賢者の石
星夜と咲が訓練を終えた頃――
空では、異変が起きていた。
2時間前。
サウススノース上空に突如ゲートが開き、町ひとつ分ほどの巨大な浮遊船が現れた。
空が裂け、世界が“知らないもの”に触れた瞬間だった。
この世界には、“鍵が開いている者”と“閉じたままの者”が存在する。
鍵とは、能力を使える者の証。
生まれてすぐに能力が発現した者は、組織【自由の紋章暗部セラフィック・ディム】に保護され、
【能力開発部署スカイ・タートル】へと移送される。
だが、能力者の存在は都市伝説として扱われており、一般人には知られていない。
その“知らない者たち”が暮らす南大陸の空に、船が現れた。
地上では、野次馬が集まり始めていた。
「空に船が浮いてるぞ!」
「なんだあれは……」
誰もが、ただの“珍しい現象”として眺めていた。
南支部は即座に対応を開始。
散らばっていたエージェントたちを招集したが、任務中の者が多く、集まったのはわずか4人。
その時、南支部長・八田剛の元に、ひとつの録音機が届いた。
再生すると、静かな声が響いた。
「人類の皆様。こんばんは。私は魔人ジェイデル・ビー・マロン。
この地に“賢者の石”があると聞いたのだが、持っている者は教えてもらえないだろうか。
5時間待つことにする。これはただの頼み事だ。
もし私が欲しい回答が得られなかった場合……うん。あまり私にすべて話させないでくれ。
大体わかるな?言いたいことは以上だ。いい返事を待っている。」
その声は、耳元で囁くように冷たかった。
録音が終わると、空気が凍りついた。
現在――
この音源は、スカイ・タートルの会議室で再生されていた。
北支部長【神孫子悠留】、東支部長【朧シオン】、西支部長【天宮城芽】、南支部長【八田剛】、
覇導【杉山庇紫】、天導【露詰舞葉】、本部長【比嘉雅夫】――
人界のトップたちが集まっていた。
地方支部の者はモニター越しに参加している。
空気は張り詰め、八田の額には冷や汗が滲んでいた。
「賢者の石とは……なんだ?」
誰もが疑問を抱いていた。
杉山が口を開く。
「賢者の石が何かはわからんが、わしはそっちに向かったほうがよさそうじゃな。
今動ける者はどれくらいおる?」
「私と他25人程度です。残りは任務中で戻れません」
露詰が困った顔で言う。
「私はこの島から離れられないから、部隊の数名しか動かせない。
でも相手が魔人なら、何人派遣しても意味ないわね」
比嘉が険しい顔で指令を出す。
「動ける者をすべてサウススノースに派遣し、指揮は杉山が取れ。
賢者の石はこちらで調べる。八田は録音機に“調査中”と伝えろ。
待ってもらえないなら、全面戦争だ。可能性はこちらのほうが高い。覚悟しておけ。以上だ」
杉山が立ち上がり、声を荒げる。
「待て!手が空いた者全員か?向こうは魔力瞬間装置を3つ保有してるんだぞ!
ほかの大陸にも同じことが起きたらどうするんじゃ!
しかも鍵が開いてない一般人もおる!前とは犠牲者が比にならんぞ。それでもやるのか!」
会議室の空気が揺れる。
誰も動こうとしない。
大陸の移動には時間がかかる。1週間、1か月――間に合うはずもない。
比嘉が静かに語る。
「どれかを捨てねば、すべては守れん。
杉山が時間を稼げば、その間に招集できる。
遠方の者は一度ここに来れば装置が使える。
残る装置はあと1つ。魔神王が持っている。
今は動いていない。興味もないだろう」
沈黙のあと、比嘉が秘書に指示する。
「この作戦に賛成の者は?」
露詰、南、東、西が手を挙げる。
杉山と北は挙げなかった。
「賛成4票、反対2票。作戦を実行します」
その時、北支部長・神孫子が口を開く。
「俺の支部は参加しない。今年は魔界任務担当だ。人界には人がいない。勝手にやってくれ」
モニターが切れた。
皆呆れたが、1分1秒が惜しかった。
準備が始まる。
会議が終わると、比嘉はある部屋へ向かった。
そこには――
静かに光る、“賢者の石”があった。




