序章
多重人格とか
LGBTだとか
私はどれに当てはまるのだろう
「行ってらっしゃい」
朝、仕事へ行く彼氏を見送ってのんびりと支度をはじめる。
と言っても朝ご飯の後片付けをして部屋を少し掃除するだけ。
時間になったら適当な服を着て「行ってきます」と呟いてから部屋を出る。
キラキラしたキーホルダーのついた鍵をチャリンと鳴らして駅へ歩いた。
駅に着いたらICカードを使って改札を通り電車に乗る。
隣駅に停車した所ですぐに電車を降りる。
バイト先の最寄り駅までは後2駅あるけれど、駅から徒歩5分弱の古いアパートへと向かう。
スカートを揺らしながらアパートに着くと、無機質なプラスチックのキーホルダーがついた鍵を取り出し、ドアを開けた。
「ただいま」
小さなワンルームはまるで倉庫の様で生活感がない。
洗濯機はあるけど冷蔵庫は見当たらないし、キッチン周りも入居当時のままで使われた形跡もない。
あるのは大量の服やアクセサリー、化粧品、数本ある未開封のペットボトルだ。
着ていた服を脱ぎ、ハンガーラックにかけられた服とクローゼットにある服を慣れた手つきで取って着替える。
鏡でチェックしてから今度はカラコンをいれて化粧をする。
ウィッグを被りワックスをつけ、シルバーのアクセサリーで飾る。
玄関に向かい、履いてきたパンプスではなく、靴箱にしまっていた新しめのミリタリーブーツをはく。
…支度は完璧だ。
ドアを開けて部屋を出ると、また「行ってきます」と呟いて鍵をかけた。
ここで着替えてから、また電車に乗り仕事へ行く。
それがいつもの"俺"の日常。
さっきの1LDKは「私と彼」の部屋。
このワンルームは「俺」の部屋。
スカートをはいた自分も、
この男の姿である自分も、
どちらも本当の自分なのだ。