09 嵐の前
実を言うと俺の〈鑑定〉では庭ダンジョンのドロップアイテム以外は情報があまり読み取ることができない。
庭のダンジョンから出土したものは効果がふんわりと分かるくらいで、他の場所のものは下手をすると名前すら分からないときだってある。
有り体に言うと俺が外のダンジョンを攻略すると査定料として少なくない金額がさっ引かれるのである。
許せねえ、許せねえよ資本主義がよ……。
鑑定料はなんと累進制。
高額のものほど上前をはねられる無情システム。
魔石やらドロップアイテムやらを詰め込んだバックパックを協会のカウンターに置く。
すると美人の受付嬢が魅力的な笑顔を浮かべるのだ。
「買い取りですね、解析度によってはこちらで鑑定をしますがよろしいですか?」
訳:お前の取り分半分以下な! ギャハハ!
俺の〈鑑定〉技能も上がってきているとはいえ訓練量が足りてないのだ。
無能のツケはどこかで支払うことになるんだ、悲しいけれどそれが現実なんだ。
いつも通り誓約書にサインを記入しそうになったところで――
「なあなあ、おじ……お兄さん、アンタこの前助けてくれた人だろ」
つんつんと脇腹を突かれる。
やめろくすぐったい。
なんのこっちゃとボールペンを置いて後ろを振り返るとどこかで見たスポーツマン系の少年の姿。
……思い出した。
大賀山の二重ダンジョンがあったダンジョン、そこでホブゴブリンをなすりつけて逃げた一団だ。
ため息をつきたくなるが俺はぐっと堪える。
あからさまに不機嫌ですよという態度をとっても物事は良い方向に進むものではない。
「久しぶり、なにか用かな」
「助けてもらった礼がしたいんだ。多分このくらいのアイテムの鑑定ならできるからさ」
黙考。
じっと美人の受付嬢がこちらを見つめているし、なんなら少年に対して批難の視線を送っているようにも見える。
俺はしばし悩み……受付嬢に頭を下げた。
「すみません、少し開けますので他の人に順番渡しちゃってください」
◆
結構長い列から外れて少年を連れ出す。
彼は耳を立て尻尾をぶんぶんと振り回す姿が容易に想像できるほど相貌に期待が満ちあふれている。
んんー、無下にはしたくないなあ。
純粋な厚意には違いないのでそこを頭ごなしに叱ってしまっては彼の今後が心配である。
いや、俺がこの子の将来をどうこう考えようとするのは踏み込みすぎでしかないのだけれど。
こほん、と俺は小さく咳払いをする。
「俺は里見司、君は?」
「宍戸陸ッス。よろしくお願いします、里見おじ……おにい……先輩!」
上手く言いつくろえないあたり素直さが裏目に出てくるタイプだなあ。
だがまあここまであけすけだとすがすがしささえ覚えるものだ。
器用じゃない分色々と年上に世話を焼かれそうである。
どこから話したものか……。
悩みながらも俺はぽんと言葉を放り投げる。
「んーと、たとえばさ、向こうの方が条件が良くてもいきなりパーティメンバーを引き抜かれたらどう思うかな」
それだけを問いかけてみると宍戸少年はぽかんと口を開け、すぐさま頭を下げた。
「す、すみません。この前のお詫びがしたくて……」
多くの人が行き交う役所、協会の中で高校生が大人に頭を下げている姿を見て周りがざわつき始める。
あまりの世間体の悪さにこちらの背筋は冷や汗でぐっしょりだ。
そういうところだぞ!
「君の善意はとても嬉しい、そこは本当だ。だからといってここで君に横入をさせてしまえば俺はきっとそれに甘え続けてしまうし、俺と君、そして協会の三者が良くない結果を迎えると思うんだ」
「……それは」
確かに、と消え入るような声を宍戸君は飲み込んだ。
このまま帰したらこじれないかな。
大丈夫かな。
ちょっと面倒だがその素直さに投資といこう。
「この前のダンジョンアタックでは攻略開始に時間差があったからね。また同じ依頼を受けた時には鑑定を頼んでもいいかな」
人を助けるのはその人がいつか助かればいいと思っているから。
でもそれ以上に俺が人を助ける理由は利己的で。
人を助けた分だけ俺が助けられる可能性が高まるからでしかない。
情と理屈に緩くくさびを打っておくのだ。
周りから良く思われてもしもの時をしのげる可能性を増やすのが俺の生存戦略。
情けは人のためならずとはよく言ったものである。
宍戸少年はこちらの言葉に「ぜひ!」と笑顔で頷く。
その後、俺と連絡先の交換を済ませると違う列にまた並び直していくのだった。
はあ……疲れる。
◆
青年、防人達也は冒険者協会のロビーで仲間たちと雑談に興じていた。
冒険者ランクの昇格も相まって仲間たちの話は大いに弾んでいた。
そんな中、買い取り席から二人の冒険者がそそくさと列を外れるところをなんとなく見つけてしまった。
ひとりは同い年くらいの冴えない男、もう一人は……
(陸じゃないか。あいつこの前のダンジョンアタック失敗以来どうもそわそわしてんな)
宍戸陸は達也が所属している会社に幹部入り間違いなしのインターンとして誘った有望株だった。
しばらくは皆とフリーランスでやっていきたいとの事だったのでその話は保留になったのだが、彼を推薦した達也はその後しばらく良い案件にありつかせて貰えなかった苦々しい記憶があった。
「どうしたの、達也」
仲間のひとりがこちらの様子をうかがうので「ちょっと懐かしい顔を見かけてさ」と過去の失敗を見せないように取り繕う。
(……もう一人は見ない顔だな、アイツ)
作業服の冴えない男――里見司に随分となついているようだ。
めぼしい新人は宍戸たちくらいなものだったと記憶しているが――。
(宍戸陸、アイツさえウチに入ってくれれば俺も今頃二重ダンジョンの攻略班に抜擢されてただろうに)
青年の会社の主力メンバーは近畿地方で新たに発見された二重ダンジョンに挑戦している。
達也はランク自体は足りていたのだが社内での実績が不足していると判断されて地元の小さなダンジョンを潰すだけに甘んじていた。
自分でもよく分からない暴力的な欲求が胸中で鎌首をもたげる。
今頃K大学と綱手の連合と主導権争いに参加していたであろう未来が浮かびあがっては消えていく。
今回はあの八坂ミオや香坂の御曹司も渦中にあるというではないか。
同期に水をあけられている。
そんなことが分からないほど馬鹿ではない。
ツイてないというただそれだけの理由で自分はここにいるのだ、これに不服を覚えずどうする。
誰にも分からないように歯噛みをしていると、宍戸と里見の会話が耳朶を打つ。
「……また同じ依頼を受けた時には鑑定を頼んでもいいかな」
「ぜひ!」
あの忠犬みたいになっているやつはどうでもいい。
だがアイツが受けていた依頼は重要だった。
なにしろ世界初の二重ダンジョンが発見された、今もっとも世界の注目を受けている大賀山のダンジョンの攻略を依頼されていたからだ。
(……まさかな)
わずかな疑念は、しかし〈直感〉が真実だと告げる。
あのうだつの上がらない男は大賀山の二重ダンジョンに挑んでいる。
おそらくは八坂ミオと組んで!
達也は自然を装って近くの同業者に尋ねる。
「なあ、あの大人しそうな彼って新人だっけ?」
「ああ、たしかそうじゃなかったかな。最近突然やってきてひとりでダンジョン潰して廻ってんだって。小規模とはいえよくやるよ」
同業者の羨望の声に達也はフンと鼻を鳴らす。
(ただの新人が八坂と組めるわけがねぇ。あいつは……なにか隠し持ってやがるな)