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白黒つけましょう?〜侯爵令嬢は平民騎士隊長を絶対に諦めない〜  作者: はな
婚約者編

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第6話 王命



 王城の謁見の間は、重い静寂に満ちていた。


 第三隊隊長カイル・グレイは、王太子に単身呼び出され、玉座の前に立っている。


 高く設えられた王座に座る王太子は穏やかに微笑んでいたが、その瞳の奥には鋭い光が宿っていた。


「……アステリア侯爵令嬢との婚約の件だが」

「はい」


 短く答えるカイルに、王太子はわずかに沈黙したあと、静かに言葉を続けた。


「優秀な部下を失うのは惜しいと思っている」

「……どういう意味でしょうか」


 カイルの眉がわずかに動く。

 王太子はゆっくりと立ち上がり、玉座の階段を降りてカイルの前に立った。


「お前を、近衛へ引き抜きたい」


 空気が静かに止まる。

 近衛騎士──それは名誉であり、地位であり、出世の象徴でもあった。


 だが王太子はすぐに本題を口にせず、一度カイルの反応を確かめるように視線を細めたあと、言葉を続けた。


「……だが、条件がある。侯爵令嬢との婚約は、一度白紙に戻してもらう」


 低く落とされた声には、静かな圧が含まれていた。

 カイルの拳が、ゆっくりと握られる。


「近衛は王家直属の騎士だ。貴族との縁は慎重であるべきだ」


 理屈は通っており、否定しにくい提案だった。

 だがそれは同時に、試すような問いでもあった。


「選べ──未来か。愛か」


 王太子が穏やかな声で告げたその言葉には、カイルだけでなく、リリアーナを見定める意味も含まれていた。



 その頃、王宮の王妃のサロンにも、リリアーナは呼ばれていた。


 繊細な彫刻の施された椅子に座り、王妃は優雅に微笑む。

 紅茶のカップが静かに置かれる。


「あなたは聡明な娘だと聞いているわ……そして彼も、王家にとって必要な人材だと思っているの」


 柔らかな声音だったが、その裏には別の意図が静かに潜んでいた。


「近衛に上がれば、彼の未来は保証されるでしょう。……あなたが身を引けば」


 一拍の沈黙のあと、王妃は言った。

 圧力はないが、選択を迫る空気だけがそこにあった。


 そして、その言葉の奥には、王家の立場としてだけではなく、リリアーナという娘を静かに測る視線も混じっていた。


 リリアーナは一度だけ小さく息を吐き、すぐに表情を整えると、ゆっくりと口を開いた。


「王家にとって最善をお望みですか?」

「ええ」


 王妃は頷いた。

 その目は、娘を諭す母のようでもあり、同時に別の可能性を静かに見ているようでもあった。


「でしたら──彼は私の隣にいるほうが、より強くなります」


 その言葉に、王妃の目がわずかに細くなる。

 一瞬、静かな考えの色がその瞳に浮かんだ。


 政治的な判断と娘の意志、どちらも測るような目──リリアーナはその視線を逃さなかった。


 言葉は柔らかくとも、その空気は確かに試されていることを告げていた。


「愛は弱みではありません。彼は逃げません。私も逃げません」


 王妃は息を小さく吐き、視線を少し落とした。

 リリアーナは微笑みを浮かべ、瞳の奥で自分の決意を確かめるように見つめた。

 挑むでもなく、退くでもなく、ただ自分の選択を信じている者だけが浮かべる笑みだった。


「若いわね」

「はい。……ですが、愚かではありません」



 その夜。


 窓の外では、夜風が静かに庭を揺らしていた。

 カイルとリリアーナは、互いに言葉を交わさず向かい合っている。


 沈黙は、もはや互いが何を聞き、何を選んだのかを理解している証だった。

 先にその静けさを破ったのは、カイルの低い声だった。


「……近衛の話を」

「聞きました」

「出世の話だ」

「ええ」


 短く返された言葉のあと、カイルは一度視線を落とし、静かに言葉を継いだ。


「……お前を守るには、力がいる」

「私は、あなたが私のために出世するのは望みません」


 リリアーナが静かに一歩踏み出すと、その言葉の重みを受け取るように、カイルの瞳の色がわずかに変わった。


「選べと言われた」

「私もです。……あなたは?」


 視線が絡み合い、互いの覚悟が伝わる。

 その瞬間、カイルの心に迷いは微塵もなかった。


「選んだ。未来も、愛も。──両方掴む」


 一歩距離を詰め、低く、しかしはっきりとした声で言葉を落とした。


「近衛に行く」


 リリアーナの胸の奥で、息が小さく詰まる。

 覚悟と期待が入り混じった、不思議な熱が体を巡った。


「だが──婚約は解消しない。条件は拒否した」

「……危険です」


 王命に背くに等しい選択だった。

 リリアーナが小さく警告のように言うと、カイルはそれを楽しむかのように、静かに笑みを返した。


「分かっている。……俺は、あなたの隣に立つ男だ。どちらかを捨てる選択はしない」

「……男前ですね」


 リリアーナの胸が熱くなる。

 思わず零した言葉に、カイルは一瞬、目を逸らした。


 そのわずかな間の後、彼はためらうことなく身を寄せ、力強く彼女を抱きしめた。


「怖いか」

「いいえ。──あなたとなら」


 王家を敵に回す未来があったとしても、それでもよかった。

 この手を離すつもりは、互いに少しもなかった。



 ◇◇◇



 試された。


 愛か、未来か。


 その問いは、王家からの試練であり、同時に評価でもあった。


 王太子の瞳には、リリアーナそのものを値踏みする色も、わずかに混じっていた。


 そして──どこか、惜しむような光も。


 だが俺は迷わない。

 彼女を失って得る地位など、空虚に過ぎない。


 だが、彼女を守るには力がいる。


 ならば──両方掴む。


 王家にも証明する。


 自分は彼女と並びながら、さらに上へ行ける男だと。


 ──絶対に。


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