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もう並んでおりますもの

作者: 百鬼清風
掲載日:2026/02/18

 王城大広間に満ちていた音楽が途切れ、飾られた光が一斉に中央へ吸い寄せられるように集まる。


 そこに立つのは、王太子フリードリヒ・アウグスト・フォン・ラウエンと、その婚約者イザベル・フォン・ヴァイルブルク侯爵令嬢である。


 視線は逃げ場を失い、言葉を待つ形で固まっていた。


「イザベル、今夜ここで伝える、君との婚約は解消する」


 周囲の息が揃って止まる。

 それでもイザベルは目を伏せない。

 扇も閉じたまま、まっすぐに王太子を見る。


「ようやく本題ですの、長い前置きに付き合わされて、退屈で眠ってしまうところでしたわ」


「冗談で済む場ではない、私は真剣に判断した」


「ええ、ええ、よく存じております、殿下はいつだって真剣ですもの、だからこそ面白いのですわ」


「何が言いたい」


「今さら確認が必要ですの、隣から人を追い払うときの顔が、あまりに得意げでしたから」


 王太子の眉が寄る。

 その腕へ、するりと指先が触れた。


 子爵令嬢クララ・ユスティーナ・フォン・ライヒェンが、柔らかな微笑を浮かべて立っている。


「殿下、強くおっしゃらなくても、イザベル様はご理解くださいますわ」


 イザベルはゆっくりと首を傾け、少女を眺める。


「ご親切なこと、横から腕まで添えてくださるとは、ずいぶんと慣れた手つきですのね」


「わたくしはただ、殿下のお力になりたいだけです」


「その熱意、他人の場所で披露なさらなくても結構ですわ、自分のお席が見つかってからになさい」


 ざわめきが広間を走る。

 笑いを噛み殺す者もいれば、蒼白になる者もいる。


「イザベル、だから君は選ばれない、私は王妃に相応しい輝きを求めている」


「まあ、それは残念、光り方まで指定されるとは思いませんでしたわ、宝石箱にでもお入りになります?」


「君には慎みが足りない」


「捨てられる相手に慎みを要求なさるの、ずいぶんと贅沢ですこと」


 王太子が言葉に詰まり、クララが一歩前へ出る。


「これからはわたくしが殿下をお支えいたします、どうか穏やかに身をお引きくださいませ」


「穏やかに、ですって、胸を張って奪いに来た方の台詞とは思えませんわね、なかなか豪胆でいらっしゃる」


「殿下は、もうあなたをお選びではありません」


「ええ、先ほど耳にしました、よく通る声でしたもの」


 イザベルは扇を開き、口元だけを隠す。


「では確認いたしますわ、終わりでよろしいのですね、呼び止めも訂正も取り消しも、もうございませんのね」


「ない」


「結構」


 扇が閉じる音が、やけに響いた。


「それでは道をお開けなさいませ、役目の終わった女がいつまでも立っていては、新しい恋の邪魔になりますでしょう」


 人垣が割れる。

 誰も触れない。


「最後に一つだけ」


 足を止め、振り返る。


「選び直したくなっても、列の最後尾にお並びくださいませ、割り込みはお断りいたしますわ」


 イザベルは視線を外し、そのまま大広間を後にした。

 追う者はいない。



 夜会が終わっていないはずの時間だというのに、廊下は妙に静まり返っていた。


 磨かれた窓に映るのは、背筋を伸ばしたまま歩くイザベル・フォン・ヴァイルブルク侯爵令嬢の姿だけである。


 足音は規則正しく、速くも遅くもない。


「お待ちくださいませ、イザベル様、そのままお帰りになるおつもりですか」


 呼びかけに振り向くと、そこに立っていたのは王宮侍従長アルフォンス・グレゴールであった。

 長く王家に仕え、数えきれない別れと交代を見てきた男である。


「お引き留めになるほど名残惜しい扱いを受けた覚えはございませんの、見送りの列でも作ってくださるなら別ですが」


「そのような言い方をなさらなくとも、今夜の事はあまりに急でございました」


「急、ですって、準備の整った声でしたわ、磨き上げた銀器のように、迷いも揺れもありませんでしたもの」


「殿下もお立場がございます」


「ええ、存じております、ですからわたくしも立場に従いますの、不要となった以上、長居は無作法でしょう」


 侍従長は言葉を探すように口を閉じる。

 代わりに、遠くから別の足音が近づいてきた。


「イザベル嬢、少しよろしいか」


 現れたのは、辺境伯レナート・シュヴァルツである。

 軍務で名を知られる男は、夜会の最中にもかかわらず鎧に近い正装のままだった。


「まあ、こんなところで捕まるなんて、わたくしはよほど人気者になってしまったようですわね」


「茶化している場合ではない、あの宣言の後で一人にするのはまずい」


「まずい、とは、わたくしが泣き崩れて床を濡らすとでもお思いで」


「そうは言っていない」


「でしたら放っておきなさいませ、見世物の続きは終わりましたわ」


 辺境伯は腕を組み、視線を逸らさずに立つ。


「君はいつも、何も持っていないような顔で立っていた」


「素敵な観察ですこと、それで今夜は、空っぽの箱を捨てた気分でいらっしゃる?」


「違う、何かを抱えている人間の歩き方だ」


「それをわざわざ教えに来てくださったの、親切な方が多くて助かりますわね」


 沈黙が落ちる。

 重くはない。だが、逃げ道のない形でそこにある。


「戻る場所はあるのか」


「ありますわ、靴が向いている方へ進めば、どこだって目的地になりますもの」


「曖昧だ」


「今のわたくしにぴったりでしょう」


 イザベルは小さく笑い、再び歩き出す。

 侍従長が一歩だけ追いかける。


「殿下が後でお呼びになるかもしれません」


「まあ、便利な言葉ですこと、“後で”というのは、いつだって今の責任を遠ざけてくれますもの」


「それでも」


「呼ばれる立場は、先ほど終わりましたわ」


 ぴたりと足を止め、振り向く。


「もう命令は届きませんの、扉の外へ出た声は、ただの独り言です」


 侍従長は追えない。

 辺境伯も動かない。


 遠巻きに見ていた若い貴族たちが、ひそひそと声を交わしている。

 視線だけが刺さる。


「お気になさるな」


 辺境伯が低く言う。


「慣れておりますわ、見られるのは長い付き合いですもの」


「違う、今は違う目だ」


「そう、ではなおさら長居は無用ですわね、興味を持たれたまま去るのが、一番美しい幕の引き方でしょう」


 イザベルは優雅に礼をし、背を向ける。


「おやすみなさいませ、皆様、明日の話題には困りませんわよ」


 足音が遠ざかる。

 今度こそ、誰も呼び止めない。



 夜気が石畳を冷やし、王城の喧騒は扉一枚で遠い出来事のように閉じ込められていた。

 月光の下、馬車寄せへ向かうイザベル・フォン・ヴァイルブルク侯爵令嬢の前に、一人の男が立っている。


 マティアス・コンラート・フォン・アイゼンフェルト公爵。王国の重鎮として知られ、夜会の場では滅多に自分から動かない人物であった。


「このまま帰すほど、私は鈍くないつもりだが、少し時間をもらえるだろうか」


 イザベルは足を止め、相手を見上げる。


「まあ、公爵様が道を塞ぐなんて珍しいこと、星でも落ちてきそうですわね」


「落ちる前に捕まえに来た、と言ったら笑うか」


「ええ、もちろん、手袋を落とした覚えもございませんもの」


 公爵は微笑を消さない。視線だけが動かない。


「君は困っていない顔をしている」


「困る必要がございますの、婚約が消えただけで、命までなくなったわけではありませんわ」


「強い」


「お褒めに預かるほど柔らかくは作られておりませんの」


 しばらくの間、二人の間に言葉が置かれない。

 遠くで扉が閉じる音だけが響く。


「殿下は、大きなものを手放した」


「まあ、夜風は率直ですこと、聞いている誰かが青くなりますわよ」


「私は遠回しに話す趣味がない」


「それは助かります、今夜は回り道ばかりで足が疲れておりますの」


 公爵は一歩近づく。


「ずっと気になっていた、君の立ち位置があまりに整いすぎていた」


「整うのは悪いことですの、乱れて転べば満足いただけました?」


「転ばないように周囲が並び替わっていた」


「面白いお話ですこと、そんな魔法があれば、ぜひ見てみたいものですわ」


「見てきた」


 短い返答が落ちる。


「気付かれていると思っていたが」


「まさか、そんな、わたくしはいつも壁際で静かに立っていただけですのに」


「静か、か」


「ええ、とても」


 視線が絡む。

 試すようでもあり、確かめるようでもある。


「もし違うと言ったら」


「言葉は自由ですわ、止める権利を持っておりませんもの」


「では言おう、私は君の沈黙を信用していない。こんなに話す方なのに」


 イザベルの指先が、わずかに扇を強く握る。


「困りましたわ、疑われてしまっては、これ以上大人しくしていられなくなりますでしょう」


「それを望んでいる」


「強欲な方」


「失った席があるなら、別の席を用意できる」


「まあ、そんなに簡単に椅子が増えるなら、今夜は誰も困りませんでしたでしょうに」


「君は困っていないのか?」


「繰り返しますのね」


「確認している」


 イザベルは小さく息を吐く。


「では、こう申し上げましょう、公爵様、今のわたくしは自由ですわ、だから好きな場所へ行けますの」


「私の隣はどうだ」


「大胆」


「断るか?」


「今すぐには」


「先延ばしか」


「もったいぶっているのです、簡単に決めてしまっては、ありがたみが減ってしまいますもの」


 公爵は初めて視線を緩めた。


「では待とう」


「気の長いこと」


「その価値がある」


 イザベルは数歩後ろへ下がる。


「買い物の値札のように扱われるのは好みませんわ」


「値は付けられない価値だ」


「では、今日はここまでにいたしましょう、公爵様、これ以上続ければ、わたくしが勘違いしてしまいそうですもの」


「それでも構わない」


「困ります」


 馬車の扉が開く。


「おやすみなさいませ、良い夜を」


 乗り込む直前、イザベルはわずかに振り返る。


「追いかけてはなりませんわよ、今はまだ」


 扉が閉じ、車輪がゆっくり動き出す。


 マティアスは、その場から動かなかった。



 数日後、王都の通りは穏やかな昼の光に包まれていた。人々の噂は早く、どこへ行っても同じ話題が先回りしている。


 その中心にいる名は、イザベル・フォン・ヴァイルブルク侯爵令嬢である。


 その日、彼女が足を向けた先には見慣れぬ紋章を掲げた馬車が停まっていた。

 黒地に銀の線、アイゼンフェルト公爵家のものだ。


「本当にいらしたのですね、まさか冗談ではなかったとは思いませんでしたわ」


 扉の前に立つマティアス・コンラート・フォン・アイゼンフェルト公爵は、ゆるく首を傾ける。


「私は約束を軽く扱わない」


「まあ、怖いお言葉、逃げ場がなくなってしまいます」


「逃げる気があるのか」


「迷っている最中ですの、乙女らしいでしょう」


「似合わない」


「失礼な方」


 イザベルは小さく笑い、しかし足は止めない。そのまま公爵の前へ進み、正面に立つ。


「それで、公爵様はわたくしに何をさせたいのです」


「させたい、ではない」


「では、何をなさるおつもりで」


「私の横に並ぶ」


 短い答えに、イザベルのまつげが揺れる。


「簡単におっしゃるのね、隣というのは、空いているだけでは座れませんのよ」


「だから来た」


「招待状もなく」


「必要か」


「本当に強引」


「嫌なら断ればいい」


「……そう簡単に切り捨てられるなら、今頃こんな顔はしておりませんわ」


 公爵は扉を開く。中には豪華すぎない調度が整えられている。


「乗ってくれ」


「行き先も言わずに」


「聞けば降りるのか」


「降りるかもしれません」


「それでも構わない」


 イザベルは扇の先で馬車の縁を軽く叩く。


「不利な勝負ですこと、こちらばかりが選んでいる気になりますわ」


「そうだ」


「認めましたわね」


「選ばれる側に立ちたい」


 言葉が落ちる。

 軽くはない。だが押しつけでもない。


「ずるい方」


「構わない」


「あとで泣き言を言っても知りませんわよ」


「覚悟はある」


 イザベルは小さく息をつき、ドレスを持ち上げて馬車へ乗り込む。


「本当に困った人、もっと迷わせてくださらないと面白くありませんのに」


「十分だ」


 扉が閉まる。

 外で見ていた通行人たちが、ざわりと動いた。


「ねえ、今の見た」


「公爵様だろう」


「どういうことだ」


「さあな」


 噂は一瞬で広がる。

 馬車はゆっくりと走り出した。


「視線が痛いですわ」


「嫌か」


「嫌いではありません」


「なら問題ない」


「乱暴な解決ですこと」


 イザベルは窓越しに流れていく街並みを見る。


「ねえ、公爵様」


「何だ」


「わたくし、まだ何も差し出しておりませんのよ」


「知っている」


「それでも」


「構わない」


「どうしてそんな顔が出来るの」


「君が困らないからだ」


 イザベルは視線を戻す。


「またそれ」


「事実だ」


「繰り返されると、信じてしまいそうになりますわ」


「信じればいい」


「簡単に言うのね」


「難しくする必要がない」


 イザベルは小さく笑った。


「負けましたわ、今日のところは」


「勝ち負けではない」


「それでも」


「隣にいる」


 馬車は角を曲がり、王城の尖塔が視界から外れる。


 イザベルはそれを見送った。



 王城の廊下はいつもと同じ幅で伸びているはずなのに、その日は妙に狭く感じられた。歩く者たちが互いの顔を見ては言葉を飲み込み、視線だけで話を済ませている。


 その中心で足を止めたのは、王太子フリードリヒ・アウグスト・フォン・ラウエンである。


「何があった、どうして皆そんな顔をしている」


 答えに出たのは、近衛の一人だった。


「いえ、その、少々耳に入りまして」


「はっきり言え」


「……アイゼンフェルト公爵家の馬車に、イザベル様が乗られたと」


 短い沈黙が落ちる。


「見間違いだ」


「複数の者が」


「見間違いだと言っている」


 近衛はそれ以上続けられない。

 代わりに、別の声が割り込んだ。


「殿下、動揺なさらないでくださいませ」


 クララ・ユスティーナ・フォン・ライヒェン子爵令嬢が、やわらかく腕に触れる。


「彼女はもう関係のない方ですわ、どなたの馬車に乗ろうと」


「分かっている」


「でしたら」


「分かっていると言った」


 王太子は手を振り払い、歩き出す。


「どうしてよりにもよって、あの男なんだ」


「公爵様は目立つ方ですもの、噂は大きくなりやすいのですわ」


「違う」


「何がですの」


「……」


 答えは出ない。


「殿下」


「何だ」


「不安になる必要はございません、わたくしが隣におります」


「そうだな」


 しかし視線は、どこにも落ち着かない。


「殿下、まさかお呼び戻しになるなどとは」


「そんなことはしない」


「ええ、もちろんですわ」


 廊下の端で控えていた侍従が、目を伏せる。


「もう終わったことだ」


「その通りです」


「終わったのだ」


 言い聞かせるような声が、石壁に吸われていく。

 殿下は、断罪された様な気分になっていた。


「ざまぁみろと思っているのだろうか…」


 彼は、苦笑した。



 同じ頃、王都の別邸では明るい日差しが窓から差し込んでいた。テーブルの上にはまだ手のつけられていない茶器が並び、向かい合って座る二人の距離は遠くない。


 マティアス・コンラート・フォン・アイゼンフェルト公爵と、イザベル・フォン・ヴァイルブルク侯爵令嬢である。


「落ち着かない顔だ」


「見えますの?」


「見える」


「困りましたわ、隠す練習が足りませんでした」


「必要ない」


「またそれ」


「今はもう」


 イザベルは視線を逸らす。


「城は騒いでいるでしょうね」


「だろう」


「面倒なことになりましたわ」


「嫌か」


「いいえ」


「ならいい」


「あなたの判断はいつもそれですの」


「単純だ」


「ずるい」


 小さく笑う。


「ねえ、公爵様」


「何だ」


「もし呼び戻されたらどういたしましょう」


「行くのか」


「行きません」


「なら問題ない」


「言わせただけですのに」


「知っている」


 イザベルは紅茶に口をつける。


「どうして追わないの」


「何を」


「決まっております」


「必要ない」


「自信家」


「違う」


「では何ですの?」


「君が戻らないと分かっている」


 イザベルは言葉を止める。


「……そういうところです」


「不満か」


「効きますわ」


 公爵は答えない。

 ただ席を立たない。


「参りました」


「まだだ」


「欲張り」


「知っている」


 視線が絡み、外の噪が遠ざかる。



 王城の謁見の間は、静けさを保つために作られた場所だった。


 声は高く響き、ささやきさえ広がる。


 そこへ通された王太子フリードリヒ・アウグスト・フォン・ラウエンは、いつもよりわずかに歩幅が合わない。


 奥には、すでに二人の姿がある。


 マティアス・コンラート・フォン・アイゼンフェルト公爵。

 そしてその隣に、イザベル・フォン・ヴァイルブルク侯爵令嬢。


 距離は遠くない。だが簡単には割り込めない形で整っている。


「呼び立てに応じてくれたこと、感謝する」


 王太子が言う。


「お招きとあらば、断る理由を探すほうが難しいですわ」


 イザベルは穏やかに返す。

 しかし視線はまっすぐだ。


「少し、確認がしたい」


「確認、お好きですわね、最近流行っていらっしゃるの」


「茶化さないでくれ」


「では真面目に伺いますわ」


 王太子は一瞬だけ公爵を見る。


「君は、そこに立つことを選んだのか」


「はい」


 短い返事が落ちる。


「迷いは」


「ございません」


 さらに短い。


「……そうか」


 王太子の喉がわずかに動く。


「まだ時間はあると思っていた。早すぎる」


「何の時間ですの」


「いや」


「言葉は最後まで使わなければ伝わりませんわ」


「取り戻せるかもしれないと」


 イザベルは目を細める。


「どこから」


「君を」


「どこへ」


 間が空く。


「元の場所へ」


 イザベルは、ゆっくり瞬きをする。


「殿下」


「何だ」


「空いた席は、誰かが座るものですわ。その席にはクララ様が座っております」


 公爵の視線が動かない。


「わたくしはもう別の席におります」


「……」


「今さら立ち上がれとお命じになります?」


 王太子は、しばらく口を閉じてから言った。


「無理だ。たわむれにすぎない。そこまで誇りを忘れてはいない」


「ええ」


「分かっている」


「でしたら、それで終わりですわ」


 イザベルは公爵へ視線を送る。


「帰りましょう」


「ああ」


 二人は同時に動く。


「待ってくれ」


 声がかかる。


 イザベルは足を止めるが、振り向かない。


「最後だ」


「何でしょう」


「……幸せになれるのか」


 わずかな沈黙の後、イザベルは肩越しに言葉を落とす。


「もう並んでおりますもの」


 それだけで十分だった。


 公爵が隣にいる。

 距離は変わらない。


「失礼いたしますわ、殿下」


 扉が開き、閉じる。


 足音は遠ざかり、戻らない。


 王太子の前には、誰もいなくなる。



完。

よろしければ何点でも構いせんので評価していただければ嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
子爵令嬢の自信が凄い!・・・
なにがしたかったんや王太子
この話の場合、輝きが〜と言ってるので 元々結婚させる気がない女性を婚約という名目で長年縛っておいてこんなのやったら 王家自体が詐欺行為の胴元っていうのを示していますよね。 それでいて「他の場所へ行くの…
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