エルフ妻の聖地を守れ
領主バルトロからの呼び出し。内容がまったく予想できない。まあ、何があろうとサナとの穏やかな日常が守られるなら、協力は惜しまないが。
「おや、信奉心の足りないカイルじゃないか」
嫌な予感はしていた。当たってほしくはなかったが、司祭ウルリヒと出くわした。それも、領主の屋敷前で。最悪だ。
「神を信じていないわけではない。用事があって行けなかっただけだ」
大嘘だ。神がいるとしても、進化論が間違っているとは思わない。「エヴォ・ロジック」が、進化論の存在を証明している。彼らが創造神を信じるように、俺は進化論を信じるだけ。信じる対象が違うだけだ。
「まあ、お前の言い分を信じよう。だが、毎週欠席なのはいただけないな。たまには、顔を出したまえ。教会は祈りの場であると同時に、コミュニティの場でもある。神の恩恵は、共同体の秩序と調和の上に成り立つ。お前の『我が道を行く』姿勢は、その調和を乱すのだ。それに、お前の行いのせいで、サナが白い目で見られる可能性もある。今後の行動に気をつけるんだな」
言いたいだけ言うと、司祭はドスンドスンと音を立てながら立ち去っていく。その後ろ姿からは「領主にギャフンと言わせた」という満足感が漂っていた。この村では、領主という立場は形骸的で、司祭の方が幅をきかせている。バルトロが何かやらかしたに違いない。その「やらかし」に巻き込まれなければいいが。
「早速、本題に入ろう。君を呼んだのは、君たちの作物についてだ」
「何か問題でも……?」
「いいや。身構えなくていい。むしろ、褒めたいのだよ。この前納めてもらったトマトは、非常に出来が良かった。すぐに傷まないし、味も申し分ない。あの適度な甘さ。あれは、トマト専門の農家が何年かけても出せる味ではない」
領主の目は、光輝いている。そして、その奥からは、金への欲望が見え隠れする。恰幅のいい体を前のめりにする。椅子がギィと悲鳴を上げた。
「我が村だけで独占するべきじゃない。あの味は、王国中のどの作物よりもうまいはずだ。王都へ持って行けば、間違いなく金になる」
「確かにそうかもしれませんが、俺は金稼ぎのために、せかせかと働くつもりはありません」
「なるほど、分からなくもない。では、一つ聞こう。なぜ、あの味が出せる? 他の村民と同じ条件で育てているはずだ」
向こうはスキルのことは知らないし、教える義理もない。「愛情を注いでますから」と、かわす。
バルトロは、ふいに窓から森を見る。そこには、緑豊かな自然が広がっている。
「ふむ、そうだとしよう。さて、我が村は大変困った状況にある。来年、国に納める税が多くなるからだ。あそこにある森を切り拓けば、土地が増えて、農作物を多く育てられる。しかし、それでは君の妻であるサナの憩いの場がなくなる」
「つまり、森を残すから、もっと作物を作れと?」
「人聞きが悪い。別に人質にしているわけではない」
領主は思い切り自爆する。せっかく、言葉を選んでやったのに、無駄になった。
森の行く末がかかっている以上、従うしかない。悔しいが、それが現実だ。スローライフが崩れるかもしれない。そうだとしても、森だけは守ってみせる。サナのために。
だが、悪いことだけでもない。通常、収穫量を増やすには土地を増やし、肥料を増やすしかない。だが、「エヴォ・ロジック」を使えば、この作物の進化速度そのものを上げて、一年に複数回収穫できる種に変異させられるかもしれない。この世界の農業にどこまでの革新をもたらせるのか? その進化系統の限界点を見てみるのも悪くはない。




