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エピローグ 空に希望を

「……」


 蛍の光が即売会会場に流れている。同人誌即売会の参加者たちはめいめいに帰り支度をしていて、悔しそうな者、笑って流している者と様々だった。大手は早々に捌けてしまうからこの曲が流れるまで居座ることはあまりない。


 とっくに撤収準備をしていた八坂女史がこちらの肩をぽんと叩いた。


「……まあ、次があるって」


「……勝者の余裕がまぶしいっ!」


 少部数ながらも処女作を全て売ってのけた八坂女史。もちろん彼女にマウントを取る意図などないのだろうが、気合いを入れて描いたフルカラーの背景本がかなり残っているため彼女の気遣いを素直に受け取ることができないでいた。


「SNSでフォロワー増やしていくしかないでしょ」


「前回のツイートが十年以上前だからアカウント削除されてるんじゃないかなあ」


「仙人が山から降りてきても気づかないって……」


 いや、だって炎上したら怖いし……。


 テキパキと二人で後片付けをして、そのまま新幹線で地元まで帰るのであった。



『この作品、どこかで見たことない?』

『K県の美大出身の人が描いてなかった?』

『盗作騒ぎになった人だっけ。あの後、彼女が被害者だってのが匿名で告発されててさ――』

『よく見たら違う人だ。権利買い取り? 委譲されたんだ』

『あの人、いまどうしているんだろうね』

『雛月ユキさん、最近地元で見かけた人がいたって』



 ダンジョンの管理室。地方を掌握した雛月の権限を全て委譲されたことにより、いまやこの地方のダンジョンの資源はここで管理をすることができる。


 どれだけの人が地下で眠っていて、夢を見ているのか。彼らの全てが自分の生きるべき道を見いだし、眠りから覚めた時、ダンジョンはこの世からなくなる。マスターは増えはすれどなかなか減りはしない。協会のお偉方と協力し、眠っている状態で心の痛みを取り除こうという試みが行われている。彼らの快、不快がダンジョンの中に資源を生み出し、冒険者が地上にそれらを持ち帰る。


 ダンジョンマスターの討伐は行われず、コアを破壊することは禁止となった。マスターたちの最後の安全圏として迷宮は機能している。


 俺がいまやれることは眠っている彼らの傷、その致命的な部分をできる限りとってやることだ。


 冒険者としては引退気味で、風の噂では他の地方もマスター同士の食い合いが起こっているとも聞く。その争いを収めるべくこの地方の冒険者協会は冒険者の出向などを行っている……らしい。


 眠りについたマスターたちの中に雛月はいない。ダンジョンは残っているがそこの主は空席で。


 ……今度は、お前を見つけるから。


「ばんはー。いい話ともっといい話を持ってきたよー」


「うわっひゃあ!?」


 ぴとり、アイスコーヒーのボトルを頬にくっつけてくる八坂女史。


 扉のないはずの管理室だというのに、一体どこから……!?


 多分、いま俺はもの凄い形相で彼女を睨んでいると思う。そんなこととばかりに女史は「置いといて」とスルーをし、こちらにアイスコーヒーを渡す。


「旅行もしたから管理室までOKになったんじゃないかなー」


「俺は恋愛ゲームの攻略対象か……?」


 段階によって要素がアンロックされるタイプのやつ。


 からからと笑ってみせる八坂女史は、自分の分のアイスココアを備え付けのテーブルに置く。俺は小さく咳払いをし、彼女を見やった。


「……いい話は?」


「里見君の同人誌……アートブックの感想がつぶやいたー(SNS)に載ってたよ」


「ふうん……?」


 八坂女史のスマホを覗くと、そこにはたしかに俺が出した同人誌の感想が書かれている。といっても、独力で描いた作品ではない。


 欲望。雛月が以前描いた黒く荒々しい空を描いた作品。それに淡く輝く月を付け足したものである。それがいたく好評らしく、そのページを写真に収めてSNSに投稿しているようであった。


『『欲望」のオマージュだね。あれは陳腐だったけれど、一筆加えることによってまるで世界が変わったかのような――』


 写真投稿のアカウントのリプライ欄には、雛月のこと、彼女が盗作者として弾劾されたこと、そしてそれは冤罪だったこと。彼女を陥れた人間はいま炎上しているということ。


 そして――


『雛月ユキさん、地元で見かけた人がいたって』


 日付は今日のもの。その投稿のリプライ欄には他にも目撃情報が散見されていて――。にやり、と八坂女史が口の端をあげた。


「こーれーがー、もっといい話。ちょうどわたしも次の論文のためのネタを探しているところなんだ。……もちろん、同行していいでしょ?」


「なんだ、そんな理由なくてもいいに決まってるだろ。……友達だし」



 この世は言うまでもなく理不尽だ。


 普通に生きていても障害にぶつかって、生きることを諦めてしまいたくなる時だってある。


 でも、生きていれば、諦めていなければ人生を好転させるチャンスはきっと来るのだ。


 生きたいという欲望の中に、希望を忘れなければ、きっと。


EP1終了


あと何章か続きます。

よければポイントを入れていってくださるとありがたいです。

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