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04 深淵は深まるよどこまでも・前編

 冒険者免許はすぐに取得することができた。

 原付の免許よろしく問題集をちょっと触れば合格する程度のものだったからだ。


 高ランクを目指すならちゃんとした勉強や実習がいるとも言われているが当分は考えなくても良いだろう。


 免許を取得してすぐに協会で初心者でも大丈夫なダンジョンを教えてもらい潜ることになった。


 目的地は大賀山。地元では夜景が綺麗であると言われている名所のひとつである。

 自転車を漕いで八坂女史と落ち合うと――


「作業服ダッッッサ」


 開口一番になんだァ、テメェ……。


「ファッションセンスについては異議を申し立てたい」


 こんなところでおしゃれをしても意味がないだろう。

 というかお前も芋ジャーじゃないか。

 ノンノンと彼女は指を立ててこちらの異議申し立てを却下する。


「根本的にサイズが合ってないんだからダサいに決まってるでしょ」

「……金がないからね」


 たしかに作業服はダボダボで二回りほどサイズが変わっている。

 そこについての指摘ならば至極まっとうだ。

 パソコンがデータ全損だけでなく修理もできないってんだからそりゃケチるしかない。


 そう、パソコンの全壊である。

 大家さんに小戦神のネックレスを渡そうとした途端のあのアクシデントによって修理すら不可能になっていたのだ。


 ン十万もするパソコンなんてホイホイ買えるものではないし、そもそもそのちょっと前に一回蘇生させている。

 修理代金はちょっとした役所勤めの月収くらいある。


 おそらく……いや、間違いなくあの不幸は譲渡不可のものを渡そうとしたために起こったものだ。

 二度試す余裕はないので検証はしないがあの出来過ぎたタイミングにピンポイントで大事なものがなくなるというのはこれはもうペナルティが降ったと思うしかない。


 八坂女史に相談してみてもそれならこれ以上は試さない方が良いとお墨付きも貰ったし。


 さて、俺の作業服がぶかぶかなのは新しく買ったものでも昔のものを着ているわけでもない。


 ……単純に痩せたのだ。


 なにを馬鹿なと思うかもしれないが事実である。

 痩せたどころではなく筋肉不足のもやしかピザにしかなれない身体だというのに今の俺は腹筋が割れている。


 ちょっと力こぶもある。

 きょうび力こぶって聞かないね。


 メタボか予備軍が一週間かそこらで細マッチョになる。

 夢があるね。


「痩せて嬉しいけれど大変だったんだよ、なにしろ――」

「身体を粘土のようにこねられた痛みがあったから?」

「ん、正解」


 一週間ほどダンジョン産水薬を飲み続けた結果、八日目の深夜にゴリゴリと身体から異音が鳴り始めたのを覚えている。

 あまりの激痛に叫んでしまったが誰も警察に通報などすることはなかったのだ。

 まあ今のご時世近所づきあいなんて騒音問題と回覧板くらいでしかないものね。


 そのメキョメキョっと全身を見えざる手によってこねくり回されて……気がついたら身体の贅肉があらかた取れていた。


 感動とはた迷惑を同時に体感できるレアイベントなのだが、不摂生な冒険者がレベルが上がった時に起こる現象なのだそうだ。

 こちらの苦労を見透かしたような意地の悪い笑みを八坂女史は浮かべる。


「冒険者に健康体、若々しく見える人が多いのはそういう洗礼があるから……とも言われてますよ」

「美容整形のラインナップにあっても絶妙に採算が取れなさそうなラインだな……」

「不健康なほど健康体になろうとするときの痛みが強いからね」


 さすがダンジョン博士だな……。



 一通り駄弁ったあとにダンジョンに潜り始める。

 入り口の横穴を通りすぎる際に薄い膜のようなものが貼られた……気がした。


 八坂女史曰くダンジョンは異界であり現世との切り替わりを肌で感じただけだとか。


 どちらが先行するかという話をするわけでもなく俺が先頭を歩き女史についてきて貰う。

 本当に危なかったら手助けをすると彼女は言っているので大丈夫……だろう。


 粗雑なトンネル、または坑道と言った趣のダンジョン内部は粒子が舞っていてヘッドライトいらずである。

 アリの巣のように入り組んだ道は一歩間違えれば生きて出られないだろう。


 と言ってもそこはあまり心配しなくてもいい。

 免許取得者だけが使えるダンジョン内限定の地図アプリがあるからである。

 現在地こそ分からないものの通った道はオートで記録してくれるので割と楽だ。


 玄室を通り抜ける際に簡素な作りの宝箱を見つけたがすでに開けられていて、ダンジョン業界の層の厚さを実感する。

 これ、お昼ぐらいに見つけた案件なんだけどなあ。


 ダンジョンコアが破壊、もしくは奪われている可能性も視野に入れておかなければならない。

 安全上は問題はないが儲けが減る、儲けが。


「そういえばその木刀って以前潜った時のですよね」

「金がないんで……」

「〈鑑定〉で詳しい性能が分からないのは久しぶりですよ。里見さんからはどう見えるんです?」

「ん、んー……。お、向こうで誰かやってる?」


 なんと答えたものかと思案していると鉄のぶつかり合う音やら怒号やらが通路の向こう側から発せられている。

 相手の獲物を横取りするのはマナー違反とも聞くし回り道するかー……。


 ってこっちに来てんな。


 正月も明けて冬休みもそろそろ宿題を気にする時期です。

 そんなただし書きが似合いそうな推定高校生の男女五人組がこちらを通りすぎていく。


 リーダー格っぽいジャージのスポーツ少年が手を挙げて走り去っていく。


「おっさんごめーん!」

「俺二十六……」


 などとぼやいていると後続の女子が息切れを起こしながら少年についていくのだが。

 周りも彼女を気遣っている。


「まだお兄さんでしょ! ……すみません!」


 そんなギリお兄さんみたいな言い方するなよ。

 どちらかというと君のほうが悪質じゃないか?

 チクチク言葉どころかグサグサ言葉の後にそのナイフを抉りこんでいるんだけれど?


 続々と台風のように過ぎ去っていった高校生集団を追いかけて来たのは成人男性ほどの上背を持つ鬼だ。

 獲物を仕留めるのに邪魔だとばかりにそれは気勢よくいきり立つ。


「オーガだ!」

「ホブゴブリンですね。(レベル)で言えば10ほどで大体勝てます」


 レベルは? と八坂女史が訪ねる。


「俺レベル1」

「一週間毎日潜って!?」


 信じられないと彼女は前に立とうとするが俺がちょっと邪魔をする。

 知らないよ。

 冒険者協会がレベル・ステータスを測ったらレベル1って言われたんだし。


 女史はあからさまに逡巡をしたあと、「駄目そうだったら割り込みますからね!」ときつく釘を刺してくる。


 1ミクロンくらい卒論に取り憑かれて後ろから刺されたらどうしようとか考えてたけれど杞憂だったわ。


 ホブゴブリンがその恵まれた体格を活かして大鉈の振り下ろしを放つ。

 剣道なんて授業でやったことしかないのに相手の剣がどこまで届くのかタイミングはどこかまで分かる。


 まるで達人のように身体をずらし、踏み込み、木刀による振り下ろしが敵の頭部に吸い込まれていく。


 相手の剣鉈はかすりもせず。自分の片手面は見事なまでに頭骨を砕いていた。

 粒子になって魔石という換金アイテムだけを残して消えたホブゴブリン。

 ずっと弱者をいたぶるスライムだけを相手にしていたため、ちゃんと敵と思えるものに勝ったのは初めてだ。


 なんだが……


「高レベル帯の装備を身につけて無理矢理勝った感しかないな」

「……装備勝ちでしたね」


 うっ、ちょっと気を遣って貰っているのがひしひしと伝わってくる……!


 あからさまに哀れまれると反発したくなっちゃうのって複雑だね……。

 ばつが悪そうにしながら八坂女史が言葉を続ける。


「この分ならもうちょっと難度の高いところにも潜れそうですね」


 つまり免許を更新しろってことだ。

 こういうのはレベルだけではなく実績も必要だからすぐには無理だけれども。


 それはそうとMMORPGならトレイン行為はキルされてもおかしくないからもう二度とやるなよ、高校生。


 八坂女史の『なんかもう戦闘は任せてよさそうですね』との言葉によりモリモリ撲殺しながらダンジョンを進んでいった。

 魔石がいくらになるかは分からないが一個千円ほどだとすると五万円ぐらい稼げていることになるな。


 冒険者っていうより駆除業者だわ。


 冒険じゃないよねと言うと冒険がしたかったのですか? と返される始末。

 たしかに食い扶持のためにやっているんだけれど達成感とかあるといいじゃん!


 そんなこと言いながらもダンジョンの主も木刀で撲殺したから語ることがない。


 はずだったんだが……


 青く淡い光を放つダンジョンコア。

 ダンジョンの奥地に安置されているのが通常なのだとか。


 重ねて言う。

 ダンジョンコアは通常最深部に置かれている。


 だが目の前に広がるのは――


「ダンジョンの中にダンジョン……?」


 八坂女史が恐る恐る『境界』に手を進ませ、呟く。


 暗く赤く光る線は血管のよう。

 ダンジョンの心臓部には――さらなる深みへの道が現れていた。

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