ端。水源などなく休憩所と名づけられるようなものでもないが、航路が決まっている以上、人が休息を得る場所もまた限られてくる道理だった。


 もっとも、刻々と地形が変化する砂海では場所の定置観測はほぼ不可能であり、方角と夜空に浮かぶ星々から自身の位置を特定し、前持って伝え聞いた休憩場所の検討をつけるしかない。杭を打ってこぶつき馬の曳き綱を固定する。火種を起こし、手馴れた仕草で焚き火を組み上げた旅人の周囲で、急速に夜の帳が落ちようとしていた。


 瞬き始めた満天の星を見上げ、旅人は懐から取り出した地図とその位置を照らしあわせて現在地を確認する。そのすぐ後ろに、音もなく一対の獰猛な光が生まれた。

 近寄る気配も足音もなく、座った旅人とほとんど変わらない高さの縦に細い虹彩を輝かせた光の持ち主は、そのままゆっくりと歩を進めて旅人の背後に近づくと、その肩にのっそりと巨大な顎を乗せた。

 焚き火に照らし出された姿は、この星に生息する砂虎と呼ばれるものである。砂海で最も凶暴な肉食獣。単体で人を襲うこともあれば群れを作り商隊を襲うこともあるその獣は、肩に急な重さがかかって体勢を崩しかけた旅人の頬に自らを擦り寄らせると大きく喉を鳴らした。


 人一人よりさらに大きなその姿は、実は砂虎としてはまだ成長途上のものでしかないのだが、人の体からすれば充分以上に巨大な子猫に遠慮なく身体を押し付けられ、旅人は大きくよろけそうになりながらその顎を撫でた。

「――――」

 困ったような嘆息と共に、鈴の音が漏れる。豊かな毛がくすぐる耳元で名前を囁かれた砂虎は大顎からぞろりとした剣歯を覗かせ、機嫌よくそれに応えた。

 子供とはいえ広く大きい砂虎の身体に身を預けて、旅人が再び空を見上げた。


 東の空には月齢のやや欠けた月が昇っていた。昼に空にある燃え上がるものと、夜に静かに浮かぶもの。常に同じ姿で地上を照らす太陽と違い、月は日によってその姿を変える。その形の変化の周期と、それによって天頂に上る時刻との関連性について、昔、短い旅の同行者から教わったことがあった。


 月の姿を映した瞳が一瞬だけ揺らぎ、瞬いて消える。

 空へ向けられた銀色の瞳孔に、不可思議な二重の線が浮かび上がっていた。



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