病原体?「エヴォ・ロジック」の前では無力です
「まずは、過去のカテリア・ショックについて知らなくては、対策の立てようがないな」
俺の「エヴォ・ロジック」は、進化先を見るというもの。つまり、過去から遡ることで、現在の性質を知り、さらに未来を予測できる。空中に浮かぶ病原体そのものには、スキルは使えない。移動するため安定した分析はできない。だが、文書は別だ。
「マルーンの図書館は、どこにありますか?」
「ここから南に行ったところに。しかし、過去が知りたいのであれば、資料館に行く方がいいでしょう。北に小さな丘があって、クルドスという老人が経営する資料館があります。カテリアについての。彼から、直接聞くのもいいでしょう」
「老人? 過去のカテリア・ショックで、生き残りは少ないはず。生きた証人に会えるのは貴重だ」
本当ならば、早いうちにマルーンの医療班に会いたい。しかし、俺たちよそ者を歓迎するとは思えない。何か、一種の手土産がなくては。その時、ふと疑問が頭をもたげる。
「なぜ、あなたは俺たちに親切なんだ? 領主の紹介状があるとはいえ、この緊急事態だ、よそ者に構う必要はない」
「簡単なことです。同胞、そして、そのパートナーを助けるのはエルフとして当然のこと。あなたたちに森と自然の加護がありますように」
スビアの案内通りに北上すると、奇妙な建物が見えてきた。まるで、パズルのような、つぎはぎの目立つ建物。色もカラフルで、赤、青にとどまらずピンクの部分さえある。
「ねえ、カイル。今回の流行り病、止められそう?」
「安心しろ、止めてみせる。いや、止めなくてはいけない。サナのためにも、スローライフを取り戻すためにも」
そう、俺の真の目的は進化論の論文を書き上げること。しかし、教会側が認めないのであれば、容赦はしない。カテリアを進化論と「エヴォ・ロジック」を使って、解析、そして、根絶する。その実績を引っ提げて教皇と対峙する。この病は、マルーンを救うとともに、俺の知的好奇心をくすぐる。
クルドスという老人が経営する資料館に着くと、扉には「訪問者大歓迎」と書かれたプレートが吊り下げられている。資料館なのだから、当たり前ではある。しかし、そのプレートや建物には、罵詈雑言が書かれている。カテリア・ショックという、商業都市マルーンにとっての汚点を展示しているとはいえ、この仕打ちは酷いと言わざるをえない。
俺は、遠慮なく扉を開ける。少しだけ埃っぽいが、開館中なのは間違いない。展示室には、文字でびっしりの展示板が所狭しと並べられている。まるで、文字の海だ。その枚数、ざっと二十枚。これをすべて読んでいては、日が暮れるどころか、丸三日はかかる。その間に、俺やサナがカテリアに侵されるかもしれない。
「おや、訪問者とは珍しい。カテリアに興味があるのか?」
おそらく、目の前にいる老人がクルドスに違いない。パッと見、七十代。マルーンでこれほどの高齢者を見たことはない。クルドス老人は、目を輝かせている。住民たちが邪険に扱う中、久しぶりの訪問者なのだろう。
「そこの若者、そして、エルフよ。ワシがカテリア・ショックについて語ろうか?」
「いえ、結構です」
この老人から話を聞いていては、丸一週間はかかる。どうにかして、この資料館でカテリアを食い止めるヒントを見つけなくては。その時、目の端に狼の剥製が目の端に入った。剥製。カテリアに感染して死んだに違いない。そうであれば、あれの中にカテリアの残物があるはず。
「ちょっと失礼」
老人の話を遮ると、剥製の前に立つ。
「エヴォ・ロジック」
狼の情報が系統樹として表示される。だが、目的のものではない。俺が欲しいのは、カテリアの情報だ。左目が開眼した今、「エヴォ・ロジック」のレベル、精度は上がっている。さらに目を見開き、顕微鏡のようにする。狼の毛、そして皮膚。見えた、カテリアの残物!
「おい、何をしている!」
クルドス老人は、無視されたことが気に食わないのか、狼の剥製との間に割って入る。だが、表示された過去のカテリアの系統樹の残像がある。そこから、病原体が最適化する未来を、つまり、現代の形を逆算すればいい。
「この分析結果をもとに、医療班に乗り込むか」
進化論で、流行り病を止めてやろうじゃないか。




