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【愚者の畦道】カツミ

 その少女はカツミという。


 イノシシが自宅の庭を優雅に徘徊(はいかい)するド田舎に住んでいる。

 通う小学校には一クラス18人しかいない。故に6年間をほぼその人数で過ごす。


 容姿はどこにでもいる普通の子供。

のはずだが、二年生の時の担任に

「私あなたが嫌いなのよね。特に顔が」

 薄い唇に真っ赤な口紅を塗りたくった女性教師は、口角を少し上げながら、クラス中が在席している最中にプリントを配りながら下卑た笑みを見せた。


 その発言を皮切りに、教師公認の陰湿なイジメが始まった。


 

 薄口か濃口か、と問われたら、比較的濃口に近い半端な顔の造形だと、自分では思っていた。母は濃い、父は濃厚。であるが、生まれた娘はやや薄口目な濃口、弟は薄口。兄弟だと言っても信じる者はいなかった。 

 何よりもどこが濃厚なのかと問われれば、体つきがもう小学生のそれでは無かった。

 体格だけは大人びたものを持って生まれてしまったが故に、小学校低学年時代の、担任の一言から始まったイジメは4年生になる頃には、顔から体へターゲットが移り、自力では治せないにもかかわらず、学校では男子生徒からセクハラ、女子生徒からのイジメが毎日続く‥‥そんな日を鬱屈(うっくつ)を抱え涙を飲み込みながら過ごしていた。


 カツミが中学に上がると、入学して間がない5月のある日、隣のクラスの女子生徒が

「ねぇねぇ、あんたって登根埼(とねざき)カツミ?」

 と問うてきた。

「‥‥そうだけど‥‥あんた誰?」

「あたしは3組の明石(あかし)。っていうかさ、北条(ほうじょう)があんたのことが好きなんだって!それも小学校の時から!どうどう?カツミはどう思う?」

 突飛な話にカツミは胡乱(うろん)げな目線を返しながら、真顔で

「北条って誰?知らんけど、そんな奴‥‥ってかさ、馴れ馴れしいの嫌いだから、腕掴むとか‥‥遠慮してくれる?」

 と答えた。

 カツミはそのままトイレに向かう。少ない休憩時間を見知ったこともないような(やから)に潰されるのは、本望ではない。

「あ~~~北条、速攻でフラれたじゃん」

 廊下で叫ぶ声にカツミは少々苛立った。知らない人間の恋心を噂好きの知らない女子から告白を受ける。それも、そもそもが

「順序が違うやろが順序が‥‥」

 と鳩尾(みぞおち)に苦いものがこみ上げる不快感をグッと堪えて、教室へ戻った。


 クラス中がワイノワイノと騒ぎ立てる中、カツミは意に介さず席に着いた。

 どんな状況だろうと、自分の立ち位置だけは保守したい意志を強く持っていた。小学校時代のイジメも、世間知らずな田舎者が、遊び半分でフラストレーションをぶつけて来たに過ぎない。中学に入学すれば、きっとターゲットから外れる‥‥そう願って、自分を誇示しながら気張っていた。

 目論見(もくろみ)は半分ほど合っていたようで、小学校時代のクラスメートたちとの交流は一切経ち消えた。


 だが世の中はそんなに甘くない。


 木の(うろ)を見ても盛れる、制御を知らない世代のオスから見れば、他の女生徒とは違う垂涎者(すいえんもの)が入学してきたのだ。飛びつかない訳はなかった。


 カツミは自分の人生を狂わせる出来事の予兆すら、この時はまだ感じていなかった。




この話は実話をもとに脚色した内容になっています。

登場人物の名前や人数、詳細などは架空のものであり、事実ではありません。

またこの話を基に個人団体を問わず、複写・転写・酷似したストーリーなどの発表・掲載及び出版を禁止します。著作権・肖像権・版権などの権利は志岐にあります。

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