★第24話 初めまして?
全部修正+一部加筆修正(2025.05.12)
→全部修正(2025/06/30)
◆
[・・・]
会場内は先ほどの試合よりも騒がしくなっていた。その声は困惑や驚愕よりも、悲鳴と発狂の声ばかりで辺りはとにかく騒然としていた。
一人の生徒が姿かたちを変えて化物となったのだ。あまりの出来事に、誰もが固まり、誰もがすぐさまと逃げていた。
蛇島「羽海!!」
椿本「蛇君。出ちゃダメ!死んじゃうから…!」
幼馴染の蛇島は絶叫するが、椿本が飛び出すのを阻止する。同じR組のクラスメイトは後ずさりするばかりである。
Q組の生徒もまたあまりの恐ろしさにこの砂地を踏む勇気が無かった。ただあの3人を除いて。
悟川「いやー!何アレ!?羽海君が?え?」
蛸背「ホンマに化物やないか!何でこんなところにいるちゅーねん!」
車屋「猫車大きめ用意してて良かった…」
たった1秒で化物と姿を変え、3秒でこっちへと襲い掛かってきた。その僅かな間に、車屋は蛸背に猫車を出すように指示を出し、今こうして2人(悟川&蛸背)を乗せて逃げていた。
車屋「まさかこんなことになるなんてさー…普通は思わないよね」
蛸背「そもそも人間に化けてるのが可笑しいねん。そんなの知能高すぎやって。ドッペルゲンガーなんて今までいなくて都市伝説扱いやったのに」
車屋と蛸背は普通に会話をしている。思いっきり竜の化物に追われている最中だというのに。それとは対照的に悟川はただ無言で竜のことはじっと見ているだけだ。
水島「顔を出したか」
恋山「…生徒に化けてるなんて初めて見ました」
水島「俺もそうだ。能力も模倣となると早急に潰すべき存在だ。土山!」
水島は誰かを呼ぶ。呼ばれて現れたのは今年やって来た国語科担当の土山先生であった。
土山「はーい!!何ですか!?」
水島「適当に封じ込めておけ。恋山たちは観客誘導な。上級生も使え」
土山「了解です」
水島は他の教師を呼び、この場をどうにかして収める為に指示を出す。既に何人かの上級生や教師らが、観客の避難を手伝っている。
土山は言われた通りに観客席の方から化物退治へと身を乗り出した。
恋山「1人で相手するの?」
水島「ヘイト向いてるのはアイツ等だ。不意をつくのなら向こうが警戒心強くない限りはいける」
恋山「無理だったら?」
水島「ゴリ押し」
本当にそれでいいのかと、恋山は訝しんだが、実際彼が強いことを知っている為口酸っぱく言うことはできなかった。
2年生「あの、危ないので逃げてください!」
▼▼『誰アレ?』
××『上級生だろう。自衛できるのでどうぞお気になさらず』
2年生「そ、そうですか?くれぐれも気を付けてください」
▼▼『もっと止めるかと思ったけど案外テキトーだな』
××『急なことで脳の整理が追い付いていないんだろう。君も動ける準備だけはしておけ』
▼▼『はいはい。速さなら負けないぜ。昔からそうだ』
遠くの観客席でまた見知らぬ人間らしき者たちが、あの化物が暴れる光景を眺めていた。
◆
悟川たちはまだ逃げていた。他のクラスメイト達が既に離れているからこそ、グラウンドでただ逃げて行く3人の姿はなんとも滑稽だった。
蛸背「どこまで逃げるん?羽を弾き返すのももう面倒なんやけど」
蛸背は異空間から自分が使役する蛸の触手を出し、化物が飛ばす羽や鱗をはじき返す。返す度に相手は攻撃の速度と頻度が増していく。また飛ばしてくる羽や鱗は硬度が高く鋭利な刃と化している。それが触手目がけて襲い掛かればその皮を引き裂いていく。
悟川「どうやって切り開くべきか…」
車屋「普通に倒すしかなくない?羽海君が本当にいたのかは分からなくなるかもだけど」
悟川「本物の羽海君はいるよ」
悟川は自信を持ってそう言う。あ細長い竜の化物の中に羽海君がいるのだと。それを聞いた2人は半信半疑の反応を示す。
蛸背「何処に?」
悟川「うーん。何て言えば良いのかな。あの化物の中にいる気がして…」
蛸背「なんや中途半端やなー。情報は確定してないなら迂闊に言わん方がええてホンマに」
悟川「うーごめんね。でもそんな気がして仕方ないんだ」
蛸背「そもそも人間と形状が違うやろもうアレ。例えアイツぶっ殺して中身切り裂いて見ても、絶対に面影も蜻蛉も何もないで?」
蛸背は悟川の服を掴んで揺らす。彼の意見はごもっともだ。感覚や不安定な情報だけで乗り切れるほど自分達はプロ級の強さもカバー力も何一つ持っていない。まだ持つための勉強をしているひよっこに過ぎない。
2人がどうしようもないことを言い争っている内に、猫車を引く車屋が一つ爆弾発言をした。
車屋「あのさ、二人とも」
悟川「どうしたの?やっぱ戦う方が良いよね武器出さなきゃ」
蛸背「あんな固いのどうやって打ち破るねん」
車屋「下、地面無いんだよね」
衝撃的な発言に、二人は一瞬固まり下を覗き見る。確かに地面が無かった。大きな大きな穴らしきものがあり、底は真っ暗で何も見えない。じゃあ、どうして浮いているのか。漫画的な表現に過ぎなかった。
3人「ああああああ!!!」
水島「お前らあ!!」
『きゅるるるるぅ…』
水島「テメェは行かせるわけねぇだろ!」
3人が最後に見たのは、竜がこちらを見て笑うもの。最後に聴いたのは自分達の担任教師が発した叫び声だった。
◆
足を滑らせたのか、それとも穴が彼らを吸い込もうとしたのか。逃げる3人は穴の底へと落ちていった。真っ暗ではなかった。だんだんと浮き上がるその淡い虹色に輝いた底へと墜落した。
悲鳴は段々と小さくなっていく。見えなくなるまで。そして穴は蓋された。その形は、扉そのものだった。
悟川「ん…」
悟川は小さく呻き声を上げる。底へ落ちた恐怖で気を失っていたみたいだ。意識が戻り、目を開けば朧げに橙色が映る。はっきりしていけば、目の前には無限とも言える程の花畑が広がっていた。
悟川「わあ…綺麗」
その美しい花畑に悟川は目を惹かれた。温かい橙色が雄大な地に咲き乱れている。しかし、そんな呑気な空気にのまれてはいけない。一緒に落ちたはずの蛸背や車屋を探さなくてはならない。悟川は意識を変え、二人の所在を捜索する。
すると、少し離れた場所で花をベットに寝転がってい二人を発見した。急いで近づき顔を確認すれば、まだ気絶しているようだった。目を閉じて寝息をかいている。ひとまず無事なのが分かって悟川は一安心の微笑みを浮かべた。
悟川「二人とも起きて!!」
車屋「にゃぇ…」
蛸背「ん”…いたたたっ。何や自分ら天国来たんか?」
悟川「返事しづらい言葉止めて…」
悟川が起きてと叫べば、蛸背は体を身じろぎして起き上がる。自分達は天国に来たのかと、起こした悟川に問いかける。悟川は肯定の言葉も拒否の言葉も言えなかった。確かにこの花畑は一見すれば天国の様な景色だと思っても仕方がない。無事だと思っていたのに、言われてみれば、ここが死後の世界見えてしまう。それほどにこの花畑は綺麗だ。
悟川「何とも言いづらいよ。穴…多分扉に巻き込まれたんだと思う」
蛸背「なんであんなところに扉出てくるねん。まあでも、逃げ遅れた自分らには救済みたいなやつか…」
悟川「そうだね。脱出方法探さなきゃ…」
羽海「何してるの君たち」
何処からともなく声が聞こえた。振り返れば、綺麗に整えられた黒色の羽をふわりと印象的で、爽やかで目や鼻筋が通った顔が良い青年がいた。その姿は悟3人から見れば既視感の塊だった。だってさっき化物になった
羽海と瓜二つの人間だからだ。
悟川「羽海君!」
羽海「え、俺のこと知ってるの?」
悟川「えぇ?」
羽海「え?」
蛸背「ちょ、ちょっと話整理しようか」
蛸背主導で話し合いを行った結果。以下の通りのことが解った。まず、今まで見ていた羽海はここにいる羽海とは別人であること。高校入学して直ぐの日、何故か急に意識を失い気が付いたらこの世界にいたということ。なのであの惨状を引き起こしたのは偽物の彼だと。
車屋「入れ替わってたってコト!?」
悟川「多分そうなるね」
羽海「自分がいない間、行方不明にでもなってるのかなって思ってたけどまさかそうなってたなんて…誉壹や椿本に申し訳ない。いや、全員に迷惑をかけてるのか」
羽海はいたたまれない顔で下を向く。それもそうだ。自分の知らない所で自分に似た誰かがひたすら他人を傷つけて暴れまわっているのなんて、知りたくもない事実だろう。何も知らない夕陽が皆を照らしている。
蛸背「まぁ本物見つかったし、どうにかして出ないとな」
車屋「羽海君はここから出る方法知ってたりするの?」
羽海「…一応ある」
そう言って羽海は制服のポケットに入れていた小さな紙きれを3人に見せる。そこには脱出方法とその内容が短い文で書かれていた。
脱出方法。羽海利旺を殺すこと。
その内容に3人は目を丸くした。出るには目の前にいる羽海利旺を殺さないといけない。つまりは人殺しをしなければいけない。
蛸背「デスゲームか何か?」
車屋「人殺しに加担何てできないよ。第一どうやって殺すの?絞殺か嬲るしかないよ」
悟川「思いつくだけ怖いよ…」
羽海「自殺したら元も子もない。何度かこの方法以外で出れないか試したが無理だったな」
羽海は落胆のため息をつく。入学した4月から約1か月をこの花畑だけの世界で過ごすのは、人によっては発狂物だが彼はただ平然としていて、しかも自分で脱出方法があるのか何度も調べていたという。その精神力はまさに鋼かなにかだろうか。
悟川「どうにかして4人で脱出できないのかな…」
ルナ『きゅう』
悟川「、、、!ルナ、どうしたの…?」
ひょっこりと体操服からルナが顔を出し、悟川の顔にするすると近づきこっそりと耳打ちをする。何か脱出の方法でも見つかったのだろうか、やけに自信に満ちた顔つきをしていた。一つだけの目を閉じた生き物だが。
こっそりルナはこう言った。この本物の彼を殺すのではなく、あの偽物の彼を殺せばいいと。
悟川「確かに一理あるけど…」
蛸背「なーに独り言か?」
悟川「あ、えっと、あの偽物だった羽海君を倒せばいいのかなって」
車屋「ふーむ…」
悟川「屁理屈だけど、その脱出方法に本物や偽物の指定は無いでしょ。だからあっちの羽海君をどうにかすれば良いと思うんだけど…」
蛸背「それが現実的かもな。じゃあ、倒そうって思ったけどアイツあっちの世界にいるもんな…」
車屋「先生が倒すの待つしかない?」
蛸背「おそらくはそうなるな」
3人は悟川の意見に概ね同意の意思を示した。しかしながら、その偽物の羽海は向こう側の世界で伸び伸びと暴れまわっている。どうしたものかと、先生が殺すのを待つしかないのかと。4人は途方に暮れていた。
車屋「取り敢えず、何かないかちょっと見てくる。羽海君と心冶君はそこで待ってて」
動かずにはいられない車屋は蛸背を、少し遠くに落ちていた猫車に乗せて周りに何かないか散策に出かけた。この場には悟川と羽海の2人だけが残った。
悟川「羽海はどうして禍福課目指そうって思ったの?」
羽海「俺?俺は…」
悟川は羽海に質問をした。気まずさではなく、単純に彼と仲良くなりたいと思う気持ちが強く出たからの発言だった。羽海はしばし悩みながら、こう答える。
羽海「小さい頃に憧れたプロがいて、俺も同じような道で輝けたらなってそう思ったから…かな?」
悟川「へー僕と一緒だ!僕も憧れた人がいて、目指そうかなって思ってたんだけどね。でも、何となく自分では無理なのかなって諦めてた」
羽海「諦めたの?」
悟川「うん。忘れる位にね。たまたま出会った同い年の、今は友達の人にね、福禍高校があることとか教えてくれて、その後色々運命が巡り合って、あの時の憧れを思い出して、今こうして禍福課を目指せてるのかも」
羽海「よく潰れなかったね」
悟川「うーん…確かに。幼馴染に凄い天才って言われてた子はいたのは、いや関係ないや、何でも…」
羽海「俺はそれだった」
悟川「どういうこと?」
羽海「…他の奴らには内緒な」
羽海は真剣な声で悟川の言葉を拾い上げた。彼の人生は薔薇色かと思っていた。しかし、上には上がいるのだと思い知らされた。彼はぽつぽつと自分の過去を語り始めた。他の人には内緒の恥ずかしい記憶を。
◆
彼の家は代々医者の家系で、両親に兄と姉と自分の5人家族で裕福な家庭の生まれだった。家族は友人関係を持つべきとの考えの元、地元の小学校中学校に通わせた。兄と姉が医者の道へ進む中、羽海自身はそこまで医者という職業が響かなかった。家族全員なっても面白くないと、あまり金や未来のことなど子供ながらに気にしなかった。
呆然と夢を持たず生きていた中、彼は一つ憧れを見つけた。それは母親と買い物に出かけていたある日のこと。ビルに突っ込むウナギ型の化物を優雅に退治する美しい女性禍福課を目の前で見たことだ。自分や母親を軽々と安全な場所へ運び、安心してねと優しく安堵の言葉をかけてくれたその立派な姿に憧れたのだ。
そこから彼の夢は禍福課の一点張りだった。末っ子なのもあって夢には多少自由があったことで、好きにやらせてもらえることになった。小学校中学校で何度も自分の能力を伸ばす特訓をしていた。幼馴染の蛇島はよくその特訓に付き合っていたらしい。
悟川「能力伸ばし…僕も早くにやってたら良かったのかな」
羽海「特訓と言っても単なる遊びに過ぎなかったけどな」
羽海の能力は翼であり飛んだり、羽一枚一枚を個別に動かすもの。また、その翼の能力は特殊効果を持っているものが大半であり、彼の家は全員同じ能力で効果は患部に羽根を置くと治癒するという破格のものだった。治癒自体かなり珍しいもので、彼が禍福課を目指すことは正に未来への財産であった。だからこそニュースで賞賛された時は、未来を期待された。その強さをプロは買っていた。
だが、それは彼の自信だけで成り立っていた。彼より強い人間などおらず対抗する相手がいなかったのが、彼を1番で財産であり続けさせていたのだ。
その自信が崩れ去ったのは中学2年の二学期はじめ。県外から転校生がやって来たのが全ての始まりだった。
茨賀崎「初めまして」
先生「今学期から新しく入る生徒の茨賀崎棘君だ。皆に挨拶よろしく」
茨賀崎「どうも。千葉から越してきました茨賀崎棘です」
新しく入ってきた生徒は、太くも細くもない体型に白と薄っすらと淡い赤色が混じった髪色で短いマッシュヘア。猫のように鋭い目つきではあるが、デフォルメされた死んだ目をしている。口元をスカーフで隠し薔薇のピンがついている。
ここから彼の人生の道は少しずつ狂い始めていた。
まず全ての実技と学業で2番へ繰り下がっていった。どれほどの努力をしても、彼の無感情な顔一つで跳ね除けられた。敵意も嫉妬も剥き出しにしていた。焦りも悲しみも何もかも、羽海のその心の中で渦巻いて、倒そうにも涼しい顔をして避けられた。
羽根の力をも抑止の権化のような茨にはどうしても勝てなかった。その図太く鋭利な棘の蔓を彼は切ることが彼には出来なかった。
天才の一瞬は、秀才の半生、凡人の一生。どれほど顔を歪めても、物に八つ当たりをしても、決して埋まることのない差。困惑、焦燥、様々な感情が渦巻いていた。
悟川「茨賀崎…さん」
羽海「アイツはあの後、勇星高校へ行ったな。俺はそれが嫌でこっちに来たもんだ。蛇島たちの学力的にも…」
悟川「勇星…僕の幼馴染も行ったよ。やっぱり凄腕の子達が行く場所なんだねあそこ」
羽海「此処の方が歴史が長いんだけどな…いつの間にか向こうの方が有名になった。それもこれも東日本の大体有名な禍福課が全員あそこ出身てのもあるけど」
そして、気が付けば彼の羽は真っ黒に様変わりをしており、治癒の効果は失われ鋭利で傷を簡単につけれるものへとなっていた。親や先生、友達からは病気を疑われたが、医者曰く、精神的な問題で能力因子が勝手に殺意高い性質に固執している結果だと診断された。そして今に至る。
羽海「殺したいって能力まで考えが染みついてしまったんだって」
悟川「…因子影響か」
羽海「これが俺の人生だな。恥ずかしいどころじゃないな。こんなの舞い上がって落ちぶれる恥みたいな人生だ」
羽海は気を落としその場に蹲る。自分の人生を振り返り、その恥を初めて出会った人間に話すとは至難の業。彼は包み隠さず、その恥を晒した。
悟川「色々教えてくれてありがとう。初対面なのにそんな」
羽海「いや、何かお前くらいには別に良いかなって…不思議とそう思えてさ。何か人畜無害な雰囲気が」
悟川「人畜無害…?」
どうやら悟川の加害性も何もない雰囲気に、羽海がただ絆されていただけのようだった。この世界で初めて出会ったはずだというのに。
車屋「のああああああああ!!!?」
悟川「悲鳴だ!」
羽海「出るためだ。行くぞ…」
どこからともなく、車屋の悲鳴が上がった。羽海はすぐに自分の羽を用意し戦闘態勢に入る。彼は戦う意識から既に違う。羽海の覚悟の仕方に悟川は驚いた。自分もいずれはすぐにそんな意識で挑めるのかと、今回は羽海に同調しルナをこっそりと槍状の武器に変えて悲鳴のする方向へ走り始めた。
【ここだけの話】
河野さんは河童由来ではなくマグロ由来。
鹿路さんと百沢さんは同じ配信者や歌手が好きでライブに行く約束をしている。
▼良かったら「評価・ブクマ・いいね」してくださると小説活動の励みになります。とっても嬉しいのでお願いします。