男子高生の初恋
1話目はBLです。過激な描写は全くありませんが苦手な方はお気をつけください。
そのカフェ『カンパニュラ』は駅前に店を構えていた。駅前と言っても繁華街とは程遠く、主に住宅が立ち並ぶ地域のローカルな場所だ。
主に住人達が利用する小さな商店街の外れで、モーニング・ランチを営んでいる。ディナー営業はしていない。
「こんな場所に小洒落たお店だよね」
「私達みたいなお婆さんが入って良いの?」
「ランチメニュー見たら、渋めの和食もあるわよ。ずっと気になってたのよ。入りましょうよぅ」
白髪混じりの仲よさげな女性2人が、お店の前で擦った揉んだしていると、カランカランと釣鐘の音を鳴らしながら入口のドアが開かれた。
女性達が同時に振り返ると、ドアの向こうからスラリとした長身の男性がヒョッコリ顔を出していた。
「カウンターで宜しければ、お席空いてますので、宜しかったらどうぞ?」
肌がきめ細かく髪も艷やかで、なによりも美しく整った顔立ちの店員の登場に、2人は顔を見合わせて頷いた。
「2名です」
「鯖の味噌煮定食を2つください。コーヒーは食後で2つともホットで」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
店内はさほど広くなく、カウンターが5席、4人がけの丸テーブルが5席。
オーダーを取った先程の男性店員は、手際良く鍋から味噌煮を皿に盛り付け、小鉢の肉じゃが、ほうれん草のお浸しを盆に乗せ、仕上げにホカホカの白飯をよそって定食を完成させた。
「お待たせいたしました」
そのまま男性店員が2人の前に配膳をした。
「凄くオーソドックスな間違いない品揃えよね」
「お兄さん、もしかして店長さんなの?」
声を掛けられて男性店員はニッコリ微笑んで頷いた。
「そうです。1人でやらせてもらってるので、お客様には何かとご不便をお掛けする事が多いのですが、頑張らせてもらってます」
「まあ、お若いですよね?!失礼ですがお年は……」
店長はカウンターの向こうで何やら作業をしながら、人懐っこい笑顔で答えた。
「永遠の20歳と言うことにしといて下さい。こう見えて心は乙女なので」
「ちわーっす!ハズキさん、納品に来ましたぁ」
ランチ時間を過ぎて、お客さんも2組のみと落ち着いた頃に、茶髪の若い男が段ボール箱を抱えて入ってきた。
「あら、ハルト君じゃない。こっちに置いてちょうだい。お父さん、どうかしたの?」
「どうもしないよ。ここで3時に人と待ち合わせてるから、ついでに持ってきただけ」
「ありがとうね。待ち合わせ時間まで随分あるじゃない?」
「……ああ……」
妙な間を空けてハルトは返事したかと思うと、何か思い詰めたような表情で黙り込んでしまった。
「何なのよ?時間早いなと思っただけなのに……聞いちゃまずかった?ココに座って」
「あ、いやぁ、そんな事ないんだけど」
ハズキはカウンターにハルトを座らせて冷たい水を置いた。
「それで、何か飲むの?」
「ん、関西風ミックスジュース」
「かしこまりました」
冷蔵庫からカットされたリンゴ・ミカン・バナナが入ったタッパーと牛乳を取り出してミキサーにかける。氷をたっぷり入れたグラスに注ぎ込んで仕上げに赤いさくらんぼを乗せる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。前から気になってたんだけど、何でわざわざ関西風なの?」
「ああ、1度大阪に行ったときに飲んでね。今と違ってネットなんて無い時代だから、自分の思ってたミックスジュースじゃなくて驚いたけど、凄く美味しくて気に入っちゃったの。あの人との思い出の飲み物でもあるのよ」
ハズキは思い出に浸って懐かしそうに話したが、ハルトの目は点になる。
「え?ネットがないってハズキさん何歳だよ。あの人って彼氏?」
「ああ、ワタシったら変な感じに言っちゃったわね。スマホも持たせてもらえない子供の頃の話よ!両親との旅行の思い出!」
ハルトの言葉でハズキはハッと現実に戻って慌てて訂正した。
「ビックリさせんなよー。まさかハズキさん還暦ぐらいいってんのかと思ったじゃん。それでその見た目だったら妖怪だよ」
「ははは…失礼ね!永遠の20歳だから」
この話題を終わらせるため、ハズキは洗い物を片付けはじめた。
ワタシ、多田野ハズキは、お気づきの通り体は男・心は乙女の28歳。小さいながらもカフェの経営を細々とやらせて頂いております。
実はワタシには他人には理解出来ない秘密がありまして……。
話は遡って、大学を卒業して社会人としての新生活に胸を踊らせていた頃になります。食料品メーカーの営業に日々忙しく仕事に励んでいたのですが、トラックに轢かれそうになった男性を助けて彼もワタシも即死は免れたけれど重体に。その時、遠い過去の記憶が蘇りまして……そう、俗に言う前世の記憶です。
前世のワタシは女性で、夫との間に1男1女を授かり可愛い孫とひ孫にも恵まれて天寿を全うしたのです。
幸せな人生を送ったワタシですが、1つだけ後悔している事も思い出しました。それは、小料理屋を営む事です。前世のワタシは美味しいものを食べる事が大好きで、自分でも作って家族に振る舞ったものです。
さっきも言ったようにネットなんて皆無の時代ですから、細かいレシピ情報がなく見様見真似の創作料理だったので味については賛否両論でしたが。
現世のワタシも勿論美味しいもの大好き人間だったので、記憶を取り戻してからと言うもの沢山働いて節約して、念願の自分のお店を開く資金を貯めました。
そして今に至る訳です。
あ、心が乙女なのは前世の記憶を取り戻したからではなく元々なので誤解しないでくださいね。
以上がワタシの人には言えない秘密です。
ご清聴ありがとうございました。
「今日の味噌煮美味しかったわ。家で作ると生臭さがナカナカ取れないのよね」
「美味しいんだけどね。下ごしらえが意外に手間だから、家で作らずウチで食べてよ」
「ふふ、そうするわ」
常連のお客が帰ると店内は、ハズキとハルトの2人だけになった。
「ふう、ちょっと一休みさせてもらうわね」
ハズキはアイスコーヒーをグラスに注ぐとカウンター内にある椅子に座った。
「はあー美味しい!自分で淹れといて言うのもなんだけど。ねぇ、何かあったの?元気ないじゃない?」
「あー……うん。ちょっと聞きたい事があってさ」
「ワタシに?」
「うん。今さ、大学受験に向けて家庭教師に来て貰ってるんだけど……その人に告白しようか迷ってて」
「ええ?!まさかの恋愛相談?!いや、でも、告白は受験終わってからが良いんじゃない?家庭教師と生徒じゃなくなってからじゃないと気まずいじゃない」
「そうなんだけど、のんびりしてたら、いつ誰に取られるか分かんないだろ」
(はー、青春ね。眩しいわっ)
「うーん、勝算はあるの?」
「分からない……多分、無理だと思う」
「相手は大学生なの?告白して気まずくなったら相手が家庭教師辞めちゃって二度と会えなくなるし、気にせず続行してくれても、あなたのほうが辛くなるでしょうし……かと言ってハルト君の今すぐ告白したい気持ちも分かるわ……」
「でしよ?」
ハルトはストローを咥えてミックスジュースで喉を潤した。
「そんな気持ちで勉強教えてもらっても頭に入んないでしょう。スッキリさせるためにも告白するのが1番なのかもね。あ、エッグタルト余ってるんだけど食べる?」
「食べる」
「ちょうど2個あるから、友達にも出してあげる」
「………」
「もう!今度は何なの?!」
「………実は、もうすぐ来るんだ。ここに」
「ええ?!待ち合わせの相手って、その家庭教師なの?」
思ってもみなかったハルトの言葉にハズキは心底驚いてしまった。
「まさか、ここで告白する気?」
「いやいや、場所は変えるよ。多分、断られるからさ……また後でハズキさんに慰めてもらおかなって」
「??まあ、慰めるけど……」
2人分のエッグタルトをお皿にセッティングしていると店のドアの釣鐘が鳴った。
「いらっしゃいませ」
「あ、先生!」
(………?!)
ハルトの声にハズキは勢いよく彼を振り返った。ハルトは先程までの落ち込みようが嘘のように、パッと明るい表情になっていた。
入口に立っている背の高い男性は、ハルトを見て驚いた顔で自分の腕時計を確認した。
「早いな……約束は3時であってるよな?」
カンパニュラの閉店時間は5時。椅子をテーブルの上に上げて床をモップで磨く。家庭教師と出ていったハルトは戻ってきていない。
「今日は戻って来ないのかしらね〜。まさか上手くいった?………いや〜ありえないでしょ」
ハズキはハルトと家庭教師の沢村さんの様子を思い出してみた。
(あの人がハルト君の好きな人……よね?男で間違いないわよね?だからワタシに話したの?それにしても……)
店内の片付けも終わったがハルトが来る様子はないので、上着を来て店の鍵を引き出しから取り出した。
「あの先生、どう見てもゲイじゃなかったわ」
心の声を呟いて店のシャッターを下ろした。
翌日の閉店前になってハルトはカンパニュラに姿を現した。
「いらっしゃい。昨日、どうなったの?」
ハルトが話し出すのを待とうが遠回しに聞こうが、ハルトから聞かされる内容に変わりはないのでハズキは率直に質問した。
「ダメだった」
「そう。昨日、眠れなかったの?目の下すごいクマよ」
「うん……」
夜通し泣き腫らしたのだろう。彼のチャームポイントでもあるパッチリ二重の大きな目は、瞼の腫れで半分埋もれている。
「ねえ、ハルト君の好きな人って、昨日ここに来た人?」
「うん」
「念の為の確認だけど、男の人よね?」
「……うん」
改めて本人の口からのカミングアウトに驚いたが、顔には出さずに小さなため息をついた。
「あなた……チャレンジャーにも程があるわよ。すごい勇気ね。あの先生、ゲイじゃないでしょ?」
「うん。あ!言っとくけど、俺だって男を相手にこんな気持ちになったのは初めてだから!」
威勢よく反論したハルトのお腹がギュ〜ッと鳴った。
「ちゃんと食べてる?失恋は辛いけど、それでも地球は回ってるのよ」
ハズキは冷蔵庫から果肉入りの桃のゼリーを出して、ハルトに差し出した。
「あの子の晩御飯の後のデザートだったけど食べて。もうすぐ店に来るから早くね」
ハルトはスプーンで透明な淡いクリーム色のゼリーをすくった。かなり柔らかめなので慎重に。
「……うまい」
「自信作よ」
空腹が少し満たされて体がリラックスしたのか、ハルトの目から涙がハラハラとこぼれだした。
「あらあら、イケメンが台無しよ」
ハズキに渡されたおしぼりで涙を拭いながら、昨日の告白を思い浮かべた。
「先生の事が好きです。付き合ってもらえませんか?」
我ながら何の捻りもセンスもない普通の告白だったと思う。言われた先生も最初は冗談かと笑っていたけど、直に本気だと分かってくれた。
「そうか……うん、そうか……」
戸惑いながらも先生は事態を懸命に呑み込んでくれていた。
「その……結論から言うと、ハルトの事を恋愛対象として考えた事はない。ごめん」
思った通りの返事だった。心の準備はしていたけど、どこかで期待していた自分もいて、やっぱり凄く傷ついた。
「謝らないで。俺の方こそごめんなさい。キモいよね」
「そんな事ない!気持ちは嬉しいよ」
やっぱり先生は優しくて安心した。そして涙が勝手に出てきてしまった。
「…!ごめんなさい!じゃあ、帰りますね」
「あ、待って!ハルト!」
「はい」
呼び止められて直に立ち止まる自分が情けなかったけど、好きな人と少しでも長くいたかったんだ。だって、もう会えないかも知れないんだから。
「その、こんな事聞くのは失礼かもしれないけど、ハルトは…男が恋愛対象なの?」
「いいえ、先生が初めてです。だから俺も戸惑ってます。いくら格好いい男を見ても何とも思わないから、先生にだけだと思う。女の子も好きだし……訳が分からなくてスミマセン」
「そうか…あの、家庭教師は続けても?」
「先生が良ければ続けてください。気持ち悪くなったらいつでも辞めてもらっていいので」
「ハルトこそ、嫌になったら気にせず言って」
「はい………じゃあ、また」
「うん、またな」
次があると思うと少し気持ちは落ち着いた。先生、優しかったな。もっと好きになっちゃったよ!
でも、いつかは彼女が出来たりするんだろうな。先生と会えるのは嬉しいけど、知りたくないな。
この恋は早く忘れないとな。
「へえ、優しい子ね」
ハズキはハルトから話を聞いて安心した。酷い言葉を浴びせられないか心配していたから。
「昨日は告白したの後悔したりしたけど、伝えないと何も変わらなかったから……そうだよな!」
「おう!ハルト君の選択は正しかった」
一通り話せてハルトの表情が大分柔らかくなった。
良い雰囲気になった所で店のドアの釣鐘が鳴った。
「あー!ハルトじゃん」
「おー、リオ」
全身砂まみれの小学4年生リオの登場だ。
ハズキは絶叫する。
「何をどうしたら、そんなドロドロになるの?!」
「公園で普通に遊んでただけ……ハルト、何食ってんの?」
「え、ゼリーだけど……」
「これ、俺が大好きなやつ!ハズキちゃん、余ってる?」
「これが最後の1つよ」
「?!」
リオは、あからさまに不機嫌になる。
「食べかけで良ければ残りはやるよ」
ハルトが声をかけると、リオは満面の笑みで隣に座り込みズルズルとゼリーを飲みほしてしまった。
「味わって食べなさいよ」
「だって美味いんだも〜ん。ハズキちゃん帰ろう?」
「はいはい。お迎えありがとう」
「騒がしい奴だな」
ハルトは呆れながらもリオの登場で空気が一変した事に感謝して、優しく彼の頭をポンポンと撫でた。
「さあ!帰って晩御飯作るわよ」
「今日の晩御飯なに?」
「鯖の味噌煮とポテトサラダ」
「やったーー!!ハルトも来たら?」
「ハルト君のトコ御飯用意しちゃったかな?未だだったら是非来て」
「いいの?じゃあ家に連絡入れとくよ。リオに癒やしてもらお」
「何だよ?失恋でもしたのかよ」
「この間まで鼻水垂らしてたくせに一丁前の事言うようになったな。お前、学校に好きな子いるの?」
「うるせー!いねぇよ!」
「はいはい、シャッター下ろすから2人共出てちょうだい」
ハズキは子供2人を外に追いやって戸締まりをし、3人でにぎやかに家路についた。
ハルト君、失恋は辛かったけど、良い経験だったなと笑って話せる日が必ず来るからね。人生一回終えたワタシが言うんだから間違いない!