熟成魔牛焼き肉を求めて大行列
店内には肉を焼くジュージューという音と焼き肉特有の匂いが充満する。
「はい、おまたせしました」
「うわっ、すっごいいい匂い!」
「ホントだ。普通に焼いた牛肉の香りに、甘いフルーツみたいな?香気が混ざった感じだね」
「凄いジューシーだね。肉の断面から溢れているよ」
「僕たちが肉を焼くと高温でパサパサにしちゃうからね」
「そうそう。そして、肉の中心が思いっきりレア」
「やっぱりの、早く食べないと森に吸収されてしまうからの」
「だね。すると、この肉は魔素を抜いているということ?」
「うむ。この者の得意技じゃ」
「ああ、なるほど。魔素を抜くって意識、僕たちにはないからね」
「おお、食べるとまた凄いな。柔らかくて肉汁が口に広がる」
「肉汁の旨味が凄いよね。あと、コクも濃厚だし」
「飲み込むと、鼻に抜ける甘い香りがまたいいよ」
「これが魔牛の味なのか」
「今まで食べてた魔牛とは別もんだな」
「りんご酒もまた爽やかでいいな」
「うむ。ちょうど肉の脂身を洗い流してくれる感じだ」
「それとね、ここの料理食べると体調が良くなる気がするんだよ」
「そう?あれ、そういえば、僕の古傷が治ってるぞ!」
「ここの料理って、体を整える効果もあるってか?」
◇
「どうも、ごちそう様。お陰様で体調のよくなったし、もっと食べたいんだけど、八分目にしておくよ。味わって食べないと勿体ないからね。じゃあ、また明日」
「どうもありがとうございました。またのお越しを」
大急ぎで開店してみたが、
お客様はこの1組だけだった。
「結局、1組だけだったか。まあ、宣伝も何もしてないしな」
「それにしても古傷が治ったとか、俺の料理にそんな効果があるのか?」
「それは妾も感じておったぞ。体調がすこぶる良いのじゃ」
「ああ、それは俺も感じてたけど、単に転生したせいだと思ってたよ」
「オデは若返ったぞ」
「そういや、毛がツヤツヤフンワリしてきたよな」
「ふむ、先々楽しみじゃの。ちょっと知り合いに言っておくから、明日は少しは来ると思うのじゃ」
◇
その言葉通り、次の日は10組が来店した。
その次の日は20組。
「フレイヤの声掛けが良かったかな」
「いや、妾が声をかけとらん客も来てるのじゃ」
「口コミが少しは広がってるかな?」
「ちょっと食堂の入口が狭いのが気になるのじゃ」
「そうだな。巨大なお客さんが来たら入れんもんな」
「高位魔物の多くは自分のサイズを変えられるがの、全員ではないのじゃ」
「オープンテラスでも作るか」
「なんじゃそれは」
「店の外にテーブルと椅子を設けるのさ」
「ふむ。それはいい考えなのじゃ。森のダンジョンは雨が降らんからの。年中温暖で、むしろ外のほうが気持ちいいのじゃ」
オープンテラスとして5テーブルほど設けてみた。
「こうなると、テラス含めた庭もキレイにしてみたいな」
「ふむ。まず、柵を作って猫結界を強化したいの」
「だな。まずは防御からか。入口をアーチで囲って、ガルムに結界の開閉をやってもらうか」
「わかったべ。オデにまかせてな」
「美観もよくするべきじゃろ」
「うーむ。外からの視線は少し避けたいな。まあ、軽く花とかで囲っておくか」
「まだどうなるかわからんから、ゆっくり考えたほうがいいと思うのじゃ」
「だな」
順調そうな立ち上がりでホッとしていたが、4日めになると事件がおきた。開店となる夕暮れ時。
「おいおい、続々と集まってきてるじゃねえか」
「うーむ、行列ができてるのじゃ」
「てか、巨大なやつもいるぞ。ありゃ、店に入れんな」
「オープン・テラス作っておいてよかったのじゃ」
「というか、テラス席を増やさんと収容できんぞ」
俺は慌てて土魔法でテーブルと椅子を作る。
「あー、みなさん。お集まりいただきありがとうございます。今から開店いたします。急遽席を用意しましたので、お好きな場所におすわりください」
しかし、これは困ったぞ。
現時点で集まった客は50体を超えている。
俺は急遽、焼き肉魔導具を増やした。もともとは3台作っておいた。さらに2台作り、合計5台。それぞれ、厚さ3cm程度の肉ならば、1分以内に焼き上がる。
問題はもう一つある。
皿やコップ、カトラリーは50セットしかない。
「【フレイヤ】、お客さんは50人で打ち止め。あとは待ちな。それと、1客で1皿限定。追加注文は駄目。というか、ムリ」
【フレイヤ】にはウェイトレスをやってもらう。
猫の姿ではやりにくいので、エルフの格好でだ。
まずはお水。
「おろ?この波動は【フレイヤ】様か?」
「そうじゃ。ここで手伝いをしておるのじゃ」
「ははあ、それは有り難いことで……で、なんですか、このお水は」
「無料サービスなのじゃ」
「ほう。良心的なんですな」
この世界では最初に水は出てこない。
頼むと有料になるらしい。
「ゴクゴク……ほお、いい水使ってますな」
「いい舌を持ってるのじゃ。水の精霊の泉水じゃ」
「ああ、そういや10階層に精霊の泉水ありましたな。あいつら案外気難かしいのですが」
「まあ、長年の付き合いなのじゃ」
「ところで、敷地の入口で寝そべっている子犬。なんだかおっかない波動が出てるんですが」
「ああ、やつは【ガルム】の子犬形態じゃ」
「【ガルム】様?そりゃおっかないのが……ああ、今の言葉は伝えないでくださいよ?」
「問題ないのじゃ」
◇
「ふう。大賑わいじゃねえか」
「うむ。結局150組は来たの」
「物珍しさで来場してるとしてもだ。こりゃ、いろいろ仕込みしないと品切れするぞ」
「じゃの。あと、店員が妾一人だけなのじゃ。途中から魔法で給仕したのじゃが、サーブ方法や食器の片付け・洗浄など、効率化が必要じゃし、人が足りん」
「とにかく、魔牛数頭を追加でいるな。あと、ドリンク類の仕込み。それから人はどうするんだ?」
「うーむ、一人心あたりはあるのじゃが、少し頼りないかもしれん」
「猫の手も借りたいからな」
「妾も猫の端くれじゃが、魔猫はぐうたらじゃぞ」
※後日、魔猫・黒犬ともに俺の調理品を食べて
進化するが、魔猫のぐうたらは治らず。
「料理はともかく、注文とりは人が必要だな。注文のサーブ、食器の片付け・洗浄、テーブルや床の清掃とかはできる限り魔法化するか」
「そうじゃの」
「あとな、肉を焼くのをセルフサービス化したらどうかと思うんだが」
「セルフサービスじゃと?」
「転生前にいた国では当たり前のやり方だったんだが、各テーブルに肉を焼く調理器具、無煙ロースターを置いて、お客さんが各自好きなように肉を焼いていくんだ」
「ほお。面倒ではないか」
「それがね、家族や仲間とワイワイやりながらだから、楽しいんだよ。ちょっと俺達でやってみるか?」
俺は焼き肉魔道具をテーブルに設置し、
焼き肉体験をしてもらった。
「ふむふむ、確かに楽しいの。自分のペースで肉を焼けるから焼きたてをずっと食べられるしの」
「まあ、ガルムのような大食漢には無意味かもしれんが」
ということで、セルフサービスコースを追加した。客が選択するわけだ。自分で焼くか、店側に焼いてもらうか。当初はとまどったようだったが、次第にセルフサービスの楽しさが周知されるようになり、肉は自分で焼く、ということが普通になっていった。
ロースターは焼き肉魔道具を使用するため、肉の焼き加減はジャストな状態で提供される。このロースターを欲しがる人もいるので、格安で提供したが、肉自体の品質に大きな差がある。結局、店に食べに来ることになるのであった。




