魔猪 エリュマントス
「なあ、ダンジョンに豚相当の魔物はおらんのか?」
俺的には肉の王様である豚肉が欲しいのだが、わざわざ外から豚を買ってきて飼育するのは御免被りたかった。飼育は非常に面倒だし、情が移ってしまう。
「うーん、そうじゃの、ドンピシャはおらんの。近いところでオークがおるが」
「二足歩行のやつか?」
オークはファンタジー音痴の俺でも知ってる。
「なんだか、亜人みたいでちょっと引くな」
流石に人間に近い姿をした魔物は生理的に無理だ。
「うーむ、それでは魔猪がおるが。正式にはエリュマントスという種族名のがな」
「猪か?豚の祖先みたいなもんだよな?」
「確かに親戚じゃがの。魔猪はの、かなりやっかいなんじゃ」
フレイヤが言うには、魔猪は
肩高 3m以上
体重5トン以上
の象なみの巨体で足が速くタフだ。
しかも、雷魔法を使う。
「15階層付近におるのじゃが、高位魔物も避けたがる魔物なのじゃ」
「美味いのか?」
「どうじゃろ。肉は不味くはないしあっさりしておるが、凄い弾力での。噛み切れんのじゃ」
うーむ。
癖がないのなら、熟成次第で化けるかもしれんな。
「ちょっと行ってみたいんだが。そういや、11階層より奥に行ったことなかったわ」
「このダンジョンはの、奥だからといって必ずしも魔物が強くなるわけではない。魔素は濃くなるがの。じゃが、魔猪は魔牛も裸足で逃げ出す強さじゃからの。まあ、チャレンジしてみるか」
◇
15階層までは俺達は気配を消してこっそりとたどり着いた。一度たどり着けば、あとは転移魔法陣が使える。
「ええか、おそらく魔猪には隠蔽スキルの類は効果がない。かなり敏感なんじゃ。かといって遠距離から攻撃しても魔法だと防御力が高くて多分ムリじゃの。物理攻撃なら多少のチャンスがあるかもしれんが、現状、物理遠距離攻撃はできんじゃろ?」
「そうだな。近距離攻撃しか手がないってことか」
「うむ。それと、見つかったらまず雷魔法をぶっ放してくるのじゃ」
「強力なのか」
「太さ30cm程度の木なら簡単に裂けてしまうの」
「ああ、魔法障壁は必須か」
「うむ。雷攻撃のあとは即突っ込んでくるのじゃ。まさしく猪突猛進。小回りがきかんのが奴らの弱点じゃの。しかし、破壊力は並ではないから十分注意するのじゃ」
体重は5トン前後だという。日本でよく見かける4トントラックに若干の荷物を乗せて突っ込んでくるわけだ。正面から突っ込んでこられたら、俺も異次元に転生するかもしれん。
「魔法障壁と物理防御結界を二重がけして対処するわ」
「うむ。いけるか?」
「やってみんとわからん」
俺は愛用の出刃包丁を手に握りしめた。包丁によって威力が違う。肉や骨を断ち切るには出刃包丁が一番だ。
15階層への入口を通り抜ける。
草原とも森ともつかない地帯に出た。
「確かに殺気が充満してるな。14階層までとは雰囲気が違う」
「うむ。この重苦しさは魔素の濃さも原因の一つじゃが、ここに生息する魔猪の圧力も相当なものじゃからな」
俺はすぐに気配察知を飛ばしてあたりを探りつつ、前進する。10分ほど移動すると
「お、いたぞ。前方約100m」
「こちらが先にキャッチしたか。どうする?」
「中距離攻撃で先制してみるわ」
俺は包丁に気を送り攻撃体制に入ると、
「千切り!」
これは風魔法の風刃に相当する。千切りなので、刃も多数飛んでいく。しかも、対象を自動追尾する。一度狙えばはずすことはない。
「グォ!」
攻撃はヒットした。
しかし
「ズガン!」
魔猪には攻撃が通らず、逆に反撃の雷魔法をぶっ放してきた。
俺は即座に飛び退いたのだが、
「うわっ!」
雷魔法は俺に直撃した。魔法障壁をかけているとはいえ、一部が俺の体になだれ込んできる。
「クソっ、痺れたぞ。フレイヤ、一旦撤退する」
「うむ」




