餞別、そして旅立ち
「バルトロ様、話があります」
「どんな話でも聞くぞ」
彼は鼻歌を歌って絶好調だ。今を逃せばタイミングがなくなる。
「俺は進化論の論文が書きたい。この世界に広めるために」
「そのような考えは後回しだ」
「ですが、進化論が認められれば、俺は隠すことなくスキルを使える。そうなれば、王国中が豊かになるはず。資料と資金集めのために、商業都市マルーンへ行きます」
「それはならん! 村を豊かにするのが優先だ」
この領主をなんとか説き伏せる必要がある。
「俺のスキルは、未知のサンプルに触れることで進化します。この村の限られた作物や木材では、解析の限界がすぐにきます。マルーンのような大都市へ行けば、広大な市場で最新の素材を多く手に入れられます」
「だが、行商人があれば、村にいても、よその素材が手に入る!」
「もし、天才がこの技術を発見したらどうしますか? 先に主張した方に分がある。違いますか?」
バルトロは言葉に詰まっている。ここで一気に畳み掛けるしかない。
「バルトロ様、あなたは短期的な考え方しかできていない。俺を村にとどめるのは、池の中で小さな魚を釣るのに等しい。ですが、知見が増えれば、国中の富をこの村にもたらすことができます」
彼の頭の中では、そろばんが弾かれているに違いない。いや、電卓かもしれない。その計算が終わったのか、深いため息をつく。
「どうやら、君の主張は正しいらしい。分かった、マルーンへ行くことを許可する。あそこの商業ギルドへの紹介状を書く。旅立ちは早いほうがいい。支度が済んだら、すぐに出発したまえ」
他人に先を越されたくないという意図が見え隠れする。
「承知しました。では、後日、受け取りに来ます」
数日後。俺とサナは招待状を携えて森の泉に来ていた。ここは、俺たちの憩いの場だ。しばらく、来ることはできない。別れを告げていた時、思わぬ乱入者が現れた。それは司祭ウルリヒだった。木の影からタイミングを見計らっていたらしい。
「こんなところに、司祭がなんの用事だ?」
「そう身構えるな。教会に来ないことを咎めに来たわけではない。これを渡しにきた」
彼の手には、蝋封がされた封筒があった。見れば分かる。この村で最上級の封筒だ。
「マルーンへ行くのだろう? 途中の村に寄るといい。そこには、シズクという名医がいる。その左目を治してもらうといい」
「なぜ、そこまでする?」
「サナは自分を助けた時に負傷した左目が治ることを祈っていた。ならば、司祭として手助けをするのは当然だ」
俺も改めるべきかもしれない。ウルリヒへの態度を。
「ありがたくもらう」
「治ったなら、神へ感謝するんだな」
「考えておこう」
俺は素早く「エヴォ・ロジック」を使う。錆びれかけたウルリヒの指輪に。
「その指輪、ジャノマ産のオイルにつければ、錆が落ちる。保証する」
「分かった、試させてもらおう」
俺たちはマルーンへ歩を進める。進化論を認めてもらうために。




