魔界
サウススノースの空に、魔族の船が静かに浮かんでいた。
ジェイデル・ビー・マロンの宣告から5時間の猶予が始まり、スカイ・タートルでは緊急会議が終わった。
覇導・杉山庇紫は出陣の準備を進め、露詰舞葉は咲の保護を引き受けることになった。
その頃――19:00頃。
望月星夜と愛宮咲は、図書室にいた。
「ねぇ、またべんきょ〜?」
咲は望月の背中にずっとおんぶしていた。
望月は何もないかのように本を読んでいた。
「きょ〜ね、おねえちゃんとちから?のつかいかたとぉ〜むかしのはなししたの!」
咲が乗り出して今日の修行を話し出すと、望月は本を読む手を止め、咲に顔を向けた。
「咲。僕は君を絶対に守るから。だからその日のことは忘れろ。」
真剣な顔で、低いトーンで訴えかける。
だが咲は首を振り、涙目で言った。
「いやだよぉ。わすれちゃうと、なんかぜんぶなくなるきがするの。」
望月は咲の頭を撫でながら、静かに言った。
「大丈夫。僕は咲から離れないし、そのために勉強してるから。強くなってみせるよ。」
その時、静かに扉が開いた。
比嘉雅夫が望月の前に現れる。
「星夜、ここで何してる?もう夜も遅い。明日も修行じゃないのか?」
望月は睨みつける。
「修行?明日からここには誰もいなくなるんじゃねーのか。」
咲はポカーンとしていた。
比嘉が望月の顔を見て、目を細める。
「また見たのか。これは極秘会議だ。いつも覗くなと言っておるだろうが。」
望月の左目には、六芒星のマークが浮かび上がっていた。
これが望月の能力――【六芒星ヘキサグラム】。
失われた鍵のひとつとされている。
かつて存在した五つの鍵の能力――
- 【六芒星ヘキサグラム】
- 【創造ホログラム】
- 【戦鬼オニ】
- 【虚無ゼロ】
- 【竜人リュウ】
これらは、今では見かけることのない“神話の残骸”だった。
だが望月は、その力を継承していた。
「咲が来る前に、知らん奴が呼びに来たから怪しいと思って見てたんだよ。で、【賢者の石】だけどよ。」
望月は本を指差しながら、ゆっくりと比嘉に説明する。
「この本に書いてるのが本当で、人族側がこれしてるってことなら、これは魔族よりたち悪いぞ。」
比嘉が静かに言う。
「全部読んだのか。ならわかるな。【賢者の石】はうちにはない。これから何が起こるかはわからん。この件が終わるまで露詰と一緒にいて――」
望月がかぶせるように言う。
「あの会議では【賢者の石】がなにか皆わかってなかったのに、お前は知ってたんだな。」
2秒ほど、音が消えた。
空気が凍りつくような静寂の中、比嘉が話し出す。
「星夜。君は頭がいいし、勘もいい。が、それ以上探ろうとするな。……私は本部長だ。今この状況で、わからないことはない。いつまでも私を疑おうとするな。」
望月は小さな声で呟いた。
「……うらぎりものがぁ。」
6歳の子にしては、あまりにしっかりしすぎていた。
咲は空気のピリつきだけを感じていたが、2人の会話の意味はまだわかっていなかった。
話が終わった後、3人は図書室を出て露詰の部屋へ向かう。
咲は比嘉と手を繋ぎ、望月は左脇にさっきの本を抱えて後ろを歩いていた。
廊下は静かだった。
誰もいない。音もない。
ただ、空気だけが冷たく震えていた。
目的の部屋に着き、ドアをノックする。
……コンコンコン……
露詰が出てきて、咲を抱っこする。
「よく来たね!今日から2人は私と生活するからね!」
「おねえちゃんとぉ!わぁーい!」
咲ははしゃいでいた。
「あれ?せいちゃんは?」
「おい。星夜も早く部屋に入れ。」
後ろを向くと、そこには望月はいなかった。
――5分前。
3人が歩いていた廊下の後ろに、突如ゲートが開いた。
武装した魔族が望月の口を塞ぎ、ゲートへと引きずり込んだ。
何もなかったようにゲートは閉じた。
誰も気づかず――望月は誘拐された。
初めて体験する感覚だった。
ゲートの中は寒く、暗く、落ちていく感覚があった。
下には光があり、そこに向けて落ちていた。
後ろを振り向くと、魔族が誰かと話していた。
「父上。任務完了。」
――やばい。
何かわからないが、危機を感じた。
手を振りほどき、暴れて離れることができたが、光とはまた違う場所に落ちていった。
丸い、暗い穴。
魔族も焦って後を追い、穴に入っていく。
望月は見た。
空は赤い雲。赤い空気。熱い風。
木は枯れ、地面は湿っていた。腐臭が漂う。
魔力が濃すぎて、吐きそうになる。
見てすぐわかった。
――【魔界】だ。




