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25 ターニングポイント2

 結局、街中での騒ぎを聞きつけた警察によって防人はお縄に付くことになった。どうやら俺は警察にまで名前が知れ渡っているらしく、事情聴取の担当官は以前のゴタゴタも含めて謝罪をした。


 八坂女史はあのあと倒れたらしく病院に運ばれている。そのときに俺のアーツについて「伝えるタイミングは自分で決めて」と協会に黙秘することを伝えていた。


 正直、神話級のアイテムをペナルティ有りで譲渡できるということが知れ渡ればそれなりの波乱は起きるに違いない。しかし、これだけのことである。ばれるのは時間の問題だ。


 だからこそ自分で伝えろということなのだろうが……。


 その翌日、絵の練習などの日課をこなしていた俺のスマホにチャットの着信が入る。


 なんでも協会の偉い人、狩野さんからちょっと来て欲しいとのことだ。八坂女史が不在だったため長らく進められなかった事案を片付けたいと。俺は何でもやる課ではないんだけど……。税金や事務手続きのなど、数々の分野でお世話になっているため持ちつ持たれつで良い関係だけどね。


 使いを寄越しているとのことだったが、外からはバイクの排気音しかないね。トルク音が耳に心地よさをもたらしていて、わずかな足音のあと、我が家のインターフォンが鳴った。


「里見くーん」


「……なにこの馬鹿でかい排気音」


 インターフォン越しの八坂女史の声は張りがあった。元気溌剌といった模様だけどこのエンジン音は閑静な住宅街に合わないよね。


「なにって、単車だけど?」


 博士号の取得祝いで買ったらしい。ダンジョンやら入院やらで乗る機会がなかったので今日が初めての運転だと。


 こちらがなんとも言えない表情を浮かべていると、八坂女史はしびれを切らしたのか連続で呼び鈴を鳴らす。すなー!


「体力落ちてるでしょ、乗って」


「断っても駄目なパターンだこれ」


 もちろん俺は中型以上の免許なんて持っていないので後部座席に乗ることになる。バイクの後ろに乗るときってどうすればいいんだ……?


 振り落とされるのも嫌なので恐る恐る前に乗っている八坂女史の腰を掴むとびくんと跳ね上がる。高い声で笑い声とも嬌声とも付かぬ声が上がり慌てて手を離す。


 彼女は据わりが悪そうにポジションを調整すると一言。


「……座席に持ち手があるから」


「す、すみません」


「……こういうのって普通逆じゃない?」


「俺がエロい声を上げろと!?」


「ポジションの話!」


 ごまかすように八坂女史は急発進。慌てて持ち手を握るとそのままバイクは勢いを殺さずに道路を走っていく。

 ああ、映画とかドラマだったら男が前だもんな。などと軽口を叩く余裕もなく無言で連行されるだけだった。



 市の中心。オフィス街の一角にある冒険者協会に昼前にたどり着いた。


 前回の連行と違い協会員としての対応のため目隠しをされて連れ回されるということもない。


 会議室に行く前に、待ち時間がやたら長いことで有名なエレベーターのボタンを押した八坂女史が問いかけてくる。


「飲み物買わなくて大丈夫?」


「……飲み物? いや、喉は渇いてないから大丈夫」


「酔わなかったの?」


「……そういえば何にも異常がないな」


 びっくり。車や電車に乗ったことは数多くあれど、バイクに乗ったことはなかった。当然車酔いがあるものだと思っていたが気分は一切悪くない。首をかしげて一言。お、エレベーターが来た。


「自転車に近いからかな」


「夢とかロマンがない言葉だねー」


「そいつは過去に置いてきたから」


「バイクはいいよぉ、里見くんもバイク乗ろう? バイクはいいよぉ?」


「SNSのボットよりバリエーションがないぞ」


「マクドは二時からやってるぜ!」


 そのボットは手動になったんだよ。ネタのチョイスも渋いな! そもそもマックは深夜にやってねえ!


「終電逃して大学の友人とマクドで粘って食べる朝マフィンって特別な味がしない?」


「うわ、十年後にいぶし銀の輝きを持つキラキラエピソードじゃん」


「もしかして里見くん……友達が……」


「『小さな頃にちょっとやったくらいでさー』って冗談めかしてストリートピアノを流暢に弾き始めるような同期がゴロゴロ居る都会ってさ、結構コンプレックスがね……」


「それは……」


 誰が悪いわけでもない。単純に俺の育ちが周りより悪かっただけだ。田舎者ってこういうところがあるからたまに生きづらくなっちゃうんだよね……。


 エレベーターが目的の階に到着すると八坂女史は勝手知ったるとばかりに先導していく。社会的な知識や経験といったものを彼女が身につけているのがよく分かり、翻って自分の暴れることしかできない不器用さに内心冷や汗をかいてしまう。……彼女の隣に立っていていいのだろうか。


 俺の一抹の不安をよそに連絡通路を渡り、会議室へとたどり着く。扉を開く。プロジェクションマッピングにより投影された図面の前に立つ狩野さん、長机について手元の資料を読み比べているのは綱手さんとメイドさんたち、若い冒険者の一団、自衛隊とおぼしき人たち、そして宍戸君たちだ。ぺこりと頭を下げる宍戸君たちにお辞儀を返し、狩野さんが勧める席につく。


 こほん、と狩野さんが小さく咳払いをする。


「皆さん集まりましたね。まずは綱手さん、前回の負傷もあるなかお越しいただきありがとうございます。八坂さんは怪我からの復帰、おめでとうございます。里見さんもお越しいただきありがとうございます」


 ……重役出勤じゃん! 呼ぶならもうちょっと早く連絡を入れて貰えればもっと早くに行って悪目立ちするのを控えたのに!


 こちらの思惑など知らずに狩野さんはノートパソコンを弄ってモニタに地図を表示させる。

 K県……いや、地方全体の白地図だ。赤、黄色、青と三色で色分けされているそれらを老職員は説明する。


「この地方におけるダンジョンの侵食図です。赤は顕現(ハザード)、黄色はその手前の通常のダンジョン、青が安全地帯」


 まだまだ青色の安全区域のほうが多い。しかし二月前の顕現ラッシュ以前と比較してしまえば街中や山沿いの道路などの安全は地に落ちたようなものである。


「これらは冒険者協会が配布しているアプリに、ダンジョンの魔力波形を計測する機能を付け加えた結果発見されたデータです」


 付け加えるように八坂女史が「わたしが使っていた機器の簡易版を組み込ませたようです」と誇らしげに胸を張る。ああ、庭ダンジョンで計測に使ってたやつね。


「K大学の……八坂君が所属している研究室と共同で分析にかけた結果、この地方には三人のダンジョンマスターが活動していると思われます」


 西にひとり、南にひとり、そしてここ……北にひとり。北に誰がいるかは予想はつく。ぎゅっと拳に力が入った。


「以前は他にも居たようですが、マスター同士で争っていて数多くのダンジョンが併合された結果、三人まで絞られていると考えられています」


 マスター同士で争う? なぜ?


 こちらの疑問を読んでいたのか八坂女史が補足をする。


「ダンジョンは意識と無意識の象徴で、本質的に全てのダンジョンは繋がっているんだ。で、本格的に地上に出る前に繋がっている場所からリソースを奪い合おうって動いてるわけ」


 意識と無意識、つながり……。集合的無意識ってやつか。それならなんとなく……わかるような。それでもオカルトに突っ込んでいる……いや、そもそもダンジョン自体オカルトだけれどさ。


「この地方だけではなく国全体として治安の悪化が叫ばれています。また企業連との見立てではダンジョン産業の流行が落ち着き、それに伴い大幅に景気の悪化が起こるでしょう」


 そこで、と次のページを開く狩野さん。


「K県、N県、O県の合同でそれぞれのダンジョンを叩きます。これ以上事態が悪化する前に」


 誰かが固唾を呑んだ。ただでさえ萎縮していた空気がさらに凝り固まりそうである。


「一ヶ月後、民間と行政の合同でこの地方の憂いを断ちます――」


 ザザ、とモニタに……いや、あらゆる鏡面、画面にノイズが走る。


「――こんにちは、みなさん」


 笛のような美しい声音。白く脱色された長く美しい髪、赤色の双眸。昔と打って変わってしまった、けれども芯は飽きるほど見た顔まま。旧知の友にしてダンジョンマスターである雛月ユキその人が画面に映る。


 彼女はうたうように画面から語りかける。


「先日、私はこの地方のダンジョンを全て制圧しました。……私からの要求はただひとつ、なにもしないで欲しい。全てが終わるまで、なにも。貴方たちが私の願いを踏みにじるのであれば――血を血で洗う戦いを、約束します。――以上」


 ブツリ、とジャックされた画面が切れ、元通りとなる。


 奇しくも出鼻をくじかれたというところか、会議室は静まりかえっていた。


 綱手さんはこちらを一瞥したあと、狩野さんに問いかける。


「……決行しますか?」


「……」


 彼の問いに誰もが押し黙る。ダンジョンはとっくに統合されていて、相手からの要求はなにもするな。手を出すなら本気になる。気分が少しでも萎えるのは当然だ。


 けれど――


「攻略するダンジョンがひとつになったんなら省けるじゃないですか、手間が」


 ぽつりと呟いた言葉に唖然とする冒険者たち。その中でただひとり綱手さんは笑う。それから会議室はざわめきを取り戻していく。


 各企業の代表冒険者たちは独り占めさせないとばかりに息巻き、それにつられて他の人たちもそれに乗っていくのだった。

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