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06 深淵は深まるよどこまでも・後編

 扉を開ける前に八坂女史からひとつ忠告があった。


『二重ダンジョンに潜る時も言ったけれどもう一人前の戦力として見なしますから』


 要は足を引っ張るなということである。

 女史が戦闘において何ができるかを大体聞いておいて、どう動くかを何度かシミュレートしておく。

 俺の数少ない特技は気まずい雰囲気の中気づかれることなくその場を去ることと人混みをぶつからずに通り抜けることだ。


 ……大丈夫かなあ。


 不安な面はいくらでもあるが、技術は木刀が、スペックはネックレスと今まで飲んだ水薬が担保してくれるものとする。


 目配せをして前で戦う俺が扉を開ける。

 ここから漂うただならぬなにか、それが放つ重圧が扉をより重いものへと変化させていた。

 

 ゆっくりと扉は開いていき……先ほどのダンジョンと同じようなかなり広い部屋が目に飛び込んでくる。

 金属の装飾を施された玉座が最奥に据えられていてその後ろには赤いダンジョンコア。


 あれを壊せばダンジョンは消え去る。


 だが――


「当然そうはいかないよな」


 玉座にどっかりと座るのは青い肌をした鬼だ。

 身長は目視するだけで3メートル近くある。

 その巨躯を支える筋肉量たるや想像を絶するほど。


 極度に肥大化した全身の筋肉はボディビルダーでも至ることはできないだろう。

 腰の太さはそこら辺の丸太より余程太く、下半身は当然のごとくそれをしっかりと支えている。


 赤い両眼で鬼はこちらを睨む。

 これで敵意がないなんて言う方が無理があるな。


 玉座に立てかけていた大太刀を敵は抜く。


「いつ仕掛ける?」


 俺から声をかけたのが意外だったのか八坂女史は息を呑む。

 ややあって、ポケットから杖を取り出す。


 それを鬼に向け――


「行って!」


 マジック・バレットという魔法で出来た弾丸を放つ。

 それと同時に俺は鬼……オーガに向かって走って行く。


 間合いは二十メートル弱。

 到達までにかかる時間は一秒弱。


「――!」


 鬼が吠える。

 横に薙いでくる斬撃。

 木刀の筋を立てる。

 刃との接触の瞬間に上方向に力を加えて攻撃をそらす。

 スライディングをして斬撃を避ける。


 マジック・バレットが着弾する。

 傷は浅い。


 敵の視界から俺が消えたであろう。

 やつの意識は八坂に向かうがそうはさせない。

 速度をいなしながら俺は起き上がりオーガの膝裏にたたき込む。


「~ッ!」


 鬼は悶絶。

 崩れない。

 しかしひるんだ。


 その間にも何十発も魔法の弾丸が鬼に撃ち込まれていく。


 鬼は腕で顔を含む正中をかばい……吠えた。


 きいん、と脳が音を拒む。


 ぐらりと視界が揺らいだと気づいた時には鬼はこちらに向かって大太刀を振りかぶっていた。


 技術のカケラもないひたすらに粗暴な一撃。

 木刀でいなしきれずに大太刀の刃が食い込んでくる。


 俺はエネルギーをそらし、鬼は力を込め続ける鍔迫り合い。


 まだ木刀はもつ。

 けど俺が保たない。


 柔よく剛を制すなんて言うがフィジカルの差が天と地ほどある。


 メリメリと身体が立ててはいけない音が身体から発せられている。


 肉体は黄色信号だし()は勢いよく突っ込んでくるしひとりだったら即死だな。


 刃が食い込んだ木刀。

 それにかかる力をそらし続ける。


〈剣術〉Lv80の付与は木刀を装備している時だけだ。

 俺が戦力たり得ているのは借り物の技術によるところが大きい。


 つまりこれが壊れた瞬間に俺はでくの坊になるってことだ。


 どろりとした汗が頬を伝う。

 ああ、運動なんてしばらくしてないから血液もドロドロだろうな。


 地中から飛び出してきた鎖がオーガを縛り上げる。


 八坂女史の行動阻害だ。

 しかしそれも一瞬。



 だが――いまここだけはその一瞬で十分だった。


 すっと刃を木刀に通しきる。

 オーガが身体をよじり、鎖がちぎれる。


 俺の手には鋭い切っ先をもった木刀の破片。振り下ろされる鬼の腕はやや遅い。


 素人同然の回避と同時に俺の両手に握られた即席の木の杭がオーガの胸部になめらかに吸い込まれていく。


 こちらに振り下ろされるはずだった右腕は――マジック・バレットによって蜂の巣に。


 敗北の瞬間、オーガは呆然とした面持ちでこちらを見やった。

 そして流麗な発音で一言。


 憎々しげに。


「――冒険者……」


 粒子になって消えていくオーガ。

 この場にあの鬼が存在していたという証拠はアレが保っていた一振りの大太刀のみだった。



 八十二万五千円。

 それが今回の冒険で『とりあえず』得られた報酬だった。

 二重ダンジョンの件は冒険者協会に知れ渡ることとなり日が暮れるまで俺も八坂女史も質問攻めを食らっていた。


 職員と日時の交渉をして帰路につく。

 身体はあちこち怪我だらけだったがそれも治療をしてもらっている。


 くたくたの身体を熱いお風呂に入って癒やし、床につこうとしたところで日課を思い出す。


「……ソシャゲのデイリーミッションを逃す感覚だな」


 人によるが俺はそこらへんを取り逃すとうじうじとしてしまうタイプだ。

 几帳面というか気にしすぎだとは思うのだけれど。


 懐中電灯を持っていつものように庭のダンジョンに潜る。


 スライムでもしばいてさっさと寝るか。


 パソコンが買えるほどの収入を得てほくほく顔で地下一階、いつものフロアにたどり着くと――


「……なんだこれ」


 中型の部屋。

 宝箱がふたつ、スライムが一匹。

 上階への道のみ。


 だというのに、階下への道があつらえていたかのように拓かれていたのだ。


 夢……?


 だとしたら、今俺に体当たりをしているスライムからの痛みは?


 赤い、血管のようなラインが下へと続いていた。

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