菊池健1
「何かすげーことになったな」
それが全てだった。
いつだって何も変わらない、代わり映えのしない日常に突然現れた非日常はあまりにも大きく、学校だけじゃなく全国的に広がっていく。
テレビには学校やその周辺の家が映し出され、ヘリがあちこち飛び回り、マスコミの人間らしき見慣れぬやつらがウロウロしている。
秋山まりについて知ってることは何もない。
ニュースになって初めて顔と名前を知ったくらいの、同じ学校の一個下の女子。
ショートカットで長めの前髪だけど、顔はかなりいい方。
「もったいねぇよな、実際」
こんなことになる前に知ってたら絶対行っていた。そう思えるような美少女だった。
そんなのがいたら話題になっててもおかしくないはずなのに、存在すら知らなかったんだから、顔が可愛くても存在感がないタイプだったのかもしれない。
学校からだけじゃなく、親からも「家から出るな」と言われているため暇すぎる。
確かに大変な事件だろうけど、俺が通ってる学校で起きたっていうだけで俺には関係がない。
犯人も何もうちの学校で事件なんて起こさなきゃよかったのに。
他校で起きてたらこんなふうに暇を持て余すこともなかっただろう。
久々にSNSのアカウントを開く。
『このニュースってKenKenのがっこじゃ?』
約一ヶ月ぶりに開いたのだが、コメント欄にそんなメッセージが書き込まれていた。
KenKenは俺のアカウント名。
菊池健だからKenKen。
何の捻りもないつまらない名前だ。
健やかに、健康に育つようにとの意味を込めた「健」らしいけど、どうせなら同じ文字でも読み方が「たける」とかだったらよかったのになと思う。
鍵アカで、自分が許可した人間しか見れないページだから、バズるなんてことは無縁のアカウント。
フォロワーは仲のいいやつらか、SNSで知り合った同年代のやつらばかりで、俺が何を言ったところで炎上することもない。
『そうだよ、うちの学校』
そう返信をすると即座に返事がきた。
『マジ?! ヤベーじゃん!』
最初のメッセージの主とは違う相手からだった。
『何か知らねぇの?』
『知らねぇ』
『すげーことになってんじゃん』
『だなー』
野次馬根性丸出しの返事に刺激的な回答をすることもできない。
俺のアカウントとしては珍しく、二桁台のPV数が即座についていく。
みんな暇なんだな。
自分に関係のないところで起きた刺激的な事件にみんな興味津々で、イベントみたいに楽しんでいる。
その後も事件について何か知らないのかとみんなが色々声をかけてきた。
何も知らないと答えると不安を漏らす者までいた。
「人が一人死んでんだよなー。まぁ、俺にもこいつらにも他人事なんだけどなー」
そう、所詮は他人事なんだ。
他人事だからこそあれこれ聞くことができるし、顔が見えないから好奇心を隠さなくていい。
だって自分とは無関係だし、バーチャルな関係なんだから。
コメント欄にはどんどんとツリーが立ち、無責任で思いやりのない言葉で埋め尽くされ、木の根っこみたいに広がっていく。
『何でもいいから情報くれよ』
『何か知らないの?』
『死体発見したのって誰?』
『被害者の子って綺麗な顔してたよね? やっぱ遊んでたんかな?』
『マジ? 綺麗なの? 顔知らない』
『ほら、この子』
『マジ美人じゃん! もったいねぇ!』
もう俺のことなんて忘れたように、俺を抜きにして話は広がっていく。
『こんだけ美人だから、なんかヤバい組織にでも入ってたんじゃん?』
『ヤバい組織ってなんだよ』
『ヤバい組織はヤバい組織だよ』
『ヤバい情報知っちゃって口封じ的な』
『ドラマかよ』
『いや、ドラマでもないって、そんなサスペンスな展開』
『美人薄命ってガチなのな』
『美人だから殺された?』
『私、美人に生まれなくてよかったかも』
『いや、お前可愛いべ』
『いきなりここでナンパ始めちゃうの?』
『ナンパちげーし!』
暇人ばかりがあれこれと騒いでいる。
そんな文字を眺めている俺も当然暇人だ。
『第一発見者、うちのクラスの女子と現社のセンセなんだよな』
こいつらが求める答えではないだろうが、一つの質問の回答としてそう書き込んだ。
『ま?』
『やべ、第一発見者、KenKenのクラスの女子?』
『犯人は第一発見者って、ミステリーの鉄板じゃないか?』
『マジで? じゃ、その女子が犯人?』
『現社の先生とグル!』
『うわ、ありそ!』
勝手な推理で見ず知らずの人間を平気で犯人に仕立て上げ、それを楽しんでいる。
「悪趣味ぃ」
そう言う俺もそれを見ながら笑ってるんだからきっと同罪。
まぁ、そんなこと言ったところでここを見れるやつらなんて限られてるから問題もない。
『KenKenって二組って言ってたよね?』
『あー、前に言ってた』
『中崎西高校の三年二組の教室ってさ、二階の真ん中らへんじゃん?』
『お、詳しいやついたし』
『そっからプールの死体って見えるのかね?』
あの時俺も窓に近づいてプールを見た。
死体かどうかなんて分からなかったけど、何かが浮いているのは分かった。
『なんか浮いてるなーくらいは見えたけど』
その返事にまたみんなが群がってくる。
砂糖に群がるアリみたいだと思った。
みんな自分とは無関係なところで旨味だけを求めて群がってくる虫と同じだ。
『それでよく死体だって分かったな。頭だけだったんだよな、見えたの』
『ボールじゃね? とか最初言ってたけど、誰かが頭じゃない? って言ったんだったな』
『それ言ったの犯人じゃね?』
『KenKen、殺人犯と同じクラス?』
『草』
『中崎西の三年二組に容疑者いる説濃厚じゃんな』
『KenKen、気をつけて!』
物騒なことを言いながらも楽しんでいるみんな。
誰も本気で俺のクラスに犯人がいるなんて思ってないだろうけど、その場のノリであれこれ言いまくっている。
『んなわけあるかー』
そう返事をしておいたが、勝手に盛り上がって、勝手な憶測を始め、犯人探しゲームでも楽しんでいるようだ。
もう、死んでしまった秋山まりのことを気の毒だとか口にするやつは一人もいなかった。




