つまんねー男の「おもしれー女」から、恋が始まるわけねえだろ
「いいこと、ルナ=ティアラ」
母のドスの効いた声と刺すような視線に、フェアリール辺境伯家の令嬢ルナ=ティアラは条件反射のように身を震わせる。
「言葉遣いは優雅に、背筋は真っ直ぐ。先生方やご学友のお話をよく聞いて、理不尽だと思ってもいきなり突っかかかることは控えて、質問という形で対話を試みなさい。そして『つまんねー話』だと思ったら、聞いているふりをして曖昧な微笑みで頷くこと」
「はい」
「もし学園で問題を起こしたら、あなたが『バイク』とか呼ぶ魔導馬は即刻スクラップにしてやりますからね」
「わかっておりますわ、お母様」
母がこんなに心配して脅すのも無理はない。ルナ=ティアラの中身は、このキラキラした西洋風の魔法あり異世界にそぐわない「元ヤン」なのだ。
社交界で絶賛される淑女でありながら、辺境伯軍の兵士たちを素手と毒舌で制圧できるほどの武力と胆力をもつ母。
その厳しいしつけによって何とか淑女の皮を被ることに成功し、ルナ=ティアラはこのほど貴族学園へ入学する運びとなった。
◆
最初の一カ月は、何事もなく過ぎた。
ルナ=ティアラは「清楚で口数少ない、控えめなご令嬢」に擬態し、それなりに友人もでき、日々穏やかに過ごしている。
(いい感じだ。夏休みに家に帰ったら、思う存分バイクをぶっ飛ばすのが楽しみだな)
しかしルナ=ティアラが食堂でサーモンを小さく切って口に運ぼうとした瞬間、事件は起きた。
派手な取り巻きを引き連れた第二王子カイルが、ルナ=ティアラの近くにいた男子生徒に向かって、上から目線で言い放ったのだ。
「そこは俺の席だ。どけよ」
「あ…」
カイルに声をかけられたのは、ルナ=ティアラのクラスメイトだった。彼は脚が不自由で、席を譲るにしても大儀だ。
(なんだあいつ、偉そうに)
ルナ=ティアラの眉間に一瞬で深いシワが刻まれ、彼女は思わず立ち上がった。
(落ち着け。理不尽だと思っても突っかからずに、質問のかたちで…)
「第二王子殿下、恐れながら申し上げます。他に空いている席はいくらでもございますわ。予約の札もなかったはずです。それとも、この席を殿下が買い取られたのですか?」
「はあ!?王子に向かってなんて口を…!」
「私の言葉遣いに問題があるとは思いません。それよりも、本来自由席である食堂において、わざわざ脚の不自由な彼に向かって『席を譲れ』などと、王族の資質や評判に関わる問題ではございませんか?臣下として心配申し上げ、進言させていただいた次第です」
取り巻きが喚き散らす中、カイルは呆気に取られた。
こんな風に注意されたのは、人生で初めてだったからだ。彼の周りには、彼の言葉を全肯定するイエスマンばかりだったから。
彼は口角を吊り上げ、髪をかき上げた。
「…ふっ、いいだろう。お前はおもしれー女だな」
「…はい?」
(おもしれー女?なんだ?普通に上から目線で失礼だろ)
「気に入ったぞ」
「…そうですか」
(お前に気に入られたくなんてねえんだよ。王子気取りかよ…いや、王子だった)
ルナ=ティアラは眉間に皺を寄せそうになってから母の怖さを思い出し、必死に猫を被って微笑む。カイルはそのぎこちない笑みを、「照れ」と脳内変換した。
「お前に免じて、今日はこいつを大目に見てやる」
「大目に見るもなにも、彼はここに座っていただけで、何も悪いことはしておりませんが」
「ふっ…ますますおもしれー」
(おもしれーおもしれーって、あたしは芸人かよ。「はいどうもー」「もうええわ」じゃねえんだよ)
王太子は取り巻きに「行くぞ」と声をかけ、食堂の職員に「下々の者とは並んで食えん。貴賓室を開けろ」と声高に命令して、ルナ=ティアラにちょっと目をやる。
(だったら最初から貴賓室で食えや!)
彼女がその言葉をぐっと飲みこんだとき、守ってもらった男性生徒が「ありがとうございました、ルナ=ティアラ嬢」と声をかける。
ルナ=ティアラは顔が痛くなるほど練習した淑女の笑みを浮かべた。
「いいえ、レオ様。当然のことですわ」
◆
それからというもの、カイルはルナ=ティアラにストーカー紛いのうざ絡みをするようになった。
クラスメイトと並んで教室を移動するルナ=ティアラに壁ドンをかまし、放課後は靴箱で待ち伏せして自分語りをする。
(前の姉ちゃんが読んでた少女漫画みたいなんだが…もし屋上に連れてかれたらいよいよヤヴァイぞ…)
そう呆れながらも、彼女は「つまんねー話には、微笑んで曖昧に頷く」という母の教えを守り続ける。
さらにカイルはダンスの授業ではルナ=ティアラを「お前」と指名し、「壊滅的に下手だな」と揶揄う。そうして、本当に下手だから反論できないルナ=ティアラを見て、嬉しそうに笑うのだ。
「特別に自主練に付き合ってやってもいいぞ?」
(うぜぇ…!でも王族と問題を起こしたら、あたしの愛しいマジモンの魔改造バイクがスクラップに…!耐えろ…!)
「結構ですわ。殿下はお忙しいのでございましょう」
「素直に頼めばいいものを」
(うぜぇえええええ!素直に嫌なんだよ…っ!)
ルナ=ティアラは毎日、油断したら勝手に飛び出していきそうになる拳を握りしめて耐えていた。
すべては平和な学園生活と、愛車を守るために。
◆
「おいお前、期末パーティーのパートナーは決まったのか」
今日もルナ=ティアラはカイルに絡まれる。
「残念ながら、決まっておりませんわ」
第二王子であるカイルに始終絡まれているルナ=ティアラに、声をかける男子生徒などいないのだ。
「誰もいないなら、俺がパートナーになってやってもいいが?」
「結構ですわ。殿下にはもっとふさわしいご令嬢がいらっしゃるでしょう」
「それはそうだ。しかし、あまりにお前が哀れだからな」
「お気遣いだけで十分ですわ。これ以上はどうかお構いなく」
(あたしとパートナーになりたいのか?だとしたら誘い方ってもんがあるだろ!ストレートに女を誘うことも…いや、まともに名前を呼ぶことすらできないチキン野郎め)
何とかカイルを振り切って正門を出ると、「ルナ=ティアラ嬢!」と声がした。
「あら、レオ様。どうなさいましたか?」
食堂でルナ=ティアラが庇った、脚の不自由なレオ。子爵家の息子だ。
「その…盗み聞きをするつもりはなかったのですが、期末パーティーのパートナーがいないというのは、本当ですか?」
「ええ、残念ながら本当ですわ」
「そして、殿下ともパートナーになるつもりはないのも…?」
「ええ」
レオがちょっと顔を赤くして、言葉を出そうとして、飲み込む。
「…?」
「でしたら、その…もしよろしければ、私とパートナーになっていただけないでしょうかっ…?」
男子生徒たちに避けられてパートナーのいなかったルナ=ティアラにとっては、救いでしかない。
(神か…!)
「私でよろしければ、喜んで」
「あ…ありがとうございます!あの、でも…この脚ですから、ダンスはできませんが…」
「私、ダンスは下手ですの。踊らなくていいのなら、むしろ助かりますわ」
ルナ=ティアラが微笑むと、レオは「あなたはやっぱり…なんて優しい人なんだ」と、もっと顔を赤くした。
◆
一学期の期末パーティー当日。
会場となる大広間は、シャンデリアと魔法による輝きと、期末テストが終わって夏休みを目前にした生徒たちの笑い声に満ちていた。
「ルナ=ティアラ様、その…本当にありがとうございます」
「こちらこそ、レオ様にパートナーになっていただけて光栄ですわ」
嘘はない。
何度かパーティーの打ち合わせをするときに気付いた。レオは誠実で真面目で、控えめでいて、自分の気持ちや意見はしっかりと伝えてくれる。
(前世だったら関わることのなかった人種だが、むしろそこがいい…っていうか。私のこと否定しないし、馬鹿にしたり揶揄ったりもしないし、やたら「美しい」とか「素敵」とか、きれいな言葉で褒めてくれるしさ…)
それに杖を突きながら、堂々と胸を張ってルナ=ティアラをエスコートする姿は…
「レオ様はとても素敵な殿方ですもの」
言ってしまってから、ルナ=ティアラは顔を赤くする。レオも「ありがとうございます」と顔を赤くした。
(なんつーか、令嬢言葉だとさ、こっぱずかしくて言えそうにないようなことも言えちまうんだよな…自分で言って自分で調子狂うとか何?)
生徒たちは、第二王子に執着されていたルナ=ティアラが、あえて「脚の不自由な、子爵家の息子」を選んだことに驚き、ヒソヒソと囁き合っている。
カイルも気づかないはずがない。
ぎりっと歯噛みしてから、わざと愉快そうに大きな声をあげる。
「相手がいないあまり、こんな男に縋ったか。お前も哀れだな」
レオはふっと俯き、ルナ=ティアラはきっとカイルを睨んだ。
(マジでなに、こいつ…!そろそろ一発殴りてぇ…)
「殿下、私に対する暴言は私の不徳の致すところと甘んじてお受けいたします。しかしレオ様に対してそのようなお言葉はおやめくださいませ。彼は素晴らしい方です」
「俺はお前のために悲しんでやっているんだよ。俺に認められた『おもしれー女』が、歩くこともままならない男を隣に置いて、自分を貶めている姿を見るのがな」
カイルはレオの杖を指差し、取り巻きたちが「ダンスどころか、歩くことすらままならない」と大袈裟に笑う。
「なんでそんなやつを選ぶ?ああ、あれか?こいつとパートナーになったら、俺の気を引けるとでも?そうか、そういうことか。そうだな、それ以外にこいつの価値なんてないものな」
全員が、ホールの中央で繰り広げられるこの「おもしろい出し物」を見逃すまい、聞き逃すまいと集中している。
レオは屈辱に唇を噛み、ルナ=ティアラの手を自分の腕から離そうとした。だがルナ=ティアラは、首を振って、彼の腕をぎゅっと引き寄せた。
「レオ様は素晴らしい方で、私は彼がパートナーになってくださって光栄です」
「はは、嘘をつくな!こいつが王族である私以上のパートナーであるはずがないだろう!負け惜しみも甚だしいぞ。大人しく俺の慈悲を受けておけばよかったものを」
「嘘ではございません」
「では試してみようじゃないか」とカイルはポケットから石を取り出した。
「散々俺のことを袖にしやがって。お前が意地を張っているだけだと、今日こそ証明してやる」
生徒たちがざわめきはじめる。
「あれって、まさか…」
「真実の石…!?」
「こ、国宝だろ…?」
王家に伝わる「真実の石」。手を添えて発した言葉が真実なら白い光、嘘なら黒い煙が出るという。
(嘘発見器みたいなやつ?つーか、周りの反応からしてかなりレアなアイテムっぽいけど、そんな大層なもんをこんなガキの集まりに持って来ていいのか?マジでこの王子、馬鹿だな)
「ルナ=ティアラ嬢」とレオが心配そうに声を発するのに、ルナ=ティアラは「大丈夫です」と応えた。
ルナ=ティアラはカイルから石を受け取り、両手で包む。
そして「レオ様は素晴らしい方で、私は彼がパートナーになってくださって光栄です」と、さっきの言葉を繰り返す。
石からは清浄な白い光が溢れた。
「なっ…!?」
カイルの顔から、血の気が引いていく。
「おっ…お前!俺のことをどうとも思っていないのか?俺のこと好きだろ!?」
(どこをどう誤解したらそうなるんだよ!?)
「いいえ、残念ながら…お慕いしてはおりません」
「嘘だ…っ、そんなはずない…っ!俺はこの国の王子だぞ!」
(だから何だ?王子でも何でも、こんな勘違い野郎を好きになるかよ)
ルナ=ティアラの「お慕いしてはおりません」という言葉に反応して、石からはまた清浄な白い光が溢れる。
「ルナ=ティアラはカイルのことを露ほども好きではない」ということが、公衆の面前で明らかになった瞬間だった。
「う、嘘だ…」
「嘘ではないと、確かに今証明されたではありませんか。それともこの石の力に疑問を呈されるのですか?」
「ぐっ…」
カイルはルナ=ティアラの手から石を奪い取り、「俺だって…俺だってお前のことなんて好きでも何でもないんだからな!」と悔し紛れに叫ぶ。
その瞬間、石からは黒い煙が溢れ出し、ホール中に蔓延した。生徒たちが一斉に咳き込む。
この混乱を引き起こした張本人のカイルは「違う…!違う!」と叫んで、大事なはずの石を放り投げた。
(おいおい!金目の石なんだろ?この隙に盗まれたらどうすんだよ…!?)
ルナ=ティアラは煙を避けるように床を這って、石を拾い上げて保護する。
「ルナ=ティアラ嬢、ハンカチで口と鼻を塞いでください」
「ありがとうございます、レオ様」
いい匂いのするハンカチに、ルナ=ティアラはふっと笑う。
(つか、第二王子…「ただの片思いでした」ってわざわざ自分で晒すとか、冷静に考えたら恥ずすぎんだろ)
これで決着。
「カイルは、自分がルナ=ティアラに好かれていると自信たっぷりに誤解して、彼女に執着して追い回していた」ということが、国宝を使って公衆の面前で晒されたわけだ。
(これで学園生活も平和になるかな)
そう思ったとき、カイルがレオに掴みかかった。
「お前っ…!お前が悪い…!俺が目をつけた女にちょっかいかけて、俺に恥をかかせやがって…!!」
「殿下…!おやめください…痛っ」
レオの脚では踏ん張れず、彼は床に這いつくばり、カイルに馬乗りになられる。
「…ああ!?」
ルナ=ティアラは頭の中で何かがプツンと切れた音を聞いた。
(お母様、ごめんなさい。もう無理。バイクはスクラップにしてもらって構いません)
「お前、ふっざけんな!レオ様から離れろ!」
彼女はカイルの胸倉を掴んで、レオから引きはがす。
「恥かいたのはてめえのせいだろうがよ!散々あたしを追いかけ回してうざ絡みして、レオ様を馬鹿にして、最後に人のせい?ふざけんな!自分の言葉と行動に責任もって、謝るなりなんなり、自分で落とし前つけろや!」
そのまま彼の身体を宙に浮かせる。
「愛車のために我慢してたが、もう遠慮しねぇ」
「ぐっ…なんだ、この力…」
「腕力には自信があるんだよ。どうだ?下に見てた『おもしれー女』にやられる気分は?」
「や…やめ…」
カイルの口からひぃひぃという音が聞こえ、ルナ=ティアラは手を離した。どさりとカイルの身体が床に落ちた。
「ひっ…」
彼は怯えた目でルナ=ティアラを見上げた。
「お前みたいなクソつまんねー男の『おもしれー女』から恋が始まるわけねえだろ、馬鹿が」
◆
カイルは「真実の石」を勝手に持ち出したことと、パーティーをパニックに陥れたことを問題視され、謹慎処分となった。
「自分が好かれていると思い込んで令嬢にうざ絡みした挙句、国宝を持ち出してまで『意中の相手に全然好かれてなかったこと』を自分で証明しちゃったイタイ奴」という人物評が定着してしまったことも、社会的制裁となっている。
ルナ=ティアラは混乱の中でカイルが投げ捨てた「真実の石」を守ったことが評価されて暴言や暴力は不問に付され、またカイルに付きまとわれていたことについては国王夫妻から謝罪を受けた。
(親はまともでよかったぜ)
そして、夏休みの辺境伯家。
「あれ、バイク…?」
バイクはスクラップになっていなかった。
「お母様、怒ってないんですか?」
母は、手入れの行き届いた剣を鞘に収めながら、満足そうに微笑んだ。
「詳細を聞いて、私が同じ立場だったら同じことをしていただろうと思ってね。それに国王ご夫妻が許されたのだから」
「しゃっす!」
「これ、言葉遣い!レオ様に聞かれたらどうするの?もうすぐいらっしゃるのでしょう」
「そうでしたわ。お母様、私、ドレスはおかしくないでしょうか?」
「ふふ、とっても可愛いわよ」
レオを乗せた馬車が到着して、ルナ=ティアラは嬉しそうに駆け寄った。
「レオ様、我が家へようこそ」
「お招きいただきありがとうございます、ルナ=ティアラ様。とてもお会いしたかったです」
「…私もです」
「またお綺麗になられたようで、どきどきします」
彼の誠実でまっすぐな言葉と態度に、ルナ=ティアラはいつもおもしろいくらいに赤面させられてしまう。
「レオ様も…逞しくなられたようで素敵です」
「パーティーでのルナ=ティアラ嬢を拝見して、守られているばかりではいけないと思って…できるところから鍛え始めたんです」
「まあ…!」
(何…?もっすごいときめくんだが)
と、レオの目がバイクにとまる。
「あ、あれがルナ=ティアラ様の『バイク』ですか?」
「そうです!二人乗りできますから、あとで少し乗ってみますか?」
「わぁ、すごくおもしろそうですね」
(そうだ。恋ってのはきっと…まだよくわかんないけど…相手を一方的におもしろがるんじゃなくて、二人でおもしろくなるもんなんだよな)
「では…着替えてまいりますね」
「待って!そのドレスもとても素敵なので、もう少し見たいです」
「…っ!」
ーーー
「脚は大丈夫ですか?しっかりつかまっていてくださいましね」
「…はい」
ルナ=ティアラは背中にレオの鼓動を感じながら、アクセルを回した。




