表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/41

第22挑☆酸の泉で再会! 藤花の涙 中

「下がれ!」


 俺が叫ぶと、農民たちが一斉にもと来た方向に走り出した。


 羅忌が口から酸を噴き出す! 広間の入り口に向かって酸の塊が降ってくる。赤鬼が野太刀で酸の塊を切る。廊下側に酸が入り込まないよう、防御した。


 そのはずだった。赤鬼が切った酸の塊は弾け、廊下側に飛んできた。


「危ない!」


 蕾は藤花を自分の影に隠した。蕾の右脚に、酸がぶつかり、皮膚を焼いた。


「っつ……!」


 右脚のふくらはぎが焼けただれた。蕾は藤花の両肩を抱いて、倒れずに踏ん張っている。


「蕾ちゃんっ!」


 藤花の悲鳴にも似た声が響く。蕾は藤花を落ち着かせるように言った。


「大丈夫。それより、藤花はモデルなんだから。大事な身体が傷ついたらダメなんだから」


「そんなの……そんなの、蕾ちゃんもいっしょじゃない!」


 藤花は広間の奥――小さく見える、大統領の執務室の扉に向かって叫んだ。


「大統領! いい加減に出てきて! この騒ぎ、わかっているでしょう。お願いだから、話を聞いて! もうこれ以上、みんなを苦しめないで!」


 藤花の叫びが届いたのか、執務室の扉が開いた。出て来たのは大統領――藤花の親父だ。武装した男を両脇に1人ずつ従えて、広間に向かってきた。といっても、広間はもう酸の泉になっているんだが。


 酸の泉を挟んで、藤花と大統領が対面した。


 大統領は先に空を見上げて、羅忌に呆れた声をかけた。


「まったく、何をやっているんだ、羅忌。こんな下賤の者など、一瞬で始末せんか」


「……申し訳ございません」


「お前は減俸だ。やられた者たちも全員給料没収だ」


 こいつ。てめーのこと守るために戦った奴らの報酬を出さないってのかよ。


 もう一回殴らねえと、わかんねえかな、こいつ。と、思ったけど、今は藤花の時間だ。藤花は、大統領に向かって言った。


「大統領、私のお願いを聞いてください。国民ひとりひとりに100万ゴールドを返してください。そして、お米の売り上げの90パーセントを国民の取り分とする法律を定め、世界に向けて発表してください」


「藤花、お前は何を言っているんだ? それは、犯罪者がほざいたことだろう」


「いいえ。もとはといえば、私が考えたことです。大統領、もう国民を苦しめる政治はやめましょう。国民を豊かにする政策をとってください」


 それを聞いて、大統領は鼻で笑った。


「何を馬鹿なことを言っているんだ。私のおかげでこの国は戦争にも巻き込まれず、平和でいられるんだ! 国民が苦しむ⁉ いったい何がだ。仕事がある、飯も食える。それで充分じゃないか」


「でも、自由がありません!」


「自由がなくたって生きていける。それで充分じゃないか。自由とは、自由を得られるだけの富と権力、そして実力がある者にだけ認められるものだ。その辺の農民に、そんなものは備わっていない」


「それは、大統領が富を独占しているからではありませんか」


「私の仕事に見合った対価を得ているだけだ! 藤花、もういいから戻ってきなさい。お前が戻ってくるなら、そこの愚民どもの罪も許そう。な、そろそろパパを困らせるのをやめてくれ」


 大統領が笑いながら両腕を広げた。


 藤花はうつむき、両手を握りしめた。そっと蕾から離れて、大統領に向かって歩き出した。


「藤花……?」


 藤花は酸の泉の手前で立ち止まった。ここからまっすぐに大統領のもとに進むことはできない。どうするつもりだ?


「……私が死んだら、願いを聞いてくれますか?」


「は……?」


 藤花の目は真剣だ。だが、大統領は笑った。


「あっはははは、何を馬鹿な。そんなこと、できるわけがないだろう。いいから戻ってきなさい、藤花」


 なおも両腕を広げる大統領。その危機感のない表情を一瞥したあと、藤花は酸の泉に向かって飛んだ。


「あ!!」


 やべえ! 本気じゃねえか!


 俺とカイソンが走る。落下していく藤花の身体。蕾の悲鳴を突き抜けるように、モコの触手が伸びる。


 あと数ミリのところだった。藤花の身体を、モコの触手が絡めとった。少しだけ酸に触れた栗色の髪の毛先と、水色のドレスの裾が溶けてしまったが、藤花は無事だ。


 モコがゆっくりと藤花を持ち上げ、床におろした。藤花は床にへたりこみ、涙を流している。


「藤花!」


 すぐさま蕾が藤花に寄り添った。


 大統領は、真っ青な顔で慌てふためいている。


「と、藤花! なんだなんだ、心の病か⁉ おい、お前たち、すぐに藤花を病院に連れていけ!」


 両脇の護衛になんか言ってっけどよ。


「病院に行かなきゃなんねえのはてめーのほうじゃねえのか」


 俺は大統領に向かって怒鳴った。


「てめーの娘がよ、命懸けで訴えてんだぞ! みんなのために、親友のために、命張ってじゃねえか! いい加減、わかってやれよ」


「……くっ……」


 大統領が唇を噛む。藤花は蕾の手を握って、声を振り絞った。


「お願い。蕾ちゃんの夢は、私の夢。蕾ちゃんの夢を叶えたいの。ヘーアンの国を、みんなが自由に生きられる国にしたいの」



 少しの間のあと、大統領が小さくつぶやいた。


「……80パーセント」


 なんだ?


「80パーセントだ。米の売り上げの80パーセントは国民に与える。譲れるのはここまでだ」


 それって。


 藤花の目が大きく開いた。蕾も頬を赤くして、藤花を見た。


 廊下中に人々の歓声が響き渡る。それは、外にいる人々にも伝わっていく。


「80パーセントだって!」


「給料が今までの何倍になるんだ?」


「いや、もう、計算なんかいらない!」


「貧乏生活脱出だ!」


「藤花様、ばんざい!!」


 人々の大歓声のなか、蕾は藤花に向かって言った。


「ありがとう、藤花」


 抱き合う蕾と藤花を見て、蕾の親父が泣いている。大統領は、静かに執務室に戻っていった。


「ちっ」


 オオムラサキと羅忌も、夜の闇に消えていく。


 よかったな、蕾、藤花。



 ……ん?


 関根と赤鬼が、酸の泉のほうを見ている。どうしたんだ?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ