第38話 愛憎混じって超えた先・火の試験(後)
秋以降は月1,2回投稿になります。受験があるので…。
ハーメルンの方でも連載をすることにしました
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これは回想である。この学校の敷地内にはいくつか公園がある。これほどの広大な敷地だ。流石に商店街は無いが、多くのグラウンドに公園、2つの学食場所に研究室や全校生徒を余裕で詰め籠められる体育館などなど。特殊科以外の生徒の為の施設だって多く建っている。最早これは大学レベルとも言っていい。
そんな中、釣瓶燈爾は人が殆ど寄らない【ニワニワトリ公園】に一人項垂れていた。この公園には不穏な噂が流れている。燈爾は兄から聞いた話だが、ここで人が行方不明になったと。時として燈爾が幼稚園児だった頃から噂が存在していたとのこと。その噂が真実だと思わせるように、その公園の一部分に赤いコーンが四つ立ち入り禁止テープで囲まれている。ただ、囲まれている場所がかなり小さい。燈爾はそこに”扉”でもあったのかと少々行方不明になった見知らぬ人を気の毒に思うのであった。
そしてそこに羽海が現れたのである。小さく項垂れていた燈爾を覆いかぶさるように、彼の特徴的な濡れ羽色の羽を伸ばしている。驚いて立ち上がれば、彼は優雅にその場から距離をとり、微笑みながら燈爾の顔を見る。
羽海「こんな人気のない場所にどうしているんだい?」
燈爾「別に。アンタには関係無い。寧ろ何で俺に話しかけてくるんだよ」
羽海「知りたいから」
燈爾「…」
羽海「同じ禍福課を目指す同士として。あと、心冶と仲が良い人だから」
燈爾「友達の友達、縁を作りたいってことか」
羽海「そうだね。仲間は多くて不便はないよ。ストレスはかかるかもしれないけど」
燈爾はじりじりと少し彼から距離をとるように足を下げる。彼の雰囲気に気圧されているからだ。初対面の時とは人が違う程(実際違った)に言葉も雰囲気も異なっていた。きりきりと引きつっていたあの怒りの顔よりも、ずっと優しそうな顔をしている。燈爾は羽海を良く知らない。友達の友達と気まずく少々遠い関係であり、自身の既にいる友人と絡んでいて何一つ不足を感じたことがないからと、関りは取っていなかった。その”友達”である心冶はよく羽海と何をしたのかと色々話してくれているが、それでも仲良くしたい興味は湧かなかった。
羽海「それで、項垂れていたようだけど。もしかして、期末試験で何かつまづいているのかなって」
燈爾「…そうだけど。R組とは講師とか多分違うし。筆記は別にそこまで困ってないし」
羽海「じゃあその相手は?」
燈爾「……俺の実の兄貴…です」
羽海「あぁ…家族が禍福課だとこういう所でも出くわすんだね」
羽海は同情するかのように、燈爾に哀れみの顔をしている。謎に勝手に同情されたことに燈爾は内心僅かに腹が立つが、そこは気持ちを抑えて流す。普通、自分の試験に家族が関わることなど無い。だというのに、燈爾の兄は禍福課、自分も目指しているとなればどうしても出会ってしまう運命にはあった。この練習期間、兄と関わる全ての時間が、燈爾にとっては苦痛を伴う気まずさを味わっていた。
羽海「じゃあその兄さんはどういう能力なの?」
燈爾「俺と元は一緒の釣瓶火。そっから火力上げやらとかして、よく見る炎系能力者の力になった」
羽海「なるほど。よく心冶と能力鍛錬やってるよね。だったら同じと見て良いのか…」
燈爾「いや、アイツの方が数百倍強い」
腕に力が入る。拳を強く握りしめる。夕焼けの橙色がより赤みを帯びてくる。燈爾の青紫の髪色が対照的に、彼をより濃く映し出すように日が照っている。悔しさ、憧れ、あらゆる兄に投影していた感情がぐちゃぐちゃになっていく。欲しい色など何も考えずに絵の具が混ざりあうように。
燈爾「兄貴はいつも俺の何十歩先を進んでる。6歳も離れてるから、全然生きてる時間も生き方も違う。仲は良いけど、でも兄貴が強いから…何回も比較されてた。俺が中学の時にはもう社会で禍福課として名前が出てた。髪似てるし、すぐに兄弟ってバレてそっからもっと色々言われるようになった。人も学校も俺にとって糞みたいなもので、大嫌いな場所だった」
羽海「…」
ただただ、あの時の燈爾にとって中学校は苦痛の他でも無かった。周りが兄の勇姿を弟に期待と共に投影していた。それに嫌気がさし燈爾は周りとの接触や関りを避け続け、中学は時代の殆どを一人ぼっちで過ごすことになった。
それが兄のせいと言えばそうかもしれない。だが、燈爾は決して兄を責めることはしなかった。兄が禍福課として活躍する姿に、皆が歓声を送るように弟もその姿に憧れを抱き、自分もその光景に一緒に関わりたいと願って、目指している。
羽海「そんなに比較されて期待されてたんだ。じゃあその強い兄さんと一度は戦ったりしたの?」
燈爾「え、いや。別に。勝てっこないし…」
羽海「へぇ~。無理なんだ。俺だったらその兄さんに勝てると思ってるけど」
燈爾「何言って…!」
羽海「アンタ、戦ったこと無いのに何が分かるの?」
燈爾「!!」
矛盾を突かれたように、燈爾は羽海の言葉に目を見開く。羽海の何処からくるその自信が、自分に形を変えてブーメランとして跳ね返っていた。何処からこの諦めが来るんだと。一度も刃や炎を交わしたことのない相手を、ただ家族で傍にいた兄というだけで満足し、映る活躍の姿だけで強さを決めつけ納得していた。
禍福課が相手するのは異世界からの災害などの敵や、能力を悪用するこの世界の悪人だ。力の練度にどれも差があれど、相手はだいたい自分達の世界の常識を持たない者か、力を感情のままに振り回す素人だ。強く映るのも、毎度勝つことも、その見て分かる歴然とした差があるからだ。
羽海「アンタは自分の兄さんが普段何してるのか知ってる?考えたことある?どうやって努力して強くなったのか、どうしていつも活躍できるようになったのか。元々火力の無い炎の能力を、普通の能力にするのにどれほど時間をかけたのか」
燈爾「(兄貴は、炎が使えるよう1年以上の時間をかけてた。あれ…俺は兄貴に並ぼうとして1か月で紙を燃やせる位には火力が出てた。炎だって直ぐに出せた…)」
羽海「同じ能力者でも、それが近い兄弟関係であっても結局は他人だ。できること得意なことは違う。アンタの兄さんが速いのならアンタは別で強くなればいい。今は戦って勝つ為でも、いずれは協力する為の力になれる。今から未来までメリットがあるのを実践しない手はないだろ」
羽海はニヤリと微笑む。やはり彼に優しさを思わせるような慈悲深い雰囲気は無いが、優秀であり同じ道を目指すも者として、心のモヤモヤを晴らしてくれるような意見を述べてくれたのだ。
燈爾「そっか。そうだな。何かハッとさせられた。ありがと」
羽海「じゃあ次は勝つ方法を考えよう。強くなる理由を見つけた。でも一番大事なのは目前の試験だ」
先程まで憎しみか殺意までにじみ出ていた兄への思いが、羽海と会話をしていく内に、いつの間にか前向きへと変わっていた。勝つ方法をぽつぽつと頭を掻いて考えていく。悩み悩み、羽海と言葉を交わしていくと、一つ雫が湖に落ちた。一つ閃いたのだ。
◆
燈爾「アイツ等大丈夫かな…」
祐灯「あの猫車の彼なら、俺が一つ炎を送ってやったけどな」
祐灯「やぁ、さっきぶりだな」
燈爾「もう来たのかよ。相変わらず足が速い兄貴だな」
祐灯「腐ってはいないぞ」
燈爾「その足がはやいじゃねーよ!普通に褒め言葉として受け取っていろよ!馬鹿兄貴!」
兄の祐灯から暗い雰囲気を感じとる。多分彼は内心、弟に馬鹿と言われて落ち込んでいるのだろうと、燈爾は思いつつも、今は目の前にいる兄という名の敵を相手しなくてはならない。考えるよりも速く、飛び出した兄の攻撃を防ぐ手が出ていた。それでも攻撃は一切せず、ただ放ってくる炎をかき消すだけ。
祐灯「何故避けに徹する。同じ力だ。攻撃もできるだろ?」
燈爾「生憎、兄貴に本気にはなりたくないんで」
この戦い、最初から兄を倒す選択肢以外は無い。何故なら?祐灯の腰にもう一つの勝利条件である旗が付いているからだ。本来ならつけずに別としておくべきなのだが、一回もやってないから良いよと先生が許可したのだ。
祐灯「お前はいつも凄いのに。何を遠慮する」
燈爾の顔は苦々しく曇る。兄の真っ直ぐで素直な褒め言葉だ。その思いを素直に受け取れるような程、もう燈爾は純粋無垢ではない。
燈爾「遠慮?身に染みてるんだよ。アンタのせいで」
祐灯「……」
燈爾「兄貴はさ、気遣って家族のこと晒してないけど。やっぱ俺ら兄弟だからさ。似てるんだよ。否定したくても、この髪は兄貴と全部一緒だ。俺は毎度毎度、学校の奴らとか近所の連中に変な期待をされて、兄貴と繋がりたいからってこぞって俺を利用してこようとする奴らばっか…」
炎が燻っている。感情に左右されやすいこの力は、本人の嘘や見栄など関係無く分かりやすく提示してしまう。髪の色もそれをよく反映している。今の燈爾は紅に灰色が混ざった混濁で薄汚い色合いだ。
燈爾「でも、ここに来て世間は広いって思ったわ。俺の兄貴を知ってても気にしないような奴がいっぱいだった。恵まれてる。強いお手本の兄貴がいるのも、兄弟で同じ危険な道を進んでも、背中を押してくれる家族がいる。本当に恵まれてる…」
赤い炎は絶えることなく襲い続ける。兄にこの言葉が届いているのか、弟には分からない。炎を打ち消す際に、衝突する大きな音が響くからだ。淀む灰色の煙が舞っている。炎を残さないよう一つ一つ打ち消すことを忘れない。
燈爾「(こんな思い。もう次は言わねぇ)」
もう二度とこんなことは言わない。兄を愛して憎んでいるからこそ、この思いはこの一度キリ。
燈爾「今はただ、アンタを倒したい」
憧れているから、妬んでいるから、どうかこの気持ちに気づいた自分にいい機会だとして、区切りをつけさせてほしい。燈爾のか弱く、深層心理からの小さな願いだった。
何度も何度も炎を衝突しあいかき消していく。燈爾はとにかく火力の調整に気を遣っていた。あまりの攻撃の頻度に忘れてしまいそうになっても、冷静に一つ一つ対処していく。もうすぐで彼らからの完了したという報告が飛んでくる。その時まで自分が負けるわけにはいかないのだ。
そして、斜め上に空をこっそりと見れば狼煙が上がった。あれはできた合図だ。ついに来た。
燈爾「秋の日は釣瓶落とし…」
祐灯「…?」
燈爾「俺達、釣瓶家の能力は釣瓶火が由来だって知ってるよな兄貴?」
釣瓶火の釣瓶とは、井戸から水を汲み上げる為の桶・縄・滑車などを含む装置全てを指す言葉。その釣瓶を井戸の水のある底へ落とす時、その桶は急速に落ちる。『秋の日は釣瓶落とし』とはその急速に落ちる釣瓶を、秋のすぐに日が暮れる様を言い表した諺である。
釣瓶火は名の通り、釣瓶のように釣り降ろした桶のように漂っている火が妖怪として名をつけられた。(※釣瓶火の起源とされている絵には釣瓶おろしという名前がついていたらしいとのこと)
燈爾は息を整える。もうすぐ、勝つチャンスが、タイミングが訪れる。焦るな。侮るな。と彼は心の中から揺れる鼓動を脳内から抑えつける。
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燈爾「だったら、兄貴より速く行動する」
羽海「と、言うと?」
燈爾「先回りをする。試験前から、始まってすぐから。罠を用意するんだよ。勿論皆の力を借りてな」
羽海「勝算はあるの?」
燈爾「あるかも。講師にはあらかじめ自分の能力を伝えるってことにはなってるだろ?」
羽海「練習期間でその能力伸ばしとかするからねぇ」
燈爾「だけど、人間やっぱ隠し玉はある方が良い。例え味方であっても」
羽海「あはは。面白いね。頑張れよ。あと、俺から一つアドバイス」
燈爾「?」
羽海「強くなりたいって言うなら、やっぱ能力を枝分かれさせて伸ばすことだろ?それで一番やりやすいのは連想ゲームだ」
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あの日の最後の回想で話したこと。いつも速い兄を倒すには、それを上回る速さで勝負をすればいい。その為に、試験前にチームメンバー全員に協力を要請し、悟られないように動きづつけた。兄は例えこういった授業や試験の一環でも、身内に目を向けやすい。それを良く知っているのは、弟の燈爾だ。
燈爾「釣瓶から簡単に連想ができるものあったんだ」
そして、羽海は能力が強くなり手段を増やすには連想が一番手っ取り早いと言っていた。あの後から、僅かな時間で自分にできること、連想するならどういうものか、燈爾は本やネットを参考に色々と情報を集めた。その際、燈爾は一つ気づいたことがある。自分がここまで自分のことに必死になったのは、自分の能力に向き合ったのは火力を上げようとして特訓して以来のことだった。最近のはずだが、やけに昔に感じている。
燈爾「兄貴さ、さっき猫車の奴に炎を送ったって言ったよな?あれ、俺からしてみれば敵に塩を送ったようなもんだぜ」
祐灯「?」
燈爾「おかげで速く決着つきそうだぜ!」
祐灯「はっ…!?」
祐灯が空を見上げれば、無数の瓦礫とパイプ管が浮かび上がっていた。暗い影を落とした瞬間に恐ろしいことだと気が付いた。だが、もう対応するにはもう遅かった。
蛸背「逃がしませんで」
多白「間に合いましたわ!」
タイミングが良い。燈爾に運が味方している。祐灯が逃げ出そうと動き出したすぐの時に、蛸背が触手で捕らえ多白がさらに抜け出さないよう氷で触手を固める。
最上「いっけー!」
燈爾「【釣瓶落とし】!!」
無数の瓦礫が火をまとい融合し、急速に祐灯の下へ降り注がれる。逃げる時間など許されず、秋の日は瞬く間に暮れて夜になるように、浮き上がっていた瓦礫たちは瞬きする間もなく彼に命中したのだった。
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生徒5人は瓦礫から人を探していた。祐灯は燈爾の連想から生み出された技によって全てを浴び、そのまま飲み込まれてしまった。死んでしまう程の力は出していないし、蛸背も人を殺すようなことは許さず、触手を当たる直前に守るように伸ばしていた。
多白「どこでしょうか?」
最上「あ、いたよー!」
燈爾「兄貴!」
祐灯「ん…あぁ、燈爾」
燈爾は兄にかかった瓦礫の破片を掃いつつ、ゆっくりとその腕や肩を掴み起き上がらせる。祐灯ははらはらと自分でも砂埃を掃い、身だしなみを整える。砂埃にまみれて髪を崩しても、綺麗な顔をしているのは変わらない。そのいつも通りの様子に、弟はどこか安心するのだった。
祐灯「よくあんなことできたな」
燈爾「あれは、兄貴より速く倒すのに協力してできたやつだから…」
祐灯「燈爾一人じゃなく?」
燈爾「車屋と最上で兄貴が壊した瓦礫集め、それに俺の炎を混ぜておく。拾った奴は全部最上の鏡の中に収集されてるから気が付かない。蛸背と多白は俺の援護に、兄貴を足止めする役。兄貴が知らなかったのは、車屋が炎をまとうともっと速く強くなったってこと。隠し玉に見事やられたってわけだ」
祐灯「あんなのできるなんて…燈爾は良いな」
燈爾「まだまだだよ。もっと兄貴を唸らせるようなのいつかは見せてやるからな」
祐灯「あぁ。いつかまで楽しみにしてる」
燈爾「いつかな。五日じゃないからな?」
兄の拙い言葉を、弟は咀嚼ししっかりと返す。
多白「釣瓶様、お兄様の足りない言葉を把握してちゃんと返してますね」
車屋「察し能力が高いにゃーねー」
蛸背「あれで燈爾はんの把握能力が足りなかったら、どうなってたんやろうな」
最上「もう!今は勝ったことに喜ぼうなー!」
これにより、彼らの試験は終了した。結果は合格と担任の放送が聞こえては、彼らは肩の緊張を落としゆっくりと元の場所へ帰っていった。
燈爾「(兄貴に並ぶなら同じ道に乗らなくてもいいのか。そうだな。うん。隣にいるのに後ろをついていく必要はないのか)」
綺麗な炎は揺らめている。前後の必要などない。隣で一緒に燃えていられれば、きっとそれは幸せだ。煌めいている。
燈爾は心の中でこの思いを強く噛み締めた。燈爾は思った。きっとこうやって炎を出す能力が無ければ、恵まれている自分でもこの兄とは上手く付き合うことはできなかった気がして仕方ないと。
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その光景は傍目に、こっそりと敷地に入ったであろう不審で謎の人影が頬杖をついていた。人影はゆらゆらと炎のように揺れている。その色は憎しみか哀れみか判断などつきはしない。
『気持ち悪い』
その炎は揺らめきを増していく。姿はまるで燈爾が悪夢で見た自分らしき異形にそっくりであった。
釣瓶祐灯:男・21歳・177cm・11月11日生まれ・【一人称】俺・【出身地】東京23区外のどこか燈爾と一緒。
【能力】炎を操る能力(※元は釣瓶火。弟より出るのが速いが、火力はちょっと劣ってる)
少々天然な性格に言葉が足らない無口よりの男。家族ラブでブラコン。家族で一番顔が良くモテるが、恋愛にはさして興味なし。人をあまり覚えないし深く詮索しないので、少々浮く部分がある。
【好物】かつ丼と味噌汁のコンボ・弟と家族・こまめな部屋の清掃
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