Date 07. 怪我の功名
Date 07. 怪我の功名
近所の競技場で降り注ぐ陽射しに体を預け、念入りなストレッチを行う。
奈瑠美さんに背中を押されながら、俺はこの前の事を考えていた。
CSOで幼き兄妹を間一髪守ることができたが……。
俺にはあの時間が、偽物だなんて思えなかったんだ。
まるで……今まで見ていた夢の様に。
その後、魔物の拠点が残っていたことが判明し。
俺はMariaに加えて大規模なパーティーメンバーと共に、拠点を制圧。
そのパーティーメンバーの内二人は、村ですれ違った一団にいたプレイヤーだ。
不気味なことに、その二人は【騙されました】と言っていた。
共に拠点を制圧するはずの仲間に裏切られ死亡し、しばらく復活不能のデスペナルティを受けたという。
俺が対峙した正体不明の不気味な男。
あの時……俺はヤツをプレイヤーだと思い込んでいた。
村ですれ違った際に、周囲を警戒するような足裁きをしていた男ではないかと。
だが、違う。
後から気付いたが、そもそもプレイヤーはNPCに触れることはできない。
しかしヤツは、NPCの子供へと触れていた。
それに今思い返せば、プロフィールの閲覧項目がなかった。
よってあれは……ミッションだったはずだ。
色々と疑問を残したままに、真相は未だに闇の中に葬られている。
「浮かない顔だね」
「あぁ、少し……」
あの事件の後は村人から崇めるように感謝され、村では俺の像を立てようという計画が立てられた。
ミッションの特典だろうか。
まぁ、他のプレイヤーにその像を見られることはないと思うが……。
なんせChristal Salvator Onlineのテストは終了。
公平性を保つために、これまでのプレイヤーデータは初期化される。
正式サービス開始時には、テスターへのささやかな特典があるらしい。
思考の外側で奈瑠美さんとまったり世間話をしながら、俺はストレッチを終えた。
「さ、これくらいでいいだろう。 まず、無理しないで軽いジョギングから初めてごらん」
「すぐにでも思いっきり走れますよ」
「だめだ。 感覚を取り戻すことから始めるんだ。 無理してまた怪我しないように、慎重にね」
「はーい」
……呼吸を深め意を決して、俺は一歩目を踏み抜く。
やった……!
「すごいね! 大きな進歩だ!」
走れる……!
思いっきり走っているわけではない。
でも、今まで走れなかったのに……走れる!
やはりCSOでのあの経験が、活きているのだろうか。
ある程度のジョギングからのランニングを終えて、短距離トラックで俺は姿勢を低くする。
「それじゃ、思い切り走ってみます」
横に立つ人影へと顔を向ければ、奈瑠美さんが心配そうに俺を見つめていた。
「やれやれ、相変わらずの聞かん坊さんだね。 違和感を感じたらすぐにやめるんだよ」
「はい……」
「じゃ、よーいどん!」
……体が慣れていないせいか、まだランニングくらいのスピードだ。
あの時を思い出せ……あの時動かした足の感覚を思い出すんだ。
……動く、行ける!
……!?
バランスが……!
「うわっ!!」
「大丈夫かい!?」
……ダメか。
バランスを崩して倒れ込み、俺は無意識に自分の足を見つめていた。
足は完治している。
感覚も養えたはずだ。
あの時は、できたのに……なぜ……。
俺は……まだ思い切り走ることができなかった。
――――――
あのあと奈瑠美さんとも話をして……
『イップスはすぐに治る人の方が少ないんだ』
『CSOで走れたから、行けると思ったんですが……』
『VRMMOは感覚を養うための補助装置みたいなものだね』
『一気に治るわけじゃないんですね』
『ゆっくりやっていこう。 今までは走ろうとしても走れなかったんだ。 すごいことさ』
奈瑠美さんは、俺の【イップス】は徐々に治るタイプだろうと言っていた。
これからも、ゆっくり向き合っていくしかないか。
教室の片隅の座席でHR開始の時間を待ちながら、そんなことを考えていた。
すると突然、教室がざわめきだした。
……皆が顔を向ける場所へ俺も同じ方向を向くことにする。
視線の先には廊下を歩いていく別クラスの不良生徒がいた。
分けられた短い前髪と額で風を切って歩き、眉間にしわを寄せた仏頂面が相変わらずよく似合っている。
「おい、あいつ」「よく学校これたな」
「何か用か?」
「いや。 なんでもない……」
「そうか」
いじめをしていた不良生徒【尾藤 鎌】。
もしかして、少し変わったか?
今までの彼なら怒涛の覇気を撒き散らし【何見てんだよ!】なんて叫びそうな状況だったように思う。
「……」
ヤツの視線と俺の視線が一瞬、交差した。
睨まれた? 気のせいか……。
すぐに杞憂を流せば、尾藤は自分の教室に向かっていった。
いつも通り過ごし、放課後。
「ちょっと面、貸してくれ」
「あぁ」
尾藤が俺の席へ来た。
呼び出しか。
俺達のやり取りに不安を憶えたのか、その光景を見た宇佐美さんが立ち上がっていた。
「ちょ、ちょっと! 何するの?」
「まり、これは俺たちの問題だ」
「平気さ、宇佐美さん」
宇佐美さんが心配してくれるが、俺は平気だ。
尾藤は俺が怪我をしてもなんとか対処できるレベルだから何も問題はない。
ついてこようとする宇佐美さんの腕を、女生徒の一人が掴み止めてくれる。
「まり、やめときなって」
ナイスだ。
もし何かあったら守り切れるとは限らないしな。
尾藤についていき、校舎の屋上に辿り着いた。
吹きすさぶ風の中、尾藤は歯切れ悪そうに口を開いた。
「あのよ……俺、悪かった……」
「へ?」
「悪かった! このとーりだ!」
尾藤は俺に頭を下げた。
こいつ、こんな素直に謝れるのか。
「俺は良いけど……日暮はどうするんだ?」
俺はいい。
いわば尾藤との一件があったからCSOという楽しみを得たり。
トラウマを乗り越えようとする心を養えた。
しかし、いじめられて不登校となった生徒【日暮 翔】。
彼は今でもトラウマを思い返し苦しんでいるはずだ。
「一応、謝りはした。 どうすればいいか……考えてる最中だ」
日暮にとっては、謝っても済む問題じゃないだろう。
だが、罪を心から受け入れ被害者に誠心誠意の贖罪の気持ちを持つことは大事なことだ。
「そうか、大きな進歩じゃないか?」
「あぁ」
こういった問題の正解はきっと、誰にも分からない。
心から反省をしたうえで、自分が何をすればいいか答えを出すしかないだろう。
尾藤は顔を上げて、踵を返した。
「そんだけだ。 俺は帰るわ」
「あぁ、じゃあな」
……。
尾藤は扉の向こうで誰かと顔を合わせて数秒見つめ合い、階段を降りていった。
このやり取りを見られていたか。
全く、心配性な友人だ。
彼は緩めたネクタイとハネた髪を揺らして、尾藤の後ろ姿を眺めながら姿を現した。
「良かったな、何もなくて。 ヒヤヒヤしたぜ」
「問題ないさ。 知ってるだろ?」
「でもよー、まだイップスだし。 念のためだって」
この友人は、部活仲間であり中学からの同級生。
【倉橋 宿祢】。
中学は同じだったけど、彼とは高校から馬術部に入って仲良くなった友人だ。
「まりまりが心配してたけどよ、そんな仲良かったんだな」
「宇佐美さんは見てないからな」
俺が馬から転落した際、尾藤は殴りかかってきたわけだが……。
その尾藤を俺は柔術、合気道で捌いていた。
尾藤は悔しかったのか何度も向かってきて……。
やがて激痛に耐えられなくなった俺は、向かってくる尾藤と共に倒れ込み取っ組み合いになった。
そこで先生が来て、周りの部員も我に返り止めに来たわけだ。
その時に俺が思ったのは……
『と、止めるのおせぇよ……』
悔し涙を流しながらそう思っていた。
今となっては笑い話のようだけど、あの時の俺の心境と言ったらもう熱湯風呂から這い出るダチョウ倶楽部だ。
とまぁ、こんな感じで後から骨折していたことが判明し……。
俺が化け物だの尾藤をボコボコにしただのおかしな噂が立つことになった。
「宇佐美さん」
また待っていてくれたのか。
「良かったぁ何もなくて! すーくんもありがとね!」
「だから言ったろ~、こいつこう見えてつええんだ」
その日は3人で帰り、立ち食いしたりゲームセンターに寄ったりして、普通の学生のような時間を過ごした。
学年が上がってからこんな時間は初めてだ……。
CSOをプレイして、前向きになったおかげだろうか。
――――――
街中の路地裏で、一人の男子学生とフードをかぶった男が密会をしていた。
「よくやったな、写真はとれたか?」
「あぁ、けど……兄貴、俺は……」
「今更何を言ってる。 あいつに復讐するんだろ?」
「……」
「……こいつなのか? まぁいい。 候補の一人にしておくか」




