魔猪によるトンカツ、最高級黒毛豚を軽く越える
「魔猪の味はやっぱり豚系か。しかも、最高級黒毛豚を軽く越えるな」
俺はしっかり熟成した魔猪肉を軽くあぶって食べてみた。
見た目は光沢と弾力に富み、保水性が高く肉がよくしまっている。脂肪はべとつかず、甘いがさっぱりしている。肉は繊維が細かくやわらかい。アミノ酸の多さははっきりわかる。魔牛とは違う特有の美味しさがある。しかも、肉の臭みがない。
「これ、かなりいけるぞ」
そうとなれば、さっそく作った料理はトンカツ。いや、イノカツとでも言うべきか?
トンカツはステーキ以上に温度管理が非常に重要だ。豚肉は必ずしっかり加熱する必要がある。火が通っていないと食中毒の怖れがあるのだ。この魔猪も同じであるとは限らないが、いずれにしても肉に火を通さない理由はない。
しかし、温度を上げすぎると火が通りすぎて肉がパサパサになってしまう。
丁度の温度で揚げたトンカツは、断面がピンク色で非常にジューシーなものになる。このピンク色がトンカツを判断するポイントの一つだ。
また、下手くそがトンカツを揚げると衣が肉から剥がれてしまう。これも外見から簡単に判断できるトンカツのポイントだ。
衣が肉から剥がれる原因は、肉が縮むことと衣の付け方にムラがあることの二つが大きい。
肉はしっかりと叩いて縮ませない。勿論、加熱し過ぎによる肉の縮みは論外。
また、小麦粉・卵・パン粉にも付け方にコツがある。小麦粉はしっかりと肉につけ、余分な小麦粉をはたく。卵をつけたら絶対に触らない。細い鉄串などで持ち上げる。大量のパン粉に寝かせてぎゅっと圧縮させる。
揚げ油は猪の背脂を使用。これで肉にさらなる甘みと香ばしさが加わる。温度はステーキ同様、弱火が基本。最後に強火で衣に揚げ色をつける。
揚がったら網の上にトンカツを立てかけしばらく休ませる。これでサクサクジューシーなトンカツの出来上がりだ。
さて、トンカツを揚げる前に用意するものがある。トンカツソースだ。
ウスターソース、中濃ソース、トンカツソース、焼きそばソース、お好み焼きソースはウスターソースの仲間である。材料が非常に似ている。
ウスターソースの元祖はイギリスのリーペリンソースらしい。辛味や酸味が強く、甘さはない。日本のソースのようにドバドバと使うものじゃない。隠し味に使うと丁度いい。
日本の各種ウスターソース類の違いは、味付けとトロ味。トロ味は主に野菜・果物の繊維質で出す。煮出した材料をミキサーにかけ、それを濾したりしてトロ味を調整する。
完成には時間はかかるが、難しいものじゃない。極端なことを言えば、冷蔵庫のあまりもの(野菜・果物・ハーブ類・調味料類)を適当に処理して鍋で沸騰寸前まで煮込み、粗熱をとったら数日寝かす。濾したらウスターソースだし、濾したものをミキサーにかけてトロ味を調整すればその他のソースになる。
「なんや、この肉。赤い色しとるやないか。火が通ってないで」
「そこがポイントなんだって。淡い赤色だろ?ちゃんと火が通っているぞ。しかもジューシーさを失わないギリギリの線を攻めてるんだ。魔牛で学習したろ?」
「ほう……甘辛いソースと肉の香りが芳ばしいの。サクサクな衣の表面を噛むとフワッとした肉の柔かさと脂肪の甘み、ジューシーな肉の美味さが口に広がるの」
「衣も肉から剥がれてないだろ?そこもポイントの一つなんだぜ」
「なるほど。添えてあるキャベツも口直しにいいの」
「ご飯も一緒に食べてくれよ。トンカツには美味い米飯が不可欠なんだ」
「おお、確かに」
◇
トンカツ(イノカツ)は大評判だった。焼き肉ではなく、トンカツ目当ての客も増えてきた。昼飯にも出してほしいという要望が殺到し、俺は苦労してトンカツ魔道具を作った。
「豚料理はトンカツだけじゃないぞ。広がりのある食材だからな」
「ほう。ちょっと食わせてみるのじゃ」
「待ってますわ」
「だべ」
「ワフ!ミャー!」
俺は気の向くまま次々と豚料理を繰り出した。
ポークソテー、生姜焼き、豚野菜炒め、豚玉お好み焼き、肉じゃが、豚骨ラーメン、回鍋肉、酢豚、豚の角煮……
「むむむ、攻撃力が高いの。妾はお腹いっぱいじゃ。大満足じゃの」
「わたくし、まだお腹に入りますわ」
「オラもだべ」
「ワフ!ミャー!」




