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砂の星、響く声  作者: 理祭
序編
1/107

プロローグ

挿絵(By みてみん)



 風が吹いている。


 全てが砂に埋もれ刻々とその姿を変える世界で、それは当たり前の自然気象であるとともに、生死をわける超常の現象でもあった。

 風は砂を運ぶ。砂は生活の場を侵し、奪い、積もる。人はその現象に抗えない。抗う意味がない。この地における人々の生活とは、砂との共生ではなく服従である。


 生命の源となるべき海が存在しない世界では、各地に点在する水の湧き場だけが万物の母となりえた。水辺には植物が育ち、動物が集い、人が憩う。水源の生み出す水量によって範囲は異なるが、砂の海の中で、水陸と呼ばれる居住空間がそこに発生した。


 最も巨大なものは三つの大水源が形作る三つの“大水陸”であり、次にあるのが十七前後の“中陸”となる。その周辺、あるいは全く遠く離れた箇所に突然湧き起こる“水島”の数こそ無数であるが、それは浮かんでは消える泡のような不確かな存在であり、人の定住は難しかった。

 史上不動の大水陸はともかく、中陸でさえ不定の周期でその姿を変えていく。いつ枯れるとも知れない場で悠々と根を生やした生活を送ることなどできるわけもなく、人は自然、移動可能な様式の文明を発達させることになった。


 人類文化の象徴たる火こそどこにでも見受けられるが、その高度な鍛冶利用は一部――大水陸を支配するような――の国にしか不可能であり、慢性的な植物の不足から紙も貴重だった。大衆に多く用いられるのは羊皮紙が中心であり、この時代、活版印刷技術もまだ登場してはいない。


 四方を砂の海に囲まれた三大水陸ではそれぞれ異なる文明が興り、また滅んでいる。

 中央、最も巨大な水陸であるバーリミアは、人類史、その歴史の連続性からすれば最も古い土地ではないかと目されていた。集落の発生、その集合として部族が生まれ、敵対し、その数ある淘汰の結果として国が成り立った。同じような事実の拡大再生産の後、現在ではある一神教を中心とした一つの文明圏が確立されている。


 そのバーリミア文明圏から蔑称として蛮国と呼ばれる隣の大水陸では、より過酷な環境による独自の文明が発達していた。一定の砂の流れと風と帆とを利用とした砂海の移動手段が確立され、中陸を経由することで両者は邂逅を果たしたが、平和的交流は長く続かなかった。

 結局、両者が最も相容れなかったのはその思想、突き詰めれば宗教観に根を下ろした文化そのものであり、そこに起こるのは戦争という表現の他者の排斥でしかなかった。二つの大水陸を直接移動する手段がない以上、それを結ぶ中陸が主戦場となったのは必然ではあったが、ただでさえ水源の不確かな中陸でそのような暴挙に出たことは両陣営ともに軽挙ではあった。


 戦場となった中陸に伝わる滅びの警句の通り、破滅が訪れた。敵水陸への侵攻の中継点として多くの血を流した両陣営は、やがてその中陸の水源が枯渇しだしていることに気づいたが、時既に遅く中陸はそこにあった唯一の国家と共に滅んだ。以降、現在に至るまで両者の間に戦争は起きていない。


 もう一つの大水陸であるフェムは、当時の人々からは全くの未開の地であった。その水陸の存在は確かに大昔の文献に見受けられるが、果たしてそれが本当に現存するのかどうかについては意見が分かれていた。国家としてその探索に向かった一団や、ロマン的挑戦心からそこを目指した一介の冒険者の名前もあったが、いずれの音信もはるか昔に途絶えてしまっている。


 星の名は砂球といった。全てが茶色く薄汚れ、埃にまみれた、黄土色の惑星である。



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