【杉山庇紫】
その頃、人界では慌ただしくなっていた。
会議の内容が各支部に伝えられ、東西で手が空いている者は本部に招集されていた。
覇導・杉山庇紫は、会議が終わるとすぐにサウススノースへ向かっていた。
移動手段はヘリコプター。目的地は南大陸――五大陸のうち二番目に栄え、建物は大きく、出店が多く、食文化では最も豊かな場所だった。
意外にも、魔族の浮遊船はこの南大陸の近くを漂っていた。
ヘリで向かう途中、無線が入る。
「杉山様。緊急事態が発生しました。お急ぎ戻ってこれますでしょうか?」
杉山は眉をひそめる。
今危ないのは南大陸で、魔人が来たことではないのか?
降り立てば戦争が起き、大勢の人が死ぬ。
何が起こっている――?
「なにがあった?」
返答は早かった。
「望月様が消えました。」
沈黙。
消えた?星夜が?また施設で隠れているだけではないのか?
露詰が保護しているはずだ――
無線が続く。
「魔族が望月様を攫ったとのことです。どこの魔族か、なぜ施設の場所が分かったのかは不明ですが、サーチでゲート反応がありました。ゲートはすぐ閉じました。開いた場所は施設です。そして先ほど本部長から望月様が消えたと情報が入りました。時間も一致しており、まず間違いないかと思われます。」
杉山は頭を抱えた。
どうしていいかわからなかったが、ひとつだけ方法がある。
南大陸にゲートが開いたままなら、そこから魔界に入れる。
だが魔人が上空で待機している。
「八田、聞こえるか?今の話全部聞いていたか?まだ南大陸ではゲートは開いたままか?」
南支部から返答が入る。
「はい、聞いておりました。ゲートは今でも開いております。どうしますか?私と私の部隊では魔人を相手することは厳しいと思いますが、戻られるつもりですか?」
その時、別の無線が割り込んできた。
「ほぅほぅ。困っているそうだな。だが時間はもう来た。返事だけでも聞こうか?覇導よ。」
魔人ジェイデル・ビー・マロンだった。
「魔人ごときがあまり調子に乗るなよ。【賢者の石】なんぞ、初めて聞いたわ。そんなものうちにはない。絆の界核――星夜を返せ。」
杉山の声は怒りで震えていた。
「そう怒るな、覇導よ。私もおぬしが出てくるとは思わなんだ。しかも【賢者の石】の存在も知らんとはの。困ったのぉ。戦争しかないが……あと絆の界核のことだが、言うまでもないが私ではない。星夜というのか、良い名前だ。それとその件は“上”の仕業だな。君とはまだ争いたくないのでな。」
ジェイデルは続ける。
「帰ろうと思うが、時間が余ってしまった。少しだけ話そうか。私も【賢者の石】があるとは思わなかったが、部下がどこからか情報を得て、手に入れたかった。だが私も騙されたようだ。本命は絆の界核の星夜君だったわけだ。だが手ぶらで帰ると部下にも馬鹿にされるのでな。そこでお前たちにプレゼントをやろう。」
南大陸上空が紫の光で覆われた。
浮遊船の船底から巨大な柱が4本出現し、その中心に雷のような魔力が走る巨大な玉が形成されていた。
空気が裂け、風が唸り、魔力の圧が地上に降りてくる。
八田は上空を見て叫ぶ。
「近くにいる人だけでも急いで非難させろおー!いそげー!存在がバレても構わん!命を優先させろ!」
部隊が動き出す。
「覇導よ。また会おう。」
ジェイデルの無線は途切れた。
杉山はヘリからその魔力の玉を見ていた。
風は強く、魔力は刃のように空を裂いていた。
ヘリでは近づけない。だが諦めなかった。
パラシュートを準備し、すぐさま飛び降りる。
「……阿修羅」
そう呟くと、背中から6本の透明な腕が生えた。
黄色く光り、人力を纏っていた。
6本の腕はそれぞれ異なる動きをしながら、最後に融合し、巨大な一本の腕となった。
うおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!
風が刃となり、魔力が皮膚を裂く。
だが杉山は柱に向けて、巨大な腕を振りかぶった。
衝撃波が生まれ、柱は粉々に砕けた。
魔力の玉が暴発し、船底に大きなダメージを与えた。
だが浮遊船は巨大で、傷がついても落ちることはなかった。
「おいおい。嘘だろ。あのじじぃ……」
隣にいた細身の魔族がすぐ通達する。
「魔界に帰る。ゲートを閉じろ。」
「畏まりました。」
浮遊船は黒い煙を出しながらゲートの中へ消えていき、ゲートは閉じた。
その時、ジェイデルは王座に戻りながら呼びかける。
「サタン、いるか。」
「はい。ここに。」
ジェイデルの部下、魔王サタンが跪いていた。
「てめぇこれどうすんだよ。石もねー。城の底は壊れるわ。責任取るんだよな?」
魔力の圧でサタンの身体はビリビリと震え、皮膚がヒリついていた。
「申し訳ございません。私の情報不足でした……」
口から血を流しながら、サタンは答える。
「後片付けしとけよ。」
ジェイデルは王座を離れる。
その時、サタンの顔は――笑っていた。
血を吐きながらも、口元だけはニヤニヤしていた。
まるで、すべてが計画通りだと言わんばかりに。




