07 選ばれし選ばれざる者
さらなる地下へ進む道が現れて真っ先にやったことといえば八坂女史にメールを送ることであった。
深夜ということもあって返信は朝になるだろうと予想していたし、実際に朝になってメールが送られてきている。
ざっくり言うと、「ひと月ほど用事があるため庭のダンジョンのことは相談できないので協会員に説明して」とのことだった。
ダンジョン駆除費用は安くはないが高くもない。
今回の稼ぎで駆除を頼むことだってできる。
問題は自分以外は入れないのであれば自分でやらなければならないということだ。
……とりあえず相談だけはしておきたい。
弾かれるのが八坂女史だけならば駆除して貰えばいいし、俺だけ入れるのであれば……面倒だな。
譲渡不可だから換金できるものもないし。
「……とりあえず役所に行くか」
◆
「あー、これは誰も入れないみたいですね」
市役所の職員の人に話をつけて庭のダンジョンを見て貰うなりそう断言された。
職員の男性はブルゾンを着込んでいても「うー、寒」と震えている。
本当かいなと疑いの気持ちを込めて彼を見る。
「なんともなりませんか?」
「なんともなりませんねー。ちょっとこれ持ち帰って上の人に相談してみます」
「どのくらいかかりそうですか?」
「最近上の人がゴタゴタ慌ただしくてねー。あ、これオフレコで」
緩いなあ。
缶のコーンスープをすすり、男性は続ける。
「K大学の研究班が戻ってきたらなんとか取りかかれるかもしれませんが、それまではご不便をおかけすると思いますねえ」
K大学って八坂女史の所属している大学だな。
ダンジョン関係で繋がりがあるのかな。
などとふんわりとした感想を心の中で呟いていると、ふと役所の人が話題を放り投げてくる。
「八坂さんが戻るころにはこっちもちゃんと動きますんで。……彼女によろしくね」
……?
……。
……バレてる!?
こっちは八坂女史の話もしていないしダンジョンを隠していたはずなのに。
意訳としては『違法行為するなよ?』と釘を刺しにきたんだろうな……。
こわ~……。
公権力に逆らわんとこ……。
◆
夕方。庭。
小戦神のネックレスを外して素振り用の竹刀を振る。
物事というものは漫然と数をこなしていても上達はしない。
量もこなした上で「さっきのこれはどうだったか?」というのを振り返って行為のひとつひとつを認識したほうが成長は早い。
「ふっ、ふっ」
振り下ろし、薙ぎ、突き、切り上げ。
巧者の木刀を使っていた期間は少ない。
だがその時に振るった感覚をなぞりながら一回一回を丁寧に仕上げていく。
おもりがついた竹刀を振り続けていれば汗がじんわりとシャツに染みこんでいった。
冬の風が身体を鞭打つが訓練をやめる気にはなれない。
冒険者を初めて、いや、庭のダンジョンが現れてからというものの絵のほうも調子が上がってきたのだ。
身体が整ってきたので必然として集中力も上昇する。
そう考えると命の危険はあっても冒険者稼業というものを手放すのは惜しい。
庭のダンジョンはそのうちにダンジョンコアを砕けるだろうし、ドーピングアイテムや桁外れの装備品が手に入らなくなるのは必定だ。
だとするならばこうして地道な訓練に励むのもまた重要だと俺は考える。
今までは絵を描くか寝るかくらいの生活でメタボになってたしな……。
三十を過ぎたらどかっと太るって聞いたし良い機会じゃないかな……。
……無心とはほど遠い境地に迷い込んでいったため練習を打ち切る。
こういうのは一日にたくさんやっても仕方ないしな。
スマホアプリの〈ステータス〉を確認する。
冒険者の能力を数値化したもので、同一ステータスであっても実際にはばらつきがあるらしいが大体の指標として使える……のだとか。
俺の現在のレベルは37。
〈鑑定〉がLv7、〈剣術〉がLv1ってところだ。
……マジで俺って木刀とネックレスにおんぶに抱っこだったんだな。
雪の降り始めた中、庭に生えているダンジョンをぼんやりと見やる。
どうやらこの迷宮から出てくるアイテムはどれも他の場所では手に入らないものばかり。
冒険者としての経験値を手に入れられるわけでもない。
適当な名付けだがレアドロップダンジョンってとこか。
お前達こそが寄生虫……いや、レアドロップダンジョンか!
俺も二十六歳だ。
いい加減自分が選ばれし者だなんて夢物語を見ているわけではない。
選ばれてたら困窮しないしな。
あ、仕事で病みもしないか。
現実的に、客観的に見ても選ばれているわけではなかった。
だからこそ気になるのだ、なぜ自分が選ばれたのかを。
その答えは、きっと迷宮の最奥にあるのだ。