第一話:脳内外在化メンバーの現実運用方法
昨日、義父に言われた。
「もっと育児しなさい。子どもたちが寝ている時や登校登園している時は、手術前みたいに家事をしなさい。パソコンなんて遊びは、やることやってから余った時間でやればいい」
以前の私なら、たぶん傷ついていた。
申し訳なさで潰れて、自己嫌悪で沈んで、「ちゃんとできない自分」が悪いんだと思っていた。
でも、今回は違った。
義父の言葉を聞いた瞬間、脳内で『エンタメ』が立ち上がった。
「ネタが向こうから来ましたね。ひとつ残らず回収しましょう!」
腕まくりまでしている。
私は「ネタキタ――(゜∀゜)――!!ウヒャヒャヒャ!」とワクワクしていた。
『女王』は呆れた顔をしながらも、好戦的な笑みで剣を抜いた。
「品のない笑い方はするな」
そう言いながら、完全に戦闘態勢である。
その横で、『観測者』が斧を肩に担いでいた。
「論理的に潰すか?」
すると『司令塔』が即座に二人の服を掴んだ。
「物理はダメです! 暴力以外で!」
『女王』が鼻で笑う。
「おい、観測者。お前、嬉しそうだな」
「当然だ。敵性言語サンプルが向こうから来た」
「楽しむな」
「お前も笑ってるだろ」
漫才みたいなテンポだった。
私はこたつの前で義父に申し訳なさそうな顔をしながら、脳内ではそのやり取りを聞いていた。
十四名、全員前に出てきていた。みんな、私を守る側に立っていた。ありがたいな、と思った。
私は夫と娘と息子には、心理学や脳科学を“悪用”しないと決めている。
人を操作するためには使わない。それは最初に決めたルールだった。
でも、『法王』と『裁判官』――倫理担当の二人は、静かにこう言った。
「義父さんは、古い昭和の役割や男尊女卑の呪いにかかってるの」
「解呪してあげなきゃ。やり方はもう分かるでしょ?」
私は義母に聞いた。
「こんなこと言われたんですけど、反撃していいですか」
義母はため息混じりに笑った。
「あのジジイ、またか」
許可が出た。夫には「気にするな」と言われた。つまり、たぶん現場判断でやれという意味だ。
私は義父に聞いた。
「で、具体的に私はどう動けばいいんです?」
すると義父は言った。
「良い感じにやればいい」
出た。
昭和式・経験則フワフワ指示。私は即座に聞き返した。
「抽象的すぎて分かりません。具体的な指示をください」
そして私は、義父の考える“理想の家事育児100%”と、“最低限の落としどころ”を聞き取りし、A4用紙二枚にまとめた。
だが、それを見た『観測者』『会計士』『役割ペルソナ』は揃って険しい顔をした。
「定義不足」
「コスト計算が甘い」
「社会運用として曖昧すぎる」
厳しい。
二週間後、義父と評価会議を行う予定である。
なお、子どもの教育に悪いため、『五歳の子』と『創作者(七歳)』は『社長』が小脇に抱えて退室済みである。だが、『戦車』だけは、ずっと義父の方向を向いていた。ちょっと怖い。
ちなみに、“解呪”の定義はちゃんとある。
まず、その人が「何を守るためにその価値観を持ったのか」を見る。
次に、その価値観が「今の環境でも機能しているか」を確認する。
そして最後に、「その人の尊厳を壊さずに、別の選択肢を提示できるか」を考える。
無意識の前提を可視化し、現在環境に合わせて再定義する。こんな感じ。
※※※
「……ちよさんは、義父さんのこと嫌いじゃないですよね?」
『司令塔』が言った。
義父に腹が立たないわけじゃない。ズレる時はズレるし、傷つくことだってある。でも、それだけじゃないのだ。
「うん。私、義父のこと嫌いじゃないよ」
ぽつりと落とした声に、『女王』がふっと目を細めた。『法王』は静かに頷き、『裁判官』は何も言わずメモを閉じた。
「むしろ、かなり尊敬してる。七割くらいは本気で」
『エンタメ』が「割合がリアルですねぇ」と笑う。
私は苦笑した。
「だって、本当に家族守ってきた人だから。義母も夫もそうだけど、この家、歪みが少ないんだよ。びっくりするくらい」
嫉妬で誰かを潰そうとする空気が薄い。
家族の誰かが失敗しても、“誰を悪者にするか”より、“どう支えるか”が先に来る。
それがどれだけ珍しいか、私は知っていた。地元と全然違う。だからこそ、簡単に切り捨てられない。
「義父さ、私が嫁に来た瞬間、もう家族扱いだったんだよね」
「そうだったね」
今度は『隠者』が短く返した。
「外から来た人間、とかじゃなくて。“守る対象”に即座に入れてた」
思い返せば、最初からそうだった。帰省のたびに義父母は野菜や山菜を持たせてくれる。実家のことまで気にかける。帰省すると言えば、夫が当たり前みたいに車を出す。
この家では、“家族だから支える”が先に来る。
「だから、私わかるんだよ。義父の根っこ」
私は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「たぶん“動き続けること”で家族守ってきたんだよね。止まると崩れる時代だったんだと思う」
働くこと。
耐えること。
責任を背負うこと。
それが愛情表現だった時代。
男だから。
父親だから。
家長だから。
全部抱えて当然だった時代。
「だから、全部一人で背負ってるの見てると、普通にしんどいんだよな……」
その瞬間。
今まで黙っていた『観測者』が、ゆっくり口を開いた。
「前提確認を行う」
部屋の空気が少しだけ引き締まる。『観測者』は斧を壁に立てかけると、事務的な声で続けた。
「対象――義父。悪意判定、低」
『会計士』が横から書類をめくる。
「家族維持コスト負担率、長年に渡り極めて高水準」
『役割ペルソナ』が続ける。
「昭和型“家長モデル”への適応完成個体。責任感・保護欲・献身性、いずれも高い」
『法王』が静かに目を伏せた。
「ただし、“自己犠牲を前提にした愛情表現”が標準化されている」
「結果」
『観測者』がこちらを見る。
「現在環境との軽度の齟齬が発生」
私は思わず吹き出した。
「ケース会議じゃん、完全に」
「そうだ」
『観測者』は真顔だった。
「これは敵対処理ではない、価値観アップデート支援だ」
『女王』が肩をすくめる。
「つまり、“悪人を倒す戦い”じゃないってことだ。厄介だけどな」
「厄介なんだよ、本当に」
私も苦笑する。
善意だから。
愛情だから。
誇りだから。
だから簡単には壊せない。
でも、そのままだと、今の時代では誰かが無理をする。
「だから多分、私は義父が安心して背負ってきたものを、降ろせるように支援したい。全部降ろさなくていいんだ、重い物だけ」
家族システムの再設計が始動した。




