表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白黒つけましょう?〜侯爵令嬢は平民騎士隊長を絶対に諦めない〜  作者: はな
出会い編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/29

第6話 隊長包囲網


「隊長、もう観念してください」


 朝一番の第三隊詰所。

 まだ訓練前の静けさが残る室内で、ラルクが真顔のまま口を開いた。


 窓から差し込む光は柔らかく、武具の金属がわずかに光を返している。

 静かなはずの空気の中で、部下たちの視線だけがやけに重かった。


「何の話だ」

「侯爵令嬢の件です」


 カイルは、すぐには答えなかった。

 ただ、部下たちの視線を一身に受けながら、静かに息をつく。


「昨日のあれ、完全に好意ですよね」

「“気になる方がいるからです”は、告白の一歩手前です」

「隊長、鈍すぎます」


 次々と投げられる言葉に、カイルは低く短く言い返した。


「仕事をしろ」


 声は低かった。

 だが、耳の先が赤くなっていることを、部下たちは全員知っていた。


「隊長はどうなんですか?」

「……何がだ」

「好きなんですか?」


 空気が少しだけ変わり、沈黙が落ちた。

 カイルの拳が、わずかに握られる。


「あり得ない。相手は侯爵令嬢だ」

「でも隊長、昨日ずっと見てましたよ」

「髪を結ばれた瞬間、固まって動かなかったですよね」

「正直、顔が怖かったです」

「黙れ」


 そう返しながらも、否定しきれない自分がいることを、カイルは自覚していた。


「隊長、顔が違います」

「うるさい」


 騎士たちは面白そうに肩をすくめる。


「しかし驚きましたね」

「何がだ」

「リリアーナ様ですよ。社交界じゃかなり有名らしいですよ」


 カイルの眉がわずかに動いた。


「才媛だとか、王妃候補だとか」

「王太子殿下は、リリアーナ様を高く評価しておられるそうですよ」

「……」


 別の騎士が肩を寄せて囁くと、空気が一瞬だけ静かになる。


「隊長、大丈夫です?」

「何がだ」

「いや、今ちょっと顔怖かったんで」

「気のせいだ」


 短く言い捨てるが、胸の奥にわずかな違和感が残った。


 ──王太子。


 そんな高い場所の名前が、彼女の隣に並ぶのは──当然のことのはずだった。




 その頃。


「本日も来ましたわ!」


 侯爵令嬢リリアーナは、軽く裾を整えながら騎士団訓練場へと足を運んだ。


 春の光は穏やかで、石畳の上に落ちる影も柔らかい。

 この場所に来ると、胸の奥が少しだけ軽くなる気がした。


 石畳の上を軽く踏みしめながら歩いていくと、見慣れた騎士たちの姿が目に入った。


「隊長は?」

「今ちょっと真面目な話をしています」

「主にリリアーナ様のことを」

「え?」


 騎士たちは、しまったという顔をして一斉に口を押えた。


「ち、違いますよ!? 仕事の話です!」


 慌てたような声が重なる。

 リリアーナは少しだけ目を細めると、にやりと小さく笑った。


「そういうことにしておきますわ」


 からかうような声音。

 けれど、その表情にはどこか楽しそうな色が滲んでいた。

 そのとき、カイルが詰所から姿を現した。


「何の騒ぎだ」

「なんでもありません!」


 騎士たちは、まるで合図があったかのように慌ててその場を離れていった。


 気づけば、訓練場の一角に残っているのは、リリアーナとカイルの二人だけだった。


 風が石畳の上を静かに滑り、布飾りを揺らす音だけが、かすかに耳に届く。


 言葉は、すぐには生まれなかった。


 静かな沈黙が、ふたりの間にゆっくりと落ちていく。


「……楽しそうですね」

「ええ、とても」

「騎士たちと、随分親しげだ」


 カイルの声は、わずかに硬さを帯びていた。

 その言葉を聞いた瞬間、リリアーナは小さく瞬きをする。


 ああ、と胸の奥で何かが静かにほどけたような感覚があった。


 ──もしかして。


「隊長……もしかして、妬いてます?」

「違います」


 一歩だけ近づいて問いかけると、返事は早すぎるほどだった。

 だが、視線はすぐに逸らされる。


「違いませんわね」


 リリアーナは、くすりと小さく笑った。


「安心しました」

「……何がだ」

「私のこと、少しは気にしてくださっているみたいなので」


 その様子を見ていると、胸の奥が、じんわりと柔らかく温かく満たされていく感覚があった。


 どうして、この人がほんの少し乱れるだけで、こんなにも嬉しくなるのだろう。


 その理由を、リリアーナはまだ知らない。



 その夜。


 噂は、思っていたよりも早く広がっていた。


「侯爵令嬢が、平民の騎士隊長に懸想しているらしい」


 貴族たちの集まりの中で、ひそやかな声が行き交う。

 面白がるような響きも、どこか探るような色も混ざっていた。


 翌日。


 カイルは上官に呼び出された。


「節度を守れ」

「は」

「相手は侯爵家だ。問題になれば、お前の立場は危うい。……侯爵家がその気になれば、第三隊ごと消える」


 淡々とした忠告だった。

 だが、その言葉は、重く静かに胸の奥へ沈んでいった。


 カイルは答えなかった。

 その言葉の重さを、誰よりも理解していたからだった。



 ◇◇◇



 噂になった。

 やはり、こうなるのだろうと、どこかで予感はしていた。


 俺が、距離を取らなかったせいだ。


 すべて、俺の軽率さだ。


 彼女は悪くない。

 ただ、無邪気で、まっすぐなだけだ。

 だからこそ、傷つくのはきっと彼女の方になる。


 俺が退けばいい。

 それで終わるはずの話だった。


 ……だが。


 今日、騎士たちと笑っていた姿が、頭から離れなかった。


 あの笑顔を、奪いたくないと思った。


 近くにいることが、もしあの笑顔を曇らせるのなら。

 離れなければならない。


 そう思うのに、胸の奥が、静かに軋む。

 それでも、近づきたいという思いが、消えるわけではなかった。


 ──好きだと認めてしまう前に。


 その感情に名前を与えてしまえば、もう戻れなくなる気がした。


 自分から、線を引かなければならない。

 そうすることが、彼女を守ることになるはずだった。


 ……あの笑顔を守りたいと思った。


 それが、どれほど危険な願いなのかを理解していながら。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ