表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第一話:脳内外在化メンバーの現実運用方法

 昨日、義父に言われた。

「もっと育児しなさい。子どもたちが寝ている時や登校登園している時は、手術前みたいに家事をしなさい。パソコンなんて遊びは、やることやってから余った時間でやればいい」


 以前の私なら、たぶん傷ついていた。

 申し訳なさで潰れて、自己嫌悪で沈んで、「ちゃんとできない自分」が悪いんだと思っていた。

 でも、今回は違った。


 義父の言葉を聞いた瞬間、脳内で『エンタメ』が立ち上がった。

「ネタが向こうから来ましたね。ひとつ残らず回収しましょう!」

 腕まくりまでしている。


 私は「ネタキタ――(゜∀゜)――!!ウヒャヒャヒャ!」とワクワクしていた。


『女王』は呆れた顔をしながらも、好戦的な笑みで剣を抜いた。

「品のない笑い方はするな」

 そう言いながら、完全に戦闘態勢である。


 その横で、『観測者』が斧を肩に担いでいた。

「論理的に潰すか?」


 すると『司令塔』が即座に二人の服を掴んだ。

「物理はダメです! 暴力以外で!」


『女王』が鼻で笑う。

「おい、観測者。お前、嬉しそうだな」

「当然だ。敵性言語サンプルが向こうから来た」

「楽しむな」

「お前も笑ってるだろ」

漫才みたいなテンポだった。


 私はこたつの前で義父に申し訳なさそうな顔をしながら、脳内ではそのやり取りを聞いていた。

 十四名、全員前に出てきていた。みんな、私を守る側に立っていた。ありがたいな、と思った。


 私は夫と娘と息子には、心理学や脳科学を“悪用”しないと決めている。

 人を操作するためには使わない。それは最初に決めたルールだった。


 でも、『法王』と『裁判官』――倫理担当の二人は、静かにこう言った。

「義父さんは、古い昭和の役割や男尊女卑の呪いにかかってるの」

「解呪してあげなきゃ。やり方はもう分かるでしょ?」


 私は義母に聞いた。


「こんなこと言われたんですけど、反撃していいですか」


 義母はため息混じりに笑った。


「あのジジイ、またか」


 許可が出た。夫には「気にするな」と言われた。つまり、たぶん現場判断でやれという意味だ。

 私は義父に聞いた。


「で、具体的に私はどう動けばいいんです?」


 すると義父は言った。


「良い感じにやればいい」


 出た。


 昭和式・経験則フワフワ指示。私は即座に聞き返した。


「抽象的すぎて分かりません。具体的な指示をください」


 そして私は、義父の考える“理想の家事育児100%”と、“最低限の落としどころ”を聞き取りし、A4用紙二枚にまとめた。


 だが、それを見た『観測者』『会計士』『役割ペルソナ』は揃って険しい顔をした。


「定義不足」

「コスト計算が甘い」

「社会運用として曖昧すぎる」


 厳しい。


 二週間後、義父と評価会議を行う予定である。


 なお、子どもの教育に悪いため、『五歳の子』と『創作者(七歳)』は『社長』が小脇に抱えて退室済みである。だが、『戦車』だけは、ずっと義父の方向を向いていた。ちょっと怖い。


 ちなみに、“解呪”の定義はちゃんとある。


 まず、その人が「何を守るためにその価値観を持ったのか」を見る。

 次に、その価値観が「今の環境でも機能しているか」を確認する。

 そして最後に、「その人の尊厳を壊さずに、別の選択肢を提示できるか」を考える。


 無意識の前提を可視化し、現在環境に合わせて再定義する。こんな感じ。


 ※※※


「……ちよさんは、義父さんのこと嫌いじゃないですよね?」

 『司令塔』が言った。


 義父に腹が立たないわけじゃない。ズレる時はズレるし、傷つくことだってある。でも、それだけじゃないのだ。


「うん。私、義父のこと嫌いじゃないよ」


 ぽつりと落とした声に、『女王』がふっと目を細めた。『法王』は静かに頷き、『裁判官』は何も言わずメモを閉じた。


「むしろ、かなり尊敬してる。七割くらいは本気で」

『エンタメ』が「割合がリアルですねぇ」と笑う。


 私は苦笑した。


「だって、本当に家族守ってきた人だから。義母も夫もそうだけど、この家、歪みが少ないんだよ。びっくりするくらい」


 嫉妬で誰かを潰そうとする空気が薄い。

 家族の誰かが失敗しても、“誰を悪者にするか”より、“どう支えるか”が先に来る。


 それがどれだけ珍しいか、私は知っていた。地元と全然違う。だからこそ、簡単に切り捨てられない。


「義父さ、私が嫁に来た瞬間、もう家族扱いだったんだよね」

「そうだったね」


 今度は『隠者』が短く返した。


「外から来た人間、とかじゃなくて。“守る対象”に即座に入れてた」


 思い返せば、最初からそうだった。帰省のたびに義父母は野菜や山菜を持たせてくれる。実家のことまで気にかける。帰省すると言えば、夫が当たり前みたいに車を出す。


 この家では、“家族だから支える”が先に来る。


「だから、私わかるんだよ。義父の根っこ」


 私は、ゆっくりと言葉を選んだ。


「たぶん“動き続けること”で家族守ってきたんだよね。止まると崩れる時代だったんだと思う」


 働くこと。

 耐えること。

 責任を背負うこと。


 それが愛情表現だった時代。


 男だから。

 父親だから。

 家長だから。


 全部抱えて当然だった時代。


「だから、全部一人で背負ってるの見てると、普通にしんどいんだよな……」


 その瞬間。

 今まで黙っていた『観測者』が、ゆっくり口を開いた。


「前提確認を行う」


 部屋の空気が少しだけ引き締まる。『観測者』は斧を壁に立てかけると、事務的な声で続けた。


「対象――義父。悪意判定、低」


『会計士』が横から書類をめくる。


「家族維持コスト負担率、長年に渡り極めて高水準」


『役割ペルソナ』が続ける。


「昭和型“家長モデル”への適応完成個体。責任感・保護欲・献身性、いずれも高い」


『法王』が静かに目を伏せた。


「ただし、“自己犠牲を前提にした愛情表現”が標準化されている」


「結果」


 『観測者』がこちらを見る。


「現在環境との軽度の齟齬が発生」


 私は思わず吹き出した。


「ケース会議じゃん、完全に」


「そうだ」


 『観測者』は真顔だった。


「これは敵対処理ではない、価値観アップデート支援だ」


 『女王』が肩をすくめる。


「つまり、“悪人を倒す戦い”じゃないってことだ。厄介だけどな」


「厄介なんだよ、本当に」


 私も苦笑する。

 善意だから。

 愛情だから。

 誇りだから。


 だから簡単には壊せない。


 でも、そのままだと、今の時代では誰かが無理をする。


「だから多分、私は義父が安心して背負ってきたものを、降ろせるように支援したい。全部降ろさなくていいんだ、重い物だけ」  


 家族システムの再設計が始動した。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ