立ちはだかる壁
明日までに最高の肥料を用意する必要がある。ゲオルグが育てているのはピーマンだ。
「サナ、ピーマンを頼む」
「はい、これ!」
サナも事態の深刻さを分かっているのか、テキパキと動いている。
「『エヴォ・ロジック』」
ピーマンを中心に系統樹が浮かび上がる。トマトやスイカより、枝の本数が多い。どこの枝を選べば、効率的に育てられる? サッと目を通すが、「種なしピーマン」「色が違うピーマン」の枝しか見当たらない。おかしい、なぜ、目的のものが見つからない? スキルはきちんと働いているはず。
「カイル、焦っちゃダメ。焦れば焦るほど、泥沼にハマるわ」
「そうだな、深呼吸だ、深呼吸」
自分に言い聞かせるが、やはり納得がいかない。まさか、ピーマンを育てるのに効率化できる進化先はないのか? 違う! 系統樹の枝の中でも、短いものにこそ答えがあるんだ! 長い枝は、長期的に、かつ、進化が激しくなる進化先だ。効率化だけならば、もっと短いはず。考えを変えて改めて系統樹に目をやる。あった! 一つの枝が「エスリアの肥料が最適」と示している。どうやら、あそこの肥料に含まれる特別なミネラルが、ピーマンを刺激して効率化するらしい。
「サナ、納屋にエステリアの肥料はあるか?」
「エスリア? ないわ……」
サナの顔が絶望に染まる。こうなれば、行商人のルイーゼから買うしかない。もし、彼が持っていなければ……俺たちのスローライフは終わる。
「エスリアの肥料? ああ、もちろんあるさ。うちをただの行商人だと思ってるのか?」
夜中にも関わらず、ルイーゼは肥料を売ってくれた。ランタンであたりを照らしながら。それは、ゲオルグからからの要求という暗闇にさす、一筋の光のようだった。
「しかし、最近、いろいろな村の肥料を買っているが、なぜだい? どこの肥料でも変わらないだろうに」
「それは……」
言葉に詰まる。ゲオルグほどではないが、この行商人も神を信じている。
「私のわがままなんです。どの村の森がより加護が強いか気になって」とサナ。
「ああ、エルフは自然を大切にするからな。だが、どこの肥料も一緒さ。さあ、これがエスリアのだ。こんな夜中の訪問だ、深夜料金をもらおうか」
翌日、ゲオルグとの約束の場所へ向かった。彼の家ではなく、教会の裏にある小川という指定場所へ。時間前に着いたが、そこにはゲオルグの姿があった。
「それで、約束のものは持ってきたのか?」
「もちろん。これがピーマンの成長を早める肥料だ」
彼は疑心暗鬼だったが、しばらくすると「確かに受け取った」と言う。
「しかし、不思議なことがあるものだ。種のないスイカを見た。だから信じるが、他の村人には知られないほうがいい。神への冒涜になる」
「もちろん。これは、俺たちだけの秘密だ」
彼はそそくさと肥料を片づけると、「司祭様、ここに冒涜者がいますよ」と叫ぶ。
すると、細身に教会の装束をまとった司祭ウルリヒが現れる。同時に、十二時を告げる鐘の音が鳴る。
「さて、ゲオルグの話によれば神を超えたということだが、それはありえない。神は絶対でからな」
「しかし、その論理でいけば、ゲオルグも神を否定したことになるのでは?」
「それは違う。彼はお前たちを罠に嵌めるために、芝居をしたのだ。冒涜者の話を信じるとでも思っていたのか?」
ちらりとゲオルグを見ると、「してやったり」という悪魔のような表情だ。彼はスイカの一件で真実を知っている。だから、肥料を受け取りつつも、密告することで司祭からの評価も上がる。まさか、裏切られるとは。スキルも人の心までは読み取れない。これが現実というやつか。
「さて、神を信じない者が、この村にいてはならない。ゆえに――」
退去命令がくだる瞬間、領主の召使いがやって来た。息を整えると「バルトロ様がお呼びです」と告げる。
くそ、領主まで敵に回るのか! 司祭は不服そうだったが、領主の用件には口出しできない。「話の続きは後でしよう」とだけ言うと教会へと去っていく。
領主の呼び出し。二人の敵を相手に俺は立ち回るのか。サナがぎゅっと手のひらを握る。彼女の温もりが伝わってくる。大丈夫、俺にはサナという味方がいる。何としてでも切り抜ける。俺のためにも、そして、サナのためにも。




