エピローグ その後の二人
結婚式から、数日──
王都の騎士団訓練場では、朝から妙な噂が広がっている。
「聞いたか?」
「何をだ?」
「近衛に行った元三番隊隊長」
少し間を置いて、男はにやりと笑った。
「結婚したらしいぞ」
その言葉に、周囲の騎士たちが一斉に反応する。
「は?」
「結婚?」
「相手は誰だ」
別の騎士が声を潜めて言った。
「……侯爵令嬢だとよ」
その言葉に、一瞬だけ訓練場の空気が止まる。
そして次の瞬間──訓練場は大きくざわめいた。
「はぁ!?」
「侯爵令嬢!?」
「嘘だろ!」
さらに別の騎士が、まるで秘密を明かすように続ける。
「しかもめちゃくちゃ美人らしい」
「それ絶対噂だろ」
「いや見た奴が言ってた」
「どれくらい美人なんだ?」
ざわめきが一気に大きくなった、その時だった。
近くを通りかかった三番隊の騎士が、ぴたりと足を止める。
彼はゆっくり振り向いて腕を組み、そしてなぜか誇らしげで自慢げな顔で言った。
「それ、噂じゃないぞ」
周囲の視線が一斉に集まる。
三番隊の騎士は、胸を張った。
「めちゃくちゃ美人だし、しかも性格もいい」
「うちの元隊長の奥様だ」
その言葉に、周囲の騎士たちは顔を見合わせる。
「……なんでお前が誇らしげなんだ?」
その時、訓練場の入り口からひとりの男が歩いてくる。
背筋の伸びた騎士の歩き方。
見慣れたその姿に、三番隊の騎士たちが一瞬で気づいた。
「あ!」
「隊長!」
「噂をすれば!」
次の瞬間、三番隊の騎士たちが一斉に駆け寄った。
「隊長!違った、近衛様!」
「お久しぶりです!」
「カイル元隊長!」
口々に声が飛び、カイルは一瞬だけ眉をひそめた。
「……騒がしいな」
しかし元部下たちは気にしない。
むしろさらににやにやしている。
「隊長!新婚生活どうですか!?」
ひとりが身を乗り出し、周囲の騎士たちが一斉に耳をそばだてた。
カイルは無表情のまま答える。
「普通だ」
「「えー!!!」」
すぐさま不満の声が上がる。
「絶対普通じゃないでしょう!」
「奥様リリアーナ様ですよ!?」
「ついでに近衛隊のほうはどうですか!?」
別の騎士がさらに身を乗り出した。
質問が一斉に飛んでくる。
元部下たちが完全に面白がっているのがわかる。
カイルは小さく息を吐いた。
「……お前たち」
その時、ひとりの騎士がにやりと笑う。
「……隊長」
「……なんだ」
「奥様、綺麗すぎません?」
「そうだな」
そのあまりにも迷いのない答えに、周囲の騎士たちが一斉に笑い出す。
「即答!」
「隊長それ自慢ですよ!」
「もう完全に惚気てるじゃないですか!」
「1人男にはきつい……っ!」
騒ぎはさらに大きくなった──その時だった。
訓練場の入り口から、静かな声が聞こえる。
「カイル」
その一言で、空気が止まり、カイルが振り向く。
そこに立っていたのは、ひとりの女性だった。
柔らかな光をまとったような、落ち着いた美しさ。
淡い色のドレスを身にまとい、優雅に立っている。
──リリアーナだった。
一瞬の沈黙。
そして次の瞬間──訓練場がざわめいた。
「おい」
「あれが……?」
「リリアーナ様!?」
リリアーナを初めて見る騎士たちは、完全に言葉を失っていた。
「……本当に美人だ」
「いや美人ってレベルじゃない」
誰かが呆然と呟く。
その間にも、カイルはすでに歩き出していた。
元部下たちを軽く押しのけ、まっすぐ彼女の元へ向かう。
リリアーナはカイルを見て、柔らかく微笑んだ。
「どうした」
カイルが静かに聞くと、リリアーナは少しだけ困ったように笑った。
「迎えに来ました……夫を」
声を和らげ、少し照れたように言ったその言葉に、騎士たちが一斉に固まった。
誰も声を出さない。
ただ、呆然と二人を見ている。
その気配を背中で感じながら、カイルは小さく息を吐いた。
そして、自然な動作で彼女の手を取る。
「帰ろう」
「はい」
リリアーナは嬉しそうに微笑み、そのまま二人は歩き出す。
訓練場を抜け、王城の庭へ。
夕暮れの光が、ゆっくりと街を染めていた。
しばらく歩いたあと、カイルがぽつりと呟く。
「……もう騎士団には来ない方がいい」
「え?どうしてですか?」
リリアーナが首を傾げる。
カイルは少し言いにくそうに視線を逸らした。
「……なんでもない」
「ふふっ嫉妬、ですか?」
リリアーナはくすりと笑い、少し意地悪そうに言った。
カイルは足を止める。
一瞬だけ黙り込み──小さく答えた。
「……悪いか」
リリアーナは驚いたように目を瞬かせ、そして楽しそうに笑った。
「もう結婚したのに」
「そんなの関係ない」
カイルは即答する。
その言葉に、リリアーナの頬が少しだけ赤くなった。
リリアーナは小さく頷いた。
そして少しだけ間を置き、優しく呼ぶ。
「わかりました──あなた」
その瞬間、カイルの動きが止まった。
一瞬遅れて、耳が赤くなる。
リリアーナはその様子を見て、楽しそうに笑った。
夕暮れの空の下、二人は並んで歩いていく。
騎士と、その妻として。
けれどそれだけではない。
これから先もずっと、喧嘩をして、笑って、時には困って。
それでも──隣にいるのは、きっとこの人だ。
カイルはふと、彼女の手を握り直した。
リリアーナが彼を見上げる。
カイルは少しだけ照れくさそうに笑った。
そして二人は、ゆっくりと歩き続ける。
同じ未来へ。
同じ人生へ。
一生、隣で生きていくために。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
カイルとリリアーナの物語はこれにて完結です。
最後まで見届けていただき、ありがとうございました。




