緊急会議
星夜が訓練室で木刀を握っていた頃――
その少し前、咲は露詰舞葉との修行を受けていた。
星夜との絆が、彼女の力の根源。
でも、まだその意味を理解できていない。
だからこそ、露詰は“この世界の仕組み”から教え始めた。
「今日は私達が使っている能力の説明するね」
露詰は優しく微笑みながら、丸い装置をポケットから取り出した。
映像が空中に浮かび上がる。
「この世界にはね、2つの世界が存在するの。1つは私達が住んでる【人界】。もう1つはゲートの向こう側――【魔界】」
咲はポカーンとした顔で首をかしげる。
「え~。いや~だ~」
駄々をこねる咲は、まだ六歳。
能力と伝えられても、何のことかも理解していない。
「大丈夫よ。簡単に説明するからね」
露詰は映像を操作しながら、魔界の様子を映し出す。
そこには巨大な魔物たちが蠢いていた。
咲の瞳が揺れる。
涙目になりながら、指をさす。
「あのおおきなまものが……あみちゃんをつれてったの?」
露詰の手が止まった。
まさか、あの日の記憶が残っているとは思っていなかった。
「さきちゃん……どこまで覚えてるの?」
肩を寄せると、咲は震える声で語り始めた。
「……あみちゃんが、まもってくれたの。せいちゃんが……ひかってた。おおきなマークが……」
幻中杏美。
もうひとりの【地球の心臓】――心の界核の本体。
あの日、魔族に奪われた界核を守ろうとした少女。
そして、星夜。
絆の界核の分体として生まれた少年。
彼の胸に浮かんだ紋章は、界核の共鳴だった。
咲は泣きながら語った。
その後の記憶は、もうなかった。
「ごめんね。こんな辛いこと思い出させちゃって。今日はこの話、やめましょっか」
露詰が立ち上がろうとしたとき、咲が小さく呟いた。
「また……くるぅ?」
露詰の唇が震えた。
でも、噛みしめて答えた。
「……次は、ない」
時計を見ると、16:00を過ぎていた。
「せいちゃんを迎えに行こっか」
咲は笑顔で走り出した。
露詰はその背を追いかける。
2分ほど走ると、星夜がいる部屋にたどり着いた。
咲が先に着き、星夜に抱きつく。
「オフロいこーよー!」
「いかねーよー!いまからのうりょくのほんよむんだよ!」
駄々をこねる咲。
笑いながら見守る露詰と杉山。
露詰は、さっき咲が語った記憶を杉山に伝えた。
杉山は頷き、会議に呼ばれていることを告げる。
「2人とも後で部屋に行くから!ちゃんとしとくのよ!」
「わーてるよー!」
2人は会議室へ向かった。
扉の前には、先ほどの大男が立っていた。
「突然お呼びして申し訳ありません。露詰様もお越し頂きありがとうございます。もう皆様がお待ちしております」
「ふぅ。戦争じゃなければいいんじゃけどな」
扉を開けると、モニター越しに各支部長が揃っていた。
東西南北の四大陸、それぞれの支部長が会議に参加している。
この浮遊島【能力開発部署スカイ・タートル】は、各大陸の本拠地でもあり、町として機能する巨大施設。
そのトップが本部長であり、今ここにいる。
秘書が話し始めた。
「今回緊急会議に参加していただき誠にありがとうございます。時間がないので早速本題に行かせていただきます。今日、サウススノースの上空でゲートが開き、現在も対処中です」
空気が張り詰める。
ゲートは開くものではない。
魔力瞬間移動装置【フラッシュゲート】がなければ、開くことはない。
それは人界・魔界合わせて4つしか存在しない。
そのうちの1つ――人界が管理するゲートが、サウススノースの上空で開いている。
そして、そのゲートの向こうにいたのは――
魔神王の配下。
三大邪曲魔人のひとり。
【ジェイデル・ビー・マロン】
空が、静かに裂け始めていた。




