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星と僕らの××の扉  作者: 楠木 勘兵衛
★第1章:新学期の春編
1/35

★第1話 僕の心

修正(2024.08.29)

→大幅修正(2024.09.01)

→超絶修正(2024.12.16)終

 

 ◆


 僕が5歳という幼い時の冬、家族と旅行で箱根まで行った。母さんが温泉に行きたいと言ったのが始まりだった。ロマンスカーで駅に着いて、お店を見て回ってた時だ。ドカン!と大きな音がずっと後ろから聞こえて、何があったのかって振り返ったら、とっても大きく真っ白で細長い竜が物凄い勢いでこっちにやって来たんだ。駅の街並みを容易たやすく尻尾や体で破壊して、僕らの方に突撃とつげきしてきた。大勢の観光客や地元の人が逃げ惑って悲鳴を上げる最中さなか、僕らも必死に逃げようとした。でも、運悪く僕が道路でつまずいて足が止まってしまった。母さんが僕を助けようと戻ってきて、でもあの真っ白い竜は真っ直ぐ僕らの下にやって来て、もうだめだってなって、母さんが必死に僕をかばってた。お父さんも泣きながら僕たちの方に駆け寄る。


 そんな僕たち家族の大ピンチに、一筋の鉄槌てっついが竜に下った。これまたドゴンと鈍い音が聞こえて、恐る恐る顔を上げれば、竜は顔を痙攣けいれんさせて体は倒れて動きが完全に止まっていた。頭から真っ黒に近い赤の血を流して、その倒れた竜の上に彼が仁王立ちしていた。袖まくりした白のワイシャツに黒色のベストに長いズボン、ネクタイを少々いじってるかっこいい人。大人かと最初は思った。


『おーい!』


 そして誰かの呼ぶ声が聞こえた。竜を退治した彼を呼んでいた。同じ白のワイシャツに黒色のズボンの人。少々着崩れた大きな人だった。



 ××『もう終わってるみたいだな。流石だぜ!』

 ××『そっちの状況は』

 ××『あいつ等はもう”扉”見つけて確保してた。俺はそれを伝達しにきたってワケ』

 ××『了解』



 あの光景に見惚れていた。あの姿に憧れた。化物から華麗に助けるその姿に僕は脳が焼かれてしまったんだ。困ってる人を、力がない弱い人を助けること、この思いがいつのまにか僕にも同じことができないかと、悩んでしまう位には、この出来事が僕を変えたのだ。


 僕は手を伸ばす。助けてくれた彼に自分を気づかせるように。



 ◆



 ピピピピ。ピピ。僕は目覚まし時計を止める。部屋の中は時間切れで止まったエアコンの暖房がほのかに残る微妙な温度。温かい布団から手足を出せば、ひんやりとした空気が伝わり起きたくないと頭が考えてしまう。でも起きないと、学校に遅刻してしまう。無理に体を叩き起こして僕はベットから立ち上がる。冬の乾燥した朝が始まった。


 僕の名前は悟川ごかわ心冶しんや。15歳の中学3年生。やっと日本は冬に入り、これから増々寒くなる季節だ。そして受験シーズンの始まりでもある。何ともまあ憂鬱ゆううつとした気分だ。

 頭を動かし時計を見れば時間は6時ちょうど。僕はリビングに行き、家族用に朝ごはんを用意する。夜に焚いてた米をお椀に、味噌汁は袋閉じのやつにお湯を注ぐだけ。卵焼きがちょっと面倒くさいけど、もう慣れたものだ。目玉焼きが苦手な僕たち家族は、毎朝の卵は必ず少し甘めの卵焼きだ。冷凍食品の鮭を冷蔵庫から取り出してレンジ行き。これで朝ごはんの出来上がり。



 悟川父「おはよう。いつもありがとうね」

「んー。もう慣れてるからいいよ。父さんは仕事忙しいんだから」

 悟川父「それでも感謝は大事だよ」



 朝ごはんを机に用意すれば、既に身なりを整えた父さんがやって来る。食卓に並ぶ2人用の朝ごはん。そこには母さんの姿は無い。今はもう写真の姿しか残っていない。今は何処にいるのかさえ分からない。

 母さんは僕が6歳の時にいなくなった。離婚して出ていった。家族旅行から間もない時期に、僕にとって一番つらい出来事だった。それがきっかけで僕は心を閉ざしてしまった。今に至るまでずっと内気で、人に上手く話しかけることができないまま。引きずりすぎと言われればそうだけど、それでも大好きな母さんがいなくなって、仲良かったはずの家族の姿が見えなくなったのは、子供の僕にとっては苦しく悲しかったんだ。 



『おはようございます。今日のトップニュースです…』

『今年の10月以降”扉”の出現が増加しています。専門家によると来年には、かつての第二次世界大戦期に起きた17の悪夢の再来になる可能性もあると…』


 悟川父「最近また世の中が怖くなってるね。しんも通学路気を付けないとね」

「うん…」



 朝ごはんを終えてそそくさと、水場にお皿を入れて、自分の部屋に戻って着替える。制服姿になって、鞄を背負って、僕は玄関前に足を進める。気分が重くなっていく。学校生活はそんなにいいものじゃない。ずっと憂鬱な感情がつきまとっている。それでも行かなくちゃいけない。



『きゅ』

「出てきちゃダメだからね。絶対に」



 マフラーの中でこっそりと彼が動く。僕のこの内気な性格は、コイツのせいもあって何事も隠したがるようになってしまったんだ。面倒事が起きないよう、今までずっと隠し通して来たんだ。



「いってきます…」



 靴を履いて通学路を歩く。ため息をつく。今思えばこの人生、あまり良いことは無かった。たかが15年の足りない厚みの人生だけど。眠っては一番の思い出だったあの日を思い出して、現実に戻って気分が下がるだけ。寝る時だけの安心の薬は、朝まで続いてはくれない。僕を助けてくれたあの人は、今も人を救っているのかな。僕も彼らのようになれると思ったけど、こんな気分じゃいつまでも憧れるだけの体たらくのままだ。分かっているんだけども。



 桜城おうじょう「よーう心冶!」

「うあ、勿菟なと君。おはよう…」



 冬の季節は本当に寒い。白い息をため息交じりに吐いていると、後ろの方から誰かが突撃してきた。背中を押されて驚いたけど、振り返ればニヤニヤした顔のクラスメイト、桜城おうじょう勿菟なと君がいた。小学生の時からずっと一緒で僕の唯一の友達だ。



 桜城「なあ、心冶は何処受験するか決めてる?」

「え、特に…。普通の高校で良いかなって」

 桜城「なんだよ勿体無いな。俺は【禍福課】になれる高校目指してるぜ。”非能力者”でもできるってこと見せてやらないとな!」

「いい夢だね。応援してるよ…」



 勿菟君はかっこいい。僕と違って本気で夢を追いかけてる立派な友達だ。そんな彼を羨ましく思ってしまう。憧れを自分のものにする為に、彼はいつも早く帰っては自主練したり、何か繋がりはないかと模索したり、優秀な成績も維持してて、非の打ち所がない完璧な人だ。そんな彼はどうして僕と友達になったのかはよく分からない。



 桜城「早く進路は固めといた方が良いからな。もう10月に入ったし…進路の書類も締め切り迫ってるし…一緒のとこにするか?」

「…そうだね。でも、僕じゃ君みたいに夢とか目指せないし…」



 桜城君は優しい。誰にでも人を気遣ういい人。僕らは談笑しながら通学路を進んでいく。通り道の公園にポツンと立つ時計を見れば、時刻はまだ6時後半。この時間位だと、学校についてもクラスメイトがほとんどいないから、一番落ち着く時間がとれる。もう少し早く行こうかな。勿菟君が校庭で自主練してるのも眺めたいし。


 この現代の世の中、将来何になりたい!と子供にインタビューすれば、だいたいは【禍福課】というものを目指したがる。昔の作品や歴史人物を見れば、今の禍福課に当たる人間は皆『英雄』や『勇者』と呼ばれていた。

 18世紀未明に、突如として”扉”という厄災が現れ、それに対抗する様に人間に宿った特殊能力。来る日も来る日も気まぐれに、国や世界を脅かす厄災を跳ね除けるその能力者は崇められ、やがて一つ職業として世間に認められた。


 友達の勿菟君もそれを目指している。そして僕も憧れている。でも目指そうと足を進めてる差は歴然。それに彼は禍福課を目指す人間の中では異質だ。だって、彼には特殊能力が無い非能力者だから。この世界の人間は能力の有:無の比率は、6:4。しかも年々能力者の方が増加を続けていて、いずれ非能力者は1割程度の人口になるらしい。



 桜城「俺は非能力者でも禍福課になれるってことを証明するんだ!」

「…もうヒーローみたいだね」

 桜城「まだまだだよ。まだ今は実現の為の準備期間なんだから。それでさ、いつか一緒に禍福課になろうな!」

「…うん」



 僕は勿菟君に言っていない。きっと彼は僕を非能力者だと思ってて、一緒に目指そうって言うのも多分同じ境遇で憧れてるからって思ってる。でも実際は、僕は…。



 ◆



 学校に到着して、僕や勿菟君は自分の席に荷物を置く。席は離れ離れ。それに彼はクラス内外問わず大人気だから、基本一緒に話すのは通学路の時だけ。彼は爆速で着替えて校庭の方へ走っていく。窓際の席で良かった。彼の努力が良く見えるから。体育先生を呼びだして、いつもいつも修行してる。そのおかげで、彼の運動神経はこの学校1だ。部活に引っ張りだこだし、他校からも褒められて、まさに将来の金の卵。誰もが羨む人気者の人格者、本当に完璧な彼。欠点が非能力者なところだけって、それが彼の良さになるとも知らず。



「かっこいい…」



 僕は鞄に入れていた本を取り出す。今日はアメリカの歴史作品『テキサスの黒い嵐』。今日のニュースで聞いた『第二次世界大戦期に起きた17の悪夢』の一つ。大きな名も無いアメリカ軍の小部隊が、戦争後の旅行で偶然にも遭遇そうぐうした真っ黒な嵐をまとった敵を倒す史実の物語。当時の彼らや地元の人の話、ニュースや新聞を基に作られた本当に史実に忠実ちゅうじつな本。17の悪夢の中で一番面白い。


 彼の修行を見つつ、僕は歴史をじっくりと眺める。学校の中で一番至福の時間だ。彼の修行に付き合うという選択肢もあるけど、それはできない。彼は何度か誘ってくれたけど、僕は全部断った。勇気の無い僕には、周りの人間のねたみやそねみの目や言葉に耐えられるわけがない。



「(耐えられないのに、付き合いはずっと続いてる…)」



 それは嬉しいのか、嬉しくないのやら。

 次第にクラスに人が増えていく。男子も女子も、名前を知っているだけでまともに話したことも無い。僕と同じように内気な性格の人でも、僕には話しかけてこない。僕だけがこのクラスで孤立して、寂しい空間が広がっているだけ。小学生から地続きでこの中学だから心機一転の機会はほとんどない。早く切実に中学校卒業したい。



 ○○「あはは」

 ○○「ねーだっさー!」


「…」



 クラスが騒がしくなる。入り口前でたむろしてる男子とか、教室で椅子を向かい合わせて大声で話す女子とか、スマホが禁止でも人は集まるとうるさい。静かに僕は一人で読書するだけ。気を逸らすために僕は将来のことを考える。勿菟君が言っていた通り、将来をもっと固める必要がある。普通の高校に行ったら、十中八九僕の嫌いな人が集まる。じゃあ、勿菟君が行こうとする高校が良いのかな。でも、



 ○○「ねえねえ、聞いた?勿菟ぴってあの学校目指すらしいよ」

 ○○「え、【勇星いさぼし高校】ってこと?マジヤバすぎ!」



 あ、無理だ。常に受験で倍率100倍超え、偏差値70超えてるガチの有名名門学校だ。僕の頭じゃギリギリすぎるし、何より輝きを放つ恐ろしい学校(偏見)だ。成績は一応4と5以外ないけども!オール5の勿菟君とは差があるし、運動神経は雑魚だし、歴史とか文学の本ばかり読む面白みも無い人間だし、コミュニケーション能力は皆無だし…僕には無理だと結論が出た。



 ○○「あんなに有望なのに彼女いないんだってねー」

 ○○「私狙おうっかな…」

 ○○「はー?勿菟ぴは皆の勿菟ぴだし…アイツが独占してるのマジムカつくよね」



 いや、いやいやいや。僕が彼と話してるの通学と下校の時だけだし。ああ僕の方がムカつく。アイツ等の卑しく汚い”心の声”が僕の方に流れ込んでくる。気持ち悪い、気分が悪い。いつもそうだ。だから学校に来たくないんだ。どうしてこんな”力”を持ってしまったんだ。



 ○○「てか、小学生時からそうなんだけど、何でアイツって夏でもマフラーしてんだろ」

 ○○「えー中二病なだけじゃねw?」

 ○○「引っ張れば何か入ってるでしょ」



 マズイ。僕の方に来るよコレ。うぐぐぐ。しかもマフラーを取りに来るって。僕が今まで死守し続けてた秘密を、こんなクラスメイトがいっぱいいる状態で暴かれたら一生の笑われ者だ。何とかして逃げないと。



「ちょっとお手洗い…」

 ○○「ねぇー悟川君?」

「え、はい。(嘘だろ早すぎでしょ。何でいるんだよ忍者かよアサシンかよ)」

 ○○「なんでずっとマフラーしてるの?部屋の中は着ちゃいけないって、先生いつも言ってるじゃん」

「傷があって人に見せたくないんです…。包帯だと取り換えが面倒くさくて」



 営業スマイルで乗り切る。でも向こうは人の苦労を愚弄ぐろうする化物。まともに取り合えば己のストレスが溜まり、適当にあしらえば尚更嫌悪の表情を向けられる。普通に死ぬ。向こうも憎い笑顔で話を続ける。意地でも僕の秘密を探りたいみたいだ。あと、首の傷のことは本当だ。一番見られたくないのはコイツのことだけど。



 ○○「えー可哀想」

 ○○「大丈夫?見せてみ?」

「結構です。本当に自分でも痛々しい傷なので」


 ○○「そうなの?んじゃあさ…」

「?」



 ◆



 ○○「桜城君と関わるのやめてくれる?」

「はい?」


 ○○「いやーね。本当は離したくないよ?でも、遊びに誘っても修行だ何だ言ってさ断るんだよね。一緒に帰ろうとか言っても、心冶がいるから嫌だって(だから邪魔なんだよね~)」

「…彼がそう言ってるなら仕方ないですよ。本人が嫌と言ってるなら、無理にやるのは…」


 ○○「いやでもさ…(さっさと受け入れろよカス)」

「……カスだなんて」

 ○○「は?(何だこいつ)」

「何だこいつって」

 ○○「…!」



 心を読んで反芻はんすうする。正直言って腹が立ってしょうがない。自分の思ってることが他人に筒抜けって、自分も嫌だから本当はしたくないけど、こんな自分のことしか考えてない傲慢な人の要求に従いたくはない。HRももうすぐ始まる。さっさと興味失くして…



 ××「うるせえな!」

「ぐっ!」



 窓に体が叩きつけられる。女子に思いっきり両手で首根っこを掴まれて、その実首を絞められている。女子と男子だと力の差がある。でも、その差を能力で埋めることは簡単だ。人の能力とか気にしたこと無いけど、この人は握力を強くする能力かな。地味だから分かりづらいけど、僕の首を絞める力を入れる程、人間とは思えない腕力が伝わってくる。


 …こういう時に、自分の能力が反撃できる程強かったら良かったのに。どうして、母さんと同じ力だったのは嬉しかったのに、人の心を読むことしかできない。人の心の感情に流されやすいだけ。どうして、、涙が不可抗力に溢れてしまう。



「あ、がっ…!」

 ××「いつもいつも目障りで邪魔なんだよ!」



 邪魔した覚え無いんだけど…。やばい意識が薄れそう…。周りを少し見ても皆体が動かないまま。寧ろ、僕の悲惨な状況を誰も見ていない?ど、どういうこと…!あぁ、もう無理だ。女子の方に目をやる。思わず恐怖で体がはねた。人間がする目じゃない。全てを憎しむ恐ろしい目つきをして、細い腕が黒く血管が浮き上がる程、僕の首を絞め殺そうとしている。



 桜城「おい!何してるんだ!」

「な、なとく、」

 ××「なんだ貴様!!貴様もまた邪魔するのか!!!」

 桜城「貴様??そんなの知るか!」



 女子は勿菟君に飛びかかる。バチン!と勿菟君は女子生徒の顔を思いっきりビンタした。それ以降はわからない。僕は安心感と呼吸を忘れたせいで気を失った。




 ◆




 気が付いたら僕は保健室で寝ていた。傍には僕の荷物がまとめて置いてあった。



 先生「あ、起きたね。大丈夫?酸欠で倒れていたって…」

「はい…あ、勿菟君」


 先生「桜城君は担任と話してるけど、」

「あの。彼に助けてくれてありがとうって伝えてください…」


 先生「そう…あ、あと貴方の首を絞めてた子ね。何も憶えて無いって…」

「そうですか。でも、そうですよね。だってあの人の顔すごく怖かったので…」


 先生「それで、何か危ないのが憑いてないか調査することになってね。協力してもらえる?」

「はい」



 そこから、多分禍福課の人が保健室にやって来て、体中や荷物を調べられたけど何も分からなかったみたいだ。首を傾げながら僕の周りを調べても、”呪い”とかその類かと思っても、何一つ形跡が残っていないようだった。でも僕がマフラーに隠していたアイツを見ると、大人たちの目つきが変わった。



『これはあれだな…』

『でしょうね。久しぶりにこの案件ですね。あの人に伝えましょう』



 と、僕には分からない会話を続け僕は解放された。でも、色々ごたごたがあったので今日は帰るようにと促され、僕は初めての早退をした。こういうのって帰して大丈夫なのかな。帰れるのはラッキーだけど。…勿菟君は大丈夫なのかな。思いっきり人の顔にビンタしてたし…。



 ××「なあアンタ!」

「え、え?な、なんですか?」



  急に後ろから知らない人が話しかけてきた。水色で火のように燃え上がる髪に狛眉で、大きな青色の目をしている。服装を見ればこの近くにある別の中学校の制服を着ている人だ。



「えっと、南場川みなみばがわ中の方ですか?」

 釣瓶「おう。俺は釣瓶つるべ。禍福課を目指す中3だぜ」

「僕は悟川です。何か用事でも?」

 釣瓶「え、何となく。友達になれそうだから!」

「?」



 友達作りってそういうモノなのかな。勿菟君も僕が一人で教室にいた時に、急に話しかけてきたからなあ。それと同じものかな。



 釣瓶「もしアンタが暇だったら、色々話したいから公園行こうぜ!」

「うん。いいよ」



 お父さんは仕事で忙しいし、学校からの連絡があっても多分家には行けない。それに僕も早退する時に、一人で帰りますって言ったし多分大丈夫。それに勿菟君以外で仲良くできそうな同い年は初めてだ。これが今まで失っていた新しい出会いのチャンスなのかな。僕は2つ返事で釣瓶君と一緒にいつも通学路で見る公園に向かった。2人でブランコに乗って、色々お話をする。



「釣瓶君はどうしてこんな時間に?」

 釣瓶「んー。学校嫌いだから」



 はっきりと彼はそう言った。至極真面目で真顔で。彼の心に嘘はない。僕も学校は嫌い。でも、一度も休んだことは無い。怪我も病気も何もなく、健康健全に生きて来た。心を病むことは結構あったけど、勿菟君と仲良かったおかげか明確ないじめを受けたことは無かった。仲間外れと無視とひそひそ噂話だけだったし(感覚麻痺)



「嫌いなのは一緒だね」

 釣瓶「あはは。だから、高校こそは良い奴らとかと友達なろうかなって…」

「高校かあ。進路はもう決まってるの?」

 釣瓶「おう。流石に勇星高校は無理だから、同じ禍福課目指せる【福禍さいか高校】ってやつ」



 【福禍高校】。私立の学校だけど特例で学費の6割が免除されてる半分公立の学校だ。父さんが僕に勧めた学校だから一応色々と調べたけど…理事長の人が禍福課を職業と世界的に認めさせ、17の悪夢を討伐した人を新しい歴史として残そうと本を作らせたのもその人。扉から連なる厄災や禍福課、特殊能力に関しては誰もが知る”偉人”なのだ。その人が創設したのが、福禍学校。勇星高校とは違って、倍率は10倍以上にはならず、偏差値も60ちょうど。僕なら範囲内の学校だ。



「僕もそこにしようかな…」

 釣瓶「マジで?じゃあ、一緒の学校行けるように頑張ろうぜ!」

「そうだね。でも、禍福課を目指すっていうのなら実技試験とかあるのかな…」


 釣瓶「それ全部理事長の判断で変わるらしいぞ」

「えぇ?そんなのいいの?」

 釣瓶「世界的に有名な人間だからなー多少は許されるんじゃね?」

「そうかな…」

 釣瓶「ただ、10月にはもう決めてるらしいぜ。ほら、ネットに書いてある」



 釣瓶君が鞄からスマホを取り出し、僕にニュース画面を見せつける。スマホ持ってて良いんだ…。そのニュースには、理事長の決めた受験内容が詳細に書かれている。推薦枠の人は筆記と実技試験の2つ。一般枠は筆記のみ…だけど、私立の3教科とプラスで特殊歴史という禍福課や扉の歴史問題の筆記がある。



「全然いける」

 釣瓶「へー勉強には自信あり?」

「まあね」



 僕らは笑う。この笑いに深い意味は無い。でも、嬉しくて仕方がない。ぼんやりとした不安な未来が、明るく道が少し見え始めたのかもしれない。前にも何かこんな嬉しいことがあったような…。別に人生に深く刻むような言葉を言われたわけじゃないのに。



 ◆



 頭上に大きな影が揺らめく。何事かと僕らが上を向けば、雄大に空を泳ぐ赤黒白の鯉がいた。普通じゃあり得ないその鯉の化け物は何処に行くのか、真っ直ぐに進んでいく。鯉が向かっている方には僕の学校がある。



「あ、あれ、僕の学校の方に行ってる…」

 釣瓶「マジか。追いかけてみるか?、、何かあの鯉喋ってないか?」


『喰う食う。くうになった。あそこ、あそこに、才能君がいる。甘い、甘い勿菟の味』


「勿菟君!」



 僕は一瞬にして言葉を理解した。理解してからの行動は自分でも無意識のうちに体が動いていた。無我夢中でただただ学校の道を進んで、進んで、進んで、進んで、自分の能力は嫌いだし、あんな化け物を倒す力も無いけど。



 釣瓶「足速っ!!!?」



 今までの自分が見たら驚くと思う。だって、学校に向かう時はいつだって気分が暗くて足を遅くしていたのに。今こうして人生で初めて足をこんなに速くして向かってるんだ。でも、僕こんなに足速かったっけ…。

 鯉の泳ぐスピードは速い。僕よりとっくに学校についていた。そして勿菟君がいないか学校の周りを目を動かして物色している。遠目からでも見える、遠くからでも聞こえる、学校の皆の悲鳴と恐怖の声が。感情に流されるな!僕は!僕は!



 鯉は体育館に目標を定める。あそこに皆が集まってる。地震や火事と違って向こうは全く読めない化物だ。非難した先が絶対に助かる保証はない。禍福課の人が間に合う保証が無い。ここはただでさえ繁華街から離れた住宅街の海の中の学校。交番でさえ数十メートルも離れた先にあるしょうもない学校。



『きゅう!』

「え、ルナ!?」

『きゅ、きゅきゅ!』

「…信じるよ」



 僕も学校に辿り着いた。校門をくぐり昇降口から真っ先に階段を上がる、鯉の化け物は体育館を飲み込もうと地面の方へ低空飛行している。ソイツよりもっと上を取る。階段を上がって上がって、途中でマフラーを投げ捨てて、全速力でスピードも落とさない。でも目の前には屋上に続く扉が固く閉じている。僕は思いっきり叫んだ。言葉で開くわけないのに気が狂ってた。



「開けて!!!!」



 ガチャン。扉がひとりでに動いた。僕は屋上の扉に突入し、外の光を浴びる。目を動かし、体育館の方に足を進める。この学校は少し古いから屋上に柵は無い。一歩足を間違えれば4階の高さから真っ逆さまだ。鯉は体育館の方に夢中で僕には気づいていない。向こう側にいなくてよかった。足を止める。息を整える。一か八かの自分の命を懸ける勝負だ!


 思い出す。あの日の夢の続き。



『すっごい!かっこいい!』

 ××『…ありがと』

『僕にも2人のよーにできますか!?』



 ××『力と思いの強さがあればできるっスよ!』

 ××『…そうだな。誰かを助けたいって気持ちがあるのならできるさ』



 思いを一つに、ルナに込める。



「ルナ」

『きゅう!』

「僕は勿菟君をまもる!」



 僕はルナを握る。そして、助走をつけて鯉目掛けて飛びかかった。危険も承知!!!



 桜城「……心冶!」



 ルナの姿が変わる。同じオレンジを帯びた朱色の丸い姿が、長い如意棒の形に変形する。その先には鋭い刃が槍の姿で顕現けんげんした。その刃のもっと先には、鯉の化け物の天辺!脳みそだあああ!!!


 ザクウウ!!と槍は鯉の頭上を貫いた。貫通した頭は再起不能。鯉はその場に崩れ落ちていった。血が溢れている。あの人のように綺麗に血を流さないようには出来なかったけど、止めることはできたんだ。



 ◆



 それ以降はよく憶えていない。あとからやって来た禍福課の人に、物凄い怒られた。


『許可証も、免許も無い君がやったのは例え良いことでも、悪いことだ!』

「はい…」


 釣瓶「悟川!」

『君、他校の友達かね。友達なら、こういう危険な行為は止めさせないとダメだろ』

「僕が勝手に突っ走ったことです!彼に責任はありません」


『そう。でも、君のやったことは自分の命を捨てる危ない行動だ!』

「…」

『だが、その勇姿は忘れないことだ。次からは許可または免許を取ってからするように。そして、無茶はしないように!』

「…はい!」



 でも少しだけ褒められた。血まみれの僕は禍福課の人に拭かれて検査をされて帰された。最後の最後に反省と書かれた赤い判子をおでこに押されて。釣瓶君と一緒に帰路につく。



 釣瓶「アンタすげえよ!マジで!」

「褒められたことじゃないよ。実際、自分の命を脅かした危険な行為だし」

 釣瓶「でもでも、すごかった!かっこいい!」

「あはは。ありがとう。釣瓶君」

 釣瓶「燈爾とうじで良いよ!俺、マジで最高なアンタに会えて良かった気がする!なあ名前教えて!」

「…僕は心冶。僕も君に会えて良かったかも」



 この日、僕に新しい友達ができた。

 家に帰ったら、先生からの連絡で涙まみれの父さんが抱き着いてきた。おいおい泣きながら僕の生存を喜んでいた。



 悟川父「まさか君が、本当に禍福課の人みたいにやるなんてね。お母さんもきっと喜んでるよ」

「そうかな」

 悟川父「そうさ!だって、あの人はあの旅行の時に言ってたよ。心が寝てる時だったな~」

「何を?」


 悟川父「些細な弱さや繊細な脆さに気づけるのが、サトリの能力者の良い所だって。誰かの晒しだせない本当の気持ちを理解して救う。心冶は絶対に禍福課になれるって」


『お母さんはね、どんなに離れても心が大好きだからね。いつか弱い人たちを助けて、手を差し伸べて居場所を作れるそんな人になってね』



  母さんは、僕の未来を視ていたのかな。今まで人の心の感情なんてノイズとしか思っていなかった。でもそれは自分本位なところがあって、その心の声には本当に助けを求める人もいるんだって。あの人たちみたいに強さが無くても、この人を救う気持ちを育てて強くして、それに見合うような姿になれば、僕の将来の理想の姿になれるのかもしれない。



 点と点が線になり、道になる。その先を目指す。かつて5歳の時に味わったあの日から、漠然と輝いていた憧れと夢が、もう埃被っていたはずなのに。15のこの年に、僕の心の中で強くまた光り輝き始めたんだ。未来への扉が開かれたんだ。



桜城おうじょう勿菟なと:男・15歳・172cm・9月21日生まれ・一人称【俺】出身:東京(西側)

非能力者。

人当たりが良い好青年。成績優秀・運動神経抜群と非の打ち所がない完璧優等生。実は心冶が能力を持っているということは知ってる。心冶がいじめられているのも知っていて守っていたこともあって、彼が学校をやめない理由にもなった。

好物:コーヒー・運動・竹林・天体観測

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