サナの名案
「さて、どんな家具を作るかな?」
森で伐採した木材を前に思考を巡らせる。ゴールが決まっていなければ、スキルを使っても無駄に終わる。
「大きいほうが目立つから、タンスなんてどうかしら」
なるほど、サナの意見も一理ある。その存在感でウルリヒを圧倒できるかもしれない。だが、単に大きいだけなら、今の木材でもできる。
「今の村にない家具か……」
部屋の中を見回すが、前世にあったものは、一通り揃っている。タンスや食器棚。それにベッド。さすがに洗濯機などの家電製品はないが、木で作ることはできない。ダンスに何か付加価値をつけられたらいいんだが。部屋を歩き回っていると、机の脚に派手にぶつかる。
「痛い!」
足の指が嫌な音を立てる。家の中では、包丁の次に危険かもしれない。さすがに言い過ぎか。だが、丸みを帯びていれば、ぶつかるリスクは多少減る。
「ねえ、カイル。机の脚、ヤスリで削る? 領主様の家みたいに」
「それも考えたんだが、削る暇があれば、論文を書きたい。村の木は堅すぎるのが難点だな」
「カイルらしい考えね。じゃあ、こんなのはどうかしら。ここの木は堅すぎるから曲げられない。なら、曲げられるようにすれば……」
「それだ! サナ、名案だ!」
興奮のあまり、サナに抱きつく。
「苦しい、カイル」
「ごめん」
「でも、役に立てて良かったわ」
変わった家具が出来なければ、森は開拓される。これは、サナのためでもある。
木材に向き直り「エヴォ・ロジック」と唱える。系統樹が浮かび上がり、無数の可能性を示す。これを柔らかくするには、かなりの時間が必要なはず。枝の長いものにサッと目を通す。
「これだ! イズナ草を巻けばいい」
「できそうなのね?」
「ああ。だが、大量の木材を柔らかくするには、草の量が足りない。バルトロとの約束に間に合わない」
「じゃあ、タンスの一部をアーチで飾るのがよさそうね。夜食を作るわ」
サナがキッチンへ向かうのを見ながら「左目も使えればな」と思わずにはいられなかった。左目の視力があれば、間違いなくスキルの効率が上がる。俺の目は、サナを助けた時に失われた。だが、後悔はない。サナを救うことができたのだから。
数日後、俺は領主の屋敷に呼び出された。今日の屋敷は女王が住んでいる宮殿のように見える。少し前とは大きな違いだ。気分だけで、ここまで変わるのか。
応接室に通されると、不服そうな顔をした司祭ウルリヒの姿があった。今日は祈りの日。まだ時間があるとはいえ、早く帰りたいに違いない。
「さて、集まってもらったのは他でもない。村の未来について語り合うためだ」とバルトロ。
「ええ、この異端者を追放すべきですから」
司祭は勘違いをしているらしい。それが本題ではない。
「今後、村民が増える見込みだ。よって、どのように住居を増やすか考える必要がある」
「お言葉ですが。村民が増える根拠はあるのですか?」
ウルリヒは冷笑を隠そうともしない。
「あれを見たまえ」
バルトロがタンスに視線を向ける。
「タンスがどうかしましたか? まさか、これを特産品にできると?」
「このタンスには、アーチ状の装飾が施されている。カイルによって」
「そんなバカな! この村の木材では不可能だ」
ウルリヒはタンスに近寄ると、体が硬直した。
見れば分かることだが、アーチを作っている木は、この周辺にしか生えていない。俺のスキルがなければ、実現できない代物だ。司祭の反応に満足したらしく、領主バルトロは満面の笑みを浮かべている。
「ウルリヒ、これで分かっただろう? 俺の正しさが」
スイカの一件では俺を異端者扱いした。あの時は実物がなかった。だが、今回は違う。百聞は一見にしかず。今ほど、この言葉が相応しい時はないだろう。
司祭は口をパクパクすることしかできず、まるで空気を求める金魚のようだ。
「この世界のものは、日々変わっていくんだ。あなたも考えを改めるべきだ」
「神がすべてのはず。だが、この現象を説明することはできない……」
ウルリヒの頭の中では、神への絶対性が揺らいでいるに違いない。
「なにも、すぐに信じろとは言わない。しかし、世界は広い。俺には俺の神がある」
ウルリヒは無言を貫く。
「さて、話は終わりだ。各自、村民が増えた時の対策を考えてくれ。以上!」
バルトロの一言でお開きとなった。だが、俺は席を立たなかった。今なすべきことは、まだあるのだから。




