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白黒つけましょう?〜侯爵令嬢は平民騎士隊長を絶対に諦めない〜  作者: はな
婚約者編

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第11話 騎士団の祝い酒



 王都の騎士団本部の一角にある食堂は、その夜、普段よりもずっと賑やかだった。


 長い木の卓がいくつも並べられ、その上には大皿料理と酒樽が所狭しと置かれている。

 焼いた肉の香ばしい匂いと、酒の甘い匂いが混ざり合い、部屋の空気はすっかり宴会の熱気に包まれていた。


 理由はひとつ。

 カイルの近衛昇進と、そして近く控えた結婚の祝いだ。


「隊長!あ、まだ隊長か?とりあえず!昇進おめでとうございます!」


 若い騎士がジョッキを掲げて叫ぶと、周囲から一斉に歓声が上がる。


「おめでとうございます!」

「ついに近衛ですよ近衛!」

「いやあ、うちの隊から出るとはなぁ!」


 盛り上がる部下たちに囲まれながら、カイルは少し困ったような顔をしていた。


 祝いの席なのだから笑えばいいのだろうが、こういう騒ぎにはどうにも慣れない。


「……飲め」


 そう言って自分のジョッキを掲げると、それだけでまた歓声が起こった。


「「乾杯!!!」」


 木のジョッキがぶつかり合い、酒が勢いよく喉へと流れ込む。


 その様子を少し離れた席から眺めながら、副隊長が小さく息をついた。


「……お前たち、ほどほどにしろよ。明日も訓練があるんだからな」

「今日くらいいいじゃないですか!」

「隊長のお祝いですよ!」

「そうだそうだ!」


 すぐに反論が飛んできたため、副隊長は諦めたように肩をすくめた。


「……まあ、今日は特別だな」


 そのとき、別の騎士が身を乗り出してきた。


「それより隊長」

「なんだ」

「どうやって落としたんですか?」


 一瞬、眉をひそめたカイルに対して、騎士はにやりと笑う。


「……何をだ」

「決まってるじゃないですか!リリアーナ様ですよ!」


 その名前が出た瞬間、周囲の騎士たちが一斉に反応した。


「それだ!」

「俺も気になってた!」

「どうやって侯爵令嬢を落としたんですか!」


 質問が一斉に飛び交う。

 カイルはジョッキを置き、無言で彼らを見回した。


「……別に落としてない」

「絶対嘘だ!」

「隊長そんな顔して言っても説得力ないですよ!」

「むしろどうやったらそうなるんですか!」

「……知らん」


 そう言って酒を飲もうとすると、別の騎士がすかさず言いにくそうにしながらも、口を挟んだ。


「いやでも正直、隊長って――モテるタイプじゃなかったですよね」


 一瞬、空気が止まる。

 そして次の瞬間、周囲が爆笑した。


「言った!」

「それ言ったらだめだろ!」

「でも分かる!」


カイルの額にうっすらと青筋が浮かんだ。


「……聞こえているぞ」

「すみません!」


 しかし全く反省していない顔だった。

 そこへ、横から別の声が入る。


「いや、でも実際そうだろ」


 そう言ったのはラルクだった。


 若い騎士の中でも特に腕が立ち、カイルの直属の部下でもあった男だ。

 彼はジョッキを揺らしながら、平然と続けた。


「隊長って女に興味ないと思ってた」

「俺も思ってた」

「同じく」


 頷きが広がり、カイルは深く息をついた。


「……お前たちは、俺をなんだと思っている」

「仕事人間」

「剣の化け物」

「女より鍛錬」


 好き勝手な言葉が飛び交う。

 その中で一人の騎士がふとラルクを見た。


「そういえばラルク」

「なんだ」

「お前、最初リリアーナ様に何か指導しようとしてたよな」

「……やってみたいのかと思っただけだ」

「いや指導とみせかけて顔はニヤついてた」

「剣落としかけてた」

「口も開いてた」

「口は開いてない……はず」


 ラルクは眉をひそめて酒を飲む。


「……ただ、綺麗だと思っただけだ」


 その瞬間、騎士たちが一斉に吹き出した。


「出た!」

「惚れてた!」

「一目惚れ!」

「違う」


 ラルクは顔をしかめた。

 しかし少し間を置いて頭をかく。


「……いやまあ、ちょっとは」

「認めた!」


 次の瞬間、騎士たちの間から一斉に笑い声が上がった。


 その中心で、ラルクはまったく気にした様子もなく肩をすくめた。


「でもすぐ分かった」

「何が?」

「この人のだって」


 その視線の先にいるのは──カイルだ。

 視線が一斉に集まる。


 当の本人は、黙ったまま酒を口に運んでいるだけだった。


 ラルクはため息をつく。


「……無理だろ」

「何が?」

「隊長、あの人見る顔が違う」


 一瞬、場が静まる。

 そして騎士たちが妙に納得した顔をする。


「……確かに」

「だから三秒で諦めた」

「「三秒!?」」

「早すぎる!」

「さすがラルク!」

「隊長には勝てる気がしない」


 そこでカイルがゆっくり口を開いた。


「……当然だ。俺の婚約者だ」


 カイルはグラスを静かに卓上へ置き、低く淡々と言った。


 その一言に、場が一瞬だけ静まり返る。


 だが──次の瞬間。


「「知ってる!!!」」


 騎士たちの声が綺麗に揃った。


 堪えきれないような笑いが一斉に広がり、酒場の空気が揺れる。


 カイルは深く息を吐くと、片手で眉間を押さえた。


 その様子を見ていた副隊長が、呆れたように肩をすくめる。


「お前たち、本当に隊長いじるの好きだな」

「だって面白いんですよ」

「普段真面目ですからね」

「隊長、幸せそうですし」


 カイルは少しだけ目を細めた。

 酒の席のざわめきの中で、ふとリリアーナの顔が浮かぶ。


 あの静かな笑顔。

 指を絡めたときの、やわらかな感触。


 思い出すだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 ──そのときだった。


「隊長ぉ!!」


 酒瓶を片手にした騎士の一人が、顔を真っ赤にして大声で叫んだ。

 カイルがちらりと視線だけを向ける。


「なんだ」


 すると、周囲の騎士たちまで一斉に身を乗り出した。


「近衛に行っても!」

「結婚しても!」

「奥さん連れてきてくださいよ!」

「会いたい!」

「美人は目の保養!」


 口々に好き勝手な声が飛ぶ。

 酔った騎士たちは完全に盛り上がっていた。


 カイルは一度グラスを口元に運び、酒をひと口だけ飲んだ。

 それから少し考えるように視線を落とし、短く答えた。


「……無理だ」

「「えー!」」


 騎士たちが一斉に不満の声を上げる。

 カイルは静かに酒を飲み、少しだけ眉を寄せながら言った。


「見せびらかすものじゃない……大事な人だ」


 その言葉に、周囲の騎士たちが一瞬静まり──そしてまた爆笑が起こった。


「隊長が惚気た!」

「今の聞いたか!」

「歴史的瞬間だ!」


 カイルは無言でジョッキを置いた。


「……お前たち」

「まぁまぁ、今日は祝いですから、許してやってください」


 副隊長が肩を震わせながら言った。

 騎士団の食堂には、夜遅くまで笑い声が響き続けた。


 そしてその中心には、いつもより少しだけ困った顔をした元隊長の姿があった。


 酒樽はすでに二つ空き、卓の上には空いた皿が山のように積まれている。


 その中で、一人だけやけに勢いのいい男がいた。


「いやでも!!もし隊長がいなかったら!」


 食堂の空気が一瞬だけ静かになった。

 ラルクはお酒が入った真っ赤な顔で、真顔で続ける。


「俺、絶対口説いてました」


 次の瞬間、騎士団が爆笑した。


「言った!」

「おいそれ隊長の前で言うな!」

「命知らず!」

「ラルク……お前な……」


 副隊長が頭を抱えている。

 しかし当のラルクは止まらない。


「いやでもな!綺麗だろ!?優しいし上品だし完璧だろ!」

「それは否定しない」


 ラルクは腕を組み、堂々と言った。


「つまりだ!!俺が惚れるのは仕方ない!!!」


 その瞬間、コツン、とジョッキが机に置かれた。

 音は小さかったが、それだけで騒がしかった食堂の空気がぴたりと止まる。


 カイルはゆっくりラルクを見上げ、低い声で名を読んだ。


「──ラルク」

「は、はい」


 さっきまで酔って騒いでいたラルクの声が、途端に小さくなる。

 騎士たちが一斉に息を呑む。


 その視線の先で、カイルはゆっくりとグラスから手を離した。

 そして、ほんのわずかに目を細める。


「もし俺がいなかったら──そもそもお前、会えてない」


 カイルの言葉が落ちた瞬間、食堂の空気が一瞬だけ静まり返る。

 だが、その沈黙は長くは続かなかった。


 次の瞬間、誰かが吹き出し、それをきっかけに騎士たちが一斉に笑い出す。

 あっという間に食堂は爆笑に包まれた。


「確かに!」

「隊長へのお礼で来たんだった!」

「ラルクそもそも近づけない!」

「そ、それは……」


 ラルクが口をぱくぱくさせると、騎士たちは机を叩いて笑った。


 副隊長も肩を震わせながら言う。


「完全敗北だな」

「くそぉ……」


 ラルクは力なく椅子に座り込み、そしてぼそりと呟く。


「でも綺麗なんだよなぁ……」


 騎士たちはまた笑い出した。

 カイルは小さく息を吐き、ジョッキを手に取る。


 騒がしい夜だった。

 だが──不思議と悪くない。


 ふと、またリリアーナの顔が浮かぶ。


 ──早く会いたい。


 そんなことを思ってしまった自分に、カイルは小さく苦笑する。


 ……どうやら自分は、相当惚れているらしい。




ここまでお読みいただきありがとうございます。


あと2話で本編は最終回となります。

もう少しだけお付き合いいただけると嬉しいです。

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