ショートホラー「プロットの墓場」
ひさしぶりのなろう投稿です。よろしくお願いします。
書きかけのプロットを放置すると、こんなことになるかも? というお話です。
小説家の友人が危篤との連絡があり、私は病院に駆けつけた。
彼は死にぎわに言った。
「この世にプロットの墓場というのがある。そこに君を招待しよう」
彼は亡くなった。
帰宅途中の商店街で、私は見慣れない古本屋を見つけた。こんな場所に古本屋なんてあったろうか。それに最近は大手チェーン店ばかりになって、個人経営の古本屋なんて、東京のごく一部にある位だと思っていた。
少しだけ見てみようと思い、ギシギシと鳴るガラス戸を開けて入ってみた。店は6畳くらいで、背の高い棚がいくつか置かれており、本がぎっしりと陳列されている。
「いらっしゃい」
店の奥の方から声がし、そちらを見た私はぎょっとした。そこには、カエルのようなミミズのような、さまざまな爬虫類や両生類を丸めてメダマを付けたような、巨大でグロテスクな化け物が座っていたからだ。それはメガネをかけて新聞を読み始めた。どうやら店主のようだ。
なんだここは……、妖怪の経営する古本屋か?
そう思った時、
「いや、ここがプロットの墓場さ」
「え?」
いつの間にか化け物の後ろに、さっき病院で亡くなったはずの友人が立っていた。彼は説明を続けた。
「ここにはね、多くの作家が亡くなるまでに完成できなかった、浮かばれない作品のプロットが流れ着くんだ。それぞれの本に、彼らの期待や苦悩が込められているんだ。さあ、一冊手に取ってみたまえ」
私は彼の言葉に操られるように、彼から目を離して巨大な棚の本の背表紙を眺めた。その中の一つを見て、私は思わず叫んだ。
「こ、これは!」」
それは私が好きだった、ある大作家が執筆していたけれど、完成できずに亡くなった、「幻の小説」だった。震える手でそれを取り、暗い灯りの下でそれを貪るように読んだ。分厚い小説だが、なぜか私は一瞬でそれを読み終えた。
ふう、と息をついて私は言った。
「そうか、こういう結末だったのか。でもなぜ完成品がここに?」
友人がニヤリと笑った
「それはね、ここには浮かばれないプロットに未練を残して亡くなった作家達が集まり、今でも加筆しているからだよ。ほら、ちょうど一人いらっしゃったようだよ」
友人は扉を指さした。黒い着物を着た長髪の男が、扉をガタガタいわせながら開けた。化け物のような店主が「芥川さんいらっしゃい」と言った。
そう、それは芥川龍之介の幽霊だった。幽霊は私のすぐ近くの棚に歩み寄って一冊の本を手に取り、それを開いた。そこには半分ほど文字が印刷されていたが、半分は白紙だ。その白い部分を彼が指先でなぞると文字が浮かび上がった。
驚いた私に、友人が言った。
「ここでは、ペンはいらないんだ。便利だろ?」
芥川の幽霊は、指で文字を追加したり、変更していく。まるでスマホで小説を書いているかのように、本を作り上げていくのだ。
死後の世界に、こんな場所があったなんて、そして亡くなった文豪たちが、今でも作品を書き続けているなんて、驚くべきことだが、物書きにとっては、こんなに楽しい場所はないだろう。
私は友人に向き直って尋ねた。「それで、君はなぜここに私を?」
友人は無表情になって言った。
「彼らは、死後完成させた本を、できれば現実の本という形で誰かに出版して欲しいんだ。私が生前に、ずっとそうしてきたようにね」
「えっ?」
彼は生前、売れっ子の小説家だった。何冊もベストセラーになり、ドラマやアニメ、映画化もされたりしていた。
「君の小説は、君が考えたものじゃなかったっていうのか?」
「うん、そうなんだ。俺はここで、多くの本を読み漁り、中でも傑作と思えるものを覚えたり、メモしたりして家でPCで打ち込み、それを出版社に持ち込んでいただけだ。むしろ俺のタイプミスで、せっかくの傑作を劣化させてしまったことも多いくらいだよ。まあそれでも彼らは喜んでくれるんだ。それが小説家っていうものなんだろうね」
友人は再び、ニヤリと笑った。
「それで、私は何をすれば?」
「そうだね、ひとまずさきほど君が読んだ幻の小説を打ち込んで、ネットに投稿してみてはどうだろう? 話題になればいいし、話題にならなくても、読んでくれる人がいれば、彼らは満足してくれるはずだよ」
「わ、わかった......。その次は?」
「それが終わったら、ここのご主人が君をまたここに呼んでくれるよ。夢の中で訪れることもあるし、今日みたいに突然街中に現れる場合もある。どちらにしても君はすぐに気づけるから、心配しないでもいいよ」
「ご主人?」
新聞を読んでいた化け物が、私を見て顔をゆがめた。恐らくにっこり笑ったのだろう。
「じゃあ、頑張ってくれよ。これで俺はようやく成仏できるよ」
友人が右手を振った。同じように化け物も手を振った。
「待ってくれ! 私にとってのメリットは!?」
私は叫ぼうとしたが、視界が暗転し強烈なめまいを覚え口をとざした。
気づくと私は店の外にいた。さっきまで古本屋だった店は廃墟となっていた。右手に持っていたはずの「幻の本」は消えていた。
「夢、だったのか?」
廃墟の中の暗がりに、巨大なヤモリが見えた。それは私を見ているようだったが、ゆっくりと向こうを向き、闇に消えていった。
(おわり)