医療班トップの正体
過去のカテリアの分析が終わった俺は、スビアの案内で、医療班が陣取る東街区へと向かった。カテリアを扱う東へ向かうほど、人通りは少なく、閑散としている。
「カイル、医療班は私たちの考えを受け入れてくれるかしら。マルーンにも教会はあるわ。その力が巨大であればあるほど、医療班はあなたの意見を受け入れないはずよ」
「確かに、それはあり得る。だが、過去のカテリアを分析できたからには、当時の状況を、まるで見てきたかのように説明すればいいはずだ」
そう、「エヴォ・ロジック」は一種の未来視。進化論にも使えるが、応用すれば神の使いのように振る舞うことも出来る。今回は、それでいこう。
「ここが医療班のいるテントのはずなんだが……」
そこは、人っ子一人おらず、まるで人類が滅亡したかのような印象を受ける。その時、もぞもぞとテーブルの下で何かが動く。
「ぷはー、苦しかった」
「おい、お前何している。ここは子供がいる場所じゃない」
現れたのは明らかに十代の少女だ。まるで、隠れん坊をしているかのような振る舞いだ。
「それは、こっちのセリフだし。ここは、関係者以外、立ち入り禁止!」
「お前が、それを言うか……。まあ、いい。医療班のトップはどこだ。すぐに会いたい」
「ロアー様ですか? 今、西地区で訪問治療中だよ。って、部外者に言ったら、怒られる!」
どうも、行き違いになったらしい。マルーンは広い。正反対にいるのであれば、西へ向かうだけで半日はかかる。出向くよりは、ここで待つのがいいだろう。それよりも、問題は目の前の少女だ。
「ねえ、お兄さん。ロアー様に、何の用事? 殴られに来た?」
「はあ? 殴られる?」
医療従事者が殴るなど、ありえない。やはり、この少女を黙らせるのが先決だ。ここは、「エヴォ・ロジック」を使って、さも魔法使いのように騙すのが一番だろう。
俺は、目の前に置かれたメスに「エヴォ・ロジック」を使う。系統樹がサッと広がり、その成分の詳細が浮かび上がる。主な成分は、この世界特有のイルマだ。前世でいうダイヤモンドに近い。これは、難題だ。医療器具にダイヤモンドを使う理由はただ一つ。歯切れを保ち、どのような臓器も切り裂くため。すると、これ以上、進化させようがない。いや、切れ味がすべてではない。
「このメスには、まだ改良の余地がある」
「え、最新の器具だよ?」
「こいつは、柄は別の金属製だ。つまり、柄自体が刃先のイルマに耐えられなければ、ポキリと折れる。本当なら、すべてイルマ製にすべきだが、予算が足りないんだろう。違うか?」
少女は口をあんぐりと開けて、塞がりそうにない。どうやら、当たっていたらしい。予算が医療につぎ込まれていないのは、おそらく過去のカテリア・ショックで医療の重要性が過小評価されたのだろう。歴史は繰り返す。
「お兄さん、すごい! どんなタネがあるの?」
「タネ? そんなの簡単だ」
俺は、かいつまんでスキルを説明する。すると、少女の態度がコロッと変わった。無知ゆえか、頭が柔軟なのか。
「私はアズ! ここで助手をしてるんだ。もしかして、お兄さんが欲しいのはこれ?」
アズが持っていたのは、さっきまで生きていたであろう動物の死骸だった。それさえあれば、今のカテリアの進化先が分かる! 好奇心を満たし、スローライフを取り戻すのに必要な代物だ。
「これ、あげるけど秘密だよ? じゃないと、ジルに怒られちゃう」
「もちろんだ。さて――」
その先を続けることはできなかった。外が騒がしい。間違いなく、医療団が帰ってきた。つまり、ここでのやり取りが露見する。
「アズ、戻ったぞ。いい子にしてたか? って、誰だ、お前」
そこにいたのは、筋骨隆々のドワーフだった。こいつは警護係か。なら、まだ切り抜けようがある。
「ロアーに会いに来た。取次ぎを頼みたい」
「ロアー? それは、俺だが……」
……。ドワーフが医療班トップ!? マルーン、どうなっているんだ。しかし、これでアズのセリフの意味が分かった。「殴られに来た?」という意味が。俺は、このドワーフ相手に対等に渡り合えるのか。不安しかないが、やって見せようじゃないか!




