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白黒つけましょう?〜侯爵令嬢は平民騎士隊長を絶対に諦めない〜  作者: はな
出会い編

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第5話 自分にかけた魔法



 鏡の前に立ち、長く流れていた金色の髪を、ゆっくりと手に取った。


 昨日、自分の口から零れた言葉。


 ──好き、なんだ。


 その事実は、もうなかったことにはできない。

 曖昧なままでいるのは嫌だった。


 だから、決めた──逃げない、と。


 侍女が不安そうに見守る中、リリアーナは髪を一つにまとめるためのリボンを手に取った。


「お嬢様……本当に?」

「ええ。少しだけ手伝ってくださる?」


 優しく頼むと、侍女は小さく息をつきながら手を添えた。


 鏡の中で、長い金髪が背中の中央で静かに流れていく。

 結ばれていく髪は、昨日までとは違う形を作っていった。


 強くなったわけではない。

 それでも、もう逃げない。


 これは──自分で選んだ、小さな覚悟だった。


「これでいいわ」


 そっと微笑む。


 憧れではない。

 友達として近くにいるだけでもない。


 ちゃんと向き合いたい。

 逃げずに、自分の気持ちを持って立ちたい。


 それは、自分にかけた小さな魔法のようなものだった。



 訓練場に現れた瞬間、空気がわずかに揺れた。


「……え」

「お嬢様、髪……!」


 騎士たちの声が、一瞬だけ重なるように漏れた。

 その音に気づいたのか、カイルがゆっくりと振り向く。


 そして、そのまま動きを止めた。

 視線の先にあるものを確かめるように。


 灰色の瞳が、ほんのわずかに、大きく見開かれる。


「……どうかしました?」


 リリアーナは軽く足を揃え、くるりとその場で回ってみせた。


「似合いませんか?」


 少しだけ首を傾げる。

 すぐに言葉は返ってこなかった。


 数秒の静かな沈黙が落ち、訓練場を吹き抜ける風の音だけが、かすかに耳に届いていた。


「……似合っています」


 低く落とされた声だった。

 それでも、視線は彼女から逸れることはなかった。


「よかったです」


 ふわりと、花が開くように笑った。

 今日は、逃げないと決めている。


「隊長。好きな人は、いらっしゃいますの?」

「「リリアーナ様!?」」


 まっすぐに見つめて問うと、周囲の騎士たちが一斉にむせた。

 驚きの声が上がる中、隊長の喉がわずかに動く。


「……いません」

「本当に?」

「本当です」


 灰色の瞳は、まっすぐに彼女を捉えたままだった。

 その視線を受けて、リリアーナは胸の奥が少し軽くなるのを感じる。


 それだけでは、まだ足りない。

 だから、もう一歩、踏み出した。


 一瞬だけ、指先が震える。

 けれど、視線は逸らさない。


「では。これから好きになる予定は?」

「……は?」


 隊長の表情が完全に固まる。

 その反応を見て、リリアーナは小さく笑った。


「私は、ありますけれど」


 その一言は、静かに、しかし確かに場の空気を揺らした。

 周囲の騎士たちは、そっと物陰へと身を寄せ始める。


 カイルの耳が、ゆっくりと、分かりやすく赤く染まっていった。


「何を……」

「曖昧は嫌なんです」


 声は明るかった。

 けれど、その奥にある意思は、少しも揺らいでいなかった。


「見ているだけでは、進めませんもの」


 沈黙が、静かに落ちた。


 一度だけ吹いた風が、結ばれた髪をかすかに揺らす。


 その瞬間、彼の視線がほんのわずかに揺れた。



 帰り際。


「また明日も来ますわ」

「……どうして、そこまで」


 低い声がぽつりと落ちた。

 リリアーナは振り返り、まっすぐに彼を見る。


「……気になる方がいるからです」


 それはまだ告白ではない。

 けれど、ほとんど同じ意味を持っていた。


 そして、軽く会釈して背を向ける。

 歩き出す足取りは、昨日より少しだけ軽かった。



 ◇◇◇


 カイルは、動かなかった。


 短くまとめられた金色の髪が、やけに視界に残る。

 それは偶然ではないと、どこかで理解していた。


 ──あれは覚悟だ。


 自分のために切ったのか。


 ──いや、違う。


 あの行動も、あの言葉も、まだ自分に向けられたものではない。


 そう分かっている。

 分かっているはずなのに。


「私はありますけれど」


 無邪気で、まっすぐな笑顔。


 危険だ、と本能が告げていた。

 それは、理性が少しずつ削られていくのを自覚しながら、それでも目を逸らせない種類のものだった。


 好きだと言った言葉。

 それはまだ、誰か一人に向けたものではない。


 ──だが。


 もし。

 もし、あの言葉が自分に向けられたとしたら。


 逃げられるのか。

 その問いの答えは、最初から分かっていた。


 ──分かっている。


 髪をまとめたことで、白いうなじがわずかに覗いていた。

 その白さが、妙に視界に残る。

 見てはいけないと分かっているのに、視線が離れなかった。


 触れてはいけない場所だと理解している。

 そう思うのに、意識だけがそこに留まったままだった。


 結ばれた髪が、やけに似合って見えた。

 喉が、わずかに熱を帯びる


 ──ずるい。


 そう思った。


 逃げてくれ、と理性は告げる。

 それなのに、視線だけが、彼女のうなじから離れなかった。


 ──もう、視線を外す気はなかった。




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