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志渡町の防除(下)

 郷田稔は、生きていた。

 肋骨が四本と、右の肩甲骨。それと、脳震盪。ヘリで千葉市内の病院に運ばれた。

 担架に乗せるとき、彼は一度だけ目を開けて、三隅の顔を見た。

「……お前、避けろよ」

「避けられませんでした」

「そうか」

 それだけ言って、また目を閉じた。


 郁の左腕は、尺骨が折れていた。

 彼女がそれを言ったのは、翌日の昼だ。言ったのではなく、包帯を巻いているところを三隅に見られた。

「班長。なんで言わないんですか」

「言うと、外されるから」

 私はその日、施工記録の欄外に、一行書いた。

 ——二十日目未明、緋山班長、左前腕骨折。誘導の継続により、テント区域への進入を回避。

 業務記録に人の怪我を書く欄は、うちの様式にはない。

 三十二年、要らなかったからだ。

 私は欄を一つ、手で足した。


 プールから引き上げたものは、二十二トンあった。

 焼却はできない。県が業者を手配して、三日かけて解体し、産業廃棄物として出した。

 その費用は、私の見積に入っていない。

 追加の見積を出した。四百八十万円。県は、その日のうちに決裁した。

 一億一千二百四十万のときは半年かかった話が、三時間で通った。

 人が死にかけると、書類は速くなる。

 それが一番、腹の立つところだ。


 崩れた家の跡に戻ったのは、翌朝だった。

 屋根が落ちて、壁が外へ倒れて、三十一年前の施工だけが、基礎の上に残っていた。

 通気口の金網は、一枚も破られていなかった。

 破ったのは、私が切った一枚だけだ。


 九千二百三十三個だった。

 三日かかった。

 二十日目、二十一日目、二十二日目。

 床下の高さは四十センチしかない。仰向けで、肘で進む。父がやったのと同じ姿勢だ。

 へらを殻の縁に差し込んで、三十度に寝かせて、根元から起こす。

 割らないように。

 私の横で、すずが同じことをやっていた。最初の三日で割ったのは二個だけだった。

 三隅は、上でバケツを受け取っていた。

 郁は、切り開いた通気口の前に立っていた。三日間、ほとんど動かなかった。

 郷田は、家の外にいた。中に入らなかった。

「入らないんですか」

 三隅が聞いた。

「入らん」

 彼はそれだけ言って、外で焼却の番をしていた。


 二十二日目の午後四時、最後の一個を剥がした。

 床下から出て、外に座った。

 日が傾いていた。

 ドラム缶が六つ並んでいて、殻の弾ける音が、花火のように続いている。

 百人が、坂の下から上まで並んで、それを見ていた。


「加納さん」

 すずが、集計表を持ってきた。

 顔が汚れていて、髪に蜘蛛の巣が付いていた。初めて会った日と、ほとんど同じ格好だった。

「総数、出ました」

「いくつです」

「三万二百八十一個です」

 私は数字を見た。

「戸田さん」

「はい」

「四十匹かけてください」

 彼女は電卓を叩いて、すぐ止めた。

「……百二十万です」

「そうですね」

 私は立ち上がった。

「終わりました」


 その夜、テントで記録を書きながら、私は二度、名前で呼ばれたことを思い出した。

 二十二日のあいだに、二度だ。

 どちらも、私は返事をしていない。

 名前で呼ばれたのは、久しぶりだった。妻が出ていってから、たぶん一度もない。

 二人とも、慌てていたのだと思う。

 慌てると、言い間違いをする。現場ではよくあることだ。

 私はそう書き留めて、記録の続きを書いた。


 あとのことは、短く書く。


 樫村泰三は、三十一年前の回答文書について、委員会で説明を求められた。

 新聞に載ったのは、社会面の下のほうに、二十行ほどだった。

 彼は議員を続けている。次の選挙には出ないと表明した。

 私に、もう一度だけ手紙が来た。便箋一枚に、こう書いてあった。

 ——調査は三百万円でした。三十一年、そのことを考えなかった日はありません。


 鵜飼良隆は、起訴された。

 深沢和樹の件については、指示の事実は認められなかった。認められたのは、公文書の不実記載と、卵鞘の運搬に関する部分だ。

 関東支部は、統廃合されなかった。

 防除の予算科目は、翌々年度に新設された。彼が作ろうとしたものが、彼が捕まってから、できた。


 郷田稔は、二十三日目の朝、久住のところへ行った。

 その前に、管理小屋の図面を私に渡した。三十年分の書き込みがあるやつだ。

「使え」

「郷田さんのです」

「俺はもう、あの町に入れん」

 彼は上着を着た。

「あんたの親父さんに、聞けばよかったと言ったろう」

「言いました」

「あれは嘘だ」

 彼は小屋の鍵を机に置いた。

「聞いたんだ。一度だけ。なんで誰もいない家の床下までやるんですかって」

「なんと」

「『いつか帰ってくるからだ』と」

 彼は小屋を出た。

「三十年、俺はその返事を信じてなかった。信じてないまま、毎月、飼料を運んでた」


 沢渡は、辞表を取り下げた。

 防除の予算科目ができたとき、彼はその様式を作る係になった。

 「今度は、金額欄があります」と、電話で言っていた。


 佐倉くんの右腕は、七割ほど動くようになった。

 配属は、事務になったそうだ。年賀状が来る。手書きだった。字は、少し歪んでいた。


 加納防除サービスは、国の指定業者になった。

 看板屋に電話をした。

「字、変えられますか」

「なんて入れる」

「迷宮外防除 指定業者」

 電話の向こうで、紙をめくる音がした。

「加納さん。前のやつ、剥がしていいのか」

「剥がしてください」

「でかくしとくぞ」

「普通でいいです」

「でかくしとく」


 郁は、第三討伐班の班長をやめた。

 辞めたのではない。新しくできた部署に移った。防除連携課という名前で、職員は三人だ。

 最初の仕事は、A級冒険者向けの講習だった。剣ではなく、隙間の見方を教える講習だ。

「加納さん。講師、お願いできる?」

「日当が出るなら」

「出る」

「じゃあ行きます」

「……もう少し、嬉しそうにできない?」

「嬉しいです」

「顔に出てない」

「出ないんです、昔から」

 彼女はそれ以上言わなかった。

 帰り際、事務所の階段の下で一度だけ振り返って、こう言った。

「加納さん。次の現場、私が先に天井を見るから」

「見なくていいです」

「見る」


 すずには、公募の話が三つ来た。

 論文が、少し有名になったらしい。

 全部断った。

「なんで断ったんですか」

「現場なので」

「大学のほうが、給料はいいです」

「知ってます」

 彼女は作業着の袖を折りながら言った。もう折り方が上手くなっていた。

「加納さん。私、志渡町で二十二日間、毎晩あの紙を書きました」

「書いてましたね」

「あれ、私の十年より、たぶん役に立ちます」

 彼女は箱から脱皮殻を一つ取って、光に透かした。

「ここにいます。給料が出るあいだは」

「出します」

「出なくなっても、いますけど」

「それは困ります」

「困ってください」


 三隅が、後ろで何か言いたそうにしていた。

「三隅さん」

「いえ」

「なんです」

「いえ、あの」

 彼は台所へ逃げた。


 最後に、父のことを書く。


 完了報告書を持っていったのは、十一月の日曜だった。

 父は起きていた。話せる日だった。

 私は数字だけ言った。

「三万二百八十一個です」

「……そうか」

「工期は、二十二日でした」

「早いな」

「人手が百人いたので」

 父は天井を見ていた。

 しばらくして、少しだけ笑った。

「俺は、一人だった」

「知ってます」

 それだけだった。

 父はそのあと眠って、その日はもう話さなかった。


 帰り際、玄関で母が言った。

「持っていくものがあるんだけど」

 彼女が出してきたのは、小さい紙包みだった。

 開けると、へらが一本入っていた。木の柄が、手の形に減っている。

 物置にあったやつではない。

「これ、あの人がずっと枕元に置いてたの」

「いつから」

「志渡から帰ってきた年から」

 母は包み紙を畳んだ。

「使うでしょ」

「使います」

 私は軽バンに乗った。

 助手席に、郷田の図面が置いてある。三十年分の書き込みがあるやつだ。

 その上に、へらを置いた。

 エンジンをかけた。


 次の現場は、市川の蕎麦屋だった。

 チャバネゴキブリ。魔物ではない。ただのゴキブリだ。

 三万円の仕事だった。

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