意外な申し出
領主バルトロの屋敷に着くと、まるで魔王の住む城のような圧を感じた。おそらく、彼も俺たちを糾弾する。もしかすると、退去だけではすまないかもしれない。最悪の場合、王都の牢獄行きだ。
「君たちを呼び出したのは、最近の行動についてだ」
机上にある装飾品のろうそくの火は、風によって今にも消えそうだ。まるで、俺たちの運命を示すかのように。
「君らが納めた作物は素晴らしいものばかりだ。この前のトマトもそうだった。さて、ルイーゼから、最近、他の土地の肥料を買っていると聞いた。そして、購入時期と作物の質の向上のタイミングが偶然にも一致している。なんとも不思議だ。こんな偶然があるとは思えない。どのようなカラクリがあるのか、ぜひとも知りたい」
その口調は穏やかだったが、有無を言わせない圧がある。
俺は気づいた。司祭は神への冒涜だと言っていたが、金に目がない。その考えの違いを利用しない手はない。
「バルトロ様。あなたには正直に打ち明けます。この世界には進化論というものが存在します」
「進化論……? なんだ、それは」
バルトロは、始めた聞く単語に戸惑っている。進化論を詳しく説明するよりも、それが生み出す利益を強調すべきだろう。
「簡単に言えば、利益効率を上げるものです。信じてもらえないかもしれませんが、俺にはそれができる一種のスキルがあります」
「利益が増す!? 本当か、それは!」
食いついた。進化論そのものから話題を変えれば、説得できるに違いない。
「ええ、本当です。それがあるからこそ、いろいろな肥料を使っている。そういうことです」
「なるほど、それなら説明がつく。だが、神の加護のたまものかもしれん」
さすが領主。一筋縄ではいかない。何か作物以外で「エヴォ・ロジック」の有用性を示さなくては。サナを見ると、その視線は窓を通して森へと向けられている。バルトロは、森を人質にしている。サナの憩いの場である森を。森……? その時、一つの場面が浮かんだ。キツツキもどきが、必死に木に穴を開けようとしていたシーンを。
「たとえば、これならどうでしょうか。俺がスキルを使って特別な木製家具を作ります。司祭が見れば、腰を抜かすようなものを」
「司祭が腰を抜かす!? それは、本当か?」
「ええ、この村では見られないものです」
「それができるのなら……」
その続きは聞き取れなかったが、「司祭を黙らせるチャンスだ」という類に違いない。村では領主の立場は形骸化していて、司祭の権力のほうが強い。
「では、その家具の作成を命じる。それができあがれば、我が村は森を開墾する必要もなくなる」
開墾の目的は、王都への納税額を増やすためだったから、当然ではある。隣のサナは「ありがたき幸せ」と感謝を述べる。これで、森は守られる。
「うまくいったなら、資金援助も約束しよう。君のスキルとやらの効率を上げるには、金も必要なはずだ」
「各地から肥料などを取り寄せる必要がありますから」
「よし、早速、仕事に取りかかれ」
「もちろんです」
この村の木材で特別な家具を作れば、司祭も進化論を信じるかもしれない。一石二鳥だ。装飾品のろうそくの勢いは増していた。まるで、俺たちを勇気づけるかのように。




