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24 ターニングポイント

 春にさしかかった日の昼。

 庭のダンジョンに潜っているととある小瓶などを見つけ俺はため息をついた。


 毎度のごとくダンジョンが拡張されており、当然のように探索を終え。


 その帰りがけ、ダンジョンのエントランスに赤い光球が浮かんでいたのでそれに触れると――。


「……案外あっけなかったな」


 光に包まれた直後、窓も扉もない部屋に飛ばされたのだ。

 部屋の中央にはダンジョンコア。


 ここを駆除するために潜っていたのももう懐かしくさえあった。


『快癒の水薬:服用により肉体本来の機能を取り戻すことができる。譲渡不可』


 ポーションの効果は欠損も復元する……というものだ。


 こいつの情報が公に出るとすれば俺はそのうち謀殺されるのではないだろうか。


 現状、これを必要としているのは俺よりもむしろ……。


 一月の顕現(ハザード)で目を潰した八坂女史、腕をなくした綱手さんを思い浮かべる。

 綱手さんは高性能の義手を使っているし、なんなら腕を失ったものの民衆の利益を守り切った英傑という評判を勝ち取っている。


 転んでもただでは起きない、本当ににしたたかな人である。


 だが八坂女史は違う。


 魔眼の酷使により失明し、食事もまともに喉を通らないほどに意気消沈している。

 何度か見舞いに行ったものの、日に日にやつれていく彼女を見ると胸が締め付けられるようだ。


 再びため息をつく。

 コアに触れると仮想ディスプレイが浮かび上がる。


「……DP(ダンジョンポイント)?」


 何桁にも及ぶ数字が書かれており、リアルタイムで上昇していくそれの上に『管理者権限が開放されました』というメッセージがポップアップしてきた。


 どれどれ……?


 どうやら管理者権限が開放されたことにより、ダンジョンポイントを使ってアイテムの効果やらドロップ数、確率などを変えられるらしい。


 ためしに譲渡可能と変更してみるが当然のごとく拒否される。


 ダンジョンコア君はどんだけ人にものをあげたくないのさ。


 もしかして誕生日プレゼントとか渡さない派? 奇遇じゃん、俺も俺も。


 うーん、これもうちょっと弄ってみよう……。

 うわ、なんか光った……。



 R大学病院。


 そこの病室一室を八坂女史はひとりで使っている。


 目が見えないということももあって彼女の病室付近は警護の人間がちらほらいた。


 八坂女史の病室の階にあるエントランスを訪れると、お付きの人と一緒にお茶を飲んでいる狩野さんの姿が映る。

 こちらが頭を下げる前に彼はこちらに気づき会釈をする。


 俺も慌てて会釈を返し、彼の元に挨拶に行く。


「里見さん、今日もお見舞いですか」


「支部長……狩野さんも?」


 私もそんなところですと狩野さんは朗らかな表情を浮かべる。

 たしかにダンジョンの顕現騒動によって治安も悪化したけれど、ここまでボディガードを付き従えるほどなのだろうか。


 狩野さんは少し困ったように告げる。


「ここに居る人たちは全員が協会員ではないんですよ。綱手さんが『婚約者の面倒を見るのは当然のことだろう?』と張り切っていてね」


「……へえー」


 ちらりとガードに目を配る狩野さん。


「彼の悪癖だよ。自分の才覚で手に入らないものはないんだと疑わないんだ」


 これはオフレコでね、と彼はぼやいた。

 どうやらボディガードの人が魔術かなにかで音を遮っているようだ。


 狩野さんは眉尻をさげ、ため息をつく。


「暮らし向きはどうかな、里見さん」


「ん、特に望まなければ老後も心配ないくらいは貰ったのでなんの問題もないですよ」


「無欲だねぇ」


「慣れてますので」


 あの家に絵の資料が入らなくなれば土地の購入のために手をつけてもいい……くらいのものだ。


 資産運用が上手ければこの間の依頼の分を元手にしていたのだろうけれど。


 そういうのは知識がある人がやるものである。


 と、まあそこそこに雑談を終えると女史の病室から綱手さんが退室してくるのが見える。


 彼はこちらに気づくとわずかに目を細めた。

 それも一瞬ですぐにお辞儀をすると狩野さんに近づいてくる。


 狩野さんは「巻き込まれないうちに見舞いに行ってきたほうがいいよ」とこちらに告げた。


 綱手さんと交差するもこちらのことなど眼中にないのか、意識を割かれた様子もなかった。



 しんと静まりかえった病室。


 やや背もたれが上げられたベッドに横たわったまま、八坂女史はなにも言わずにぼうっとしている。


 こちらが訪れたことに気づくわけでもなく、両目のまわりに巻かれた包帯をぺたりと触っては気落ちのため息を吐くだけだ。


 彼女はいくらか痩せたようで、頬のあたりもやや落ちくぼんでいた。

 長い黒髪だけは艶やかで誰かが手入れを怠っていないことがありありと察せられる。


 俺は彼女にどう声をかけようか迷い……いつも通りを取り繕う。


「よっす。……遊びに来たよ」


「……あ、里見くん? ごめんね、気づかなくて」


「気にしなくていいって。今日はダンジョンから薬を――」


 鞄から〈快癒の水薬〉を取り出そうとすると、しかし八坂女史は小さく声を紡ぐ。


「ごめん、今日は帰って……」


 ほんの少しだけすすり泣きの兆しが見えて、俺はそっと水薬をベッドの隣に備え付けられたサイドテーブルに置く。


「……また来るよ」


 人が泣きたいとき、どう接して良いか分からない。


 胸を貸す仲でもなければ愚痴を聞いて欲しい様子でもない。


 だから俺にできることは、今はきっとないのだ。


 病室から辞すると、扉の向こうからわずかに鼻をすする音がした。

 ぎゅっと拳を握りしめても、この無力感は行き場がなかった。



 街は随分と変わった。


 地方都市なので車で移動する人が大多数なのは変わらないが、自転車や徒歩の交通量がかなり減った。


 モンスターが街に現れて人を害するという事例が多々起こったからなのは言うまでもない。

 治安が悪化した街を一般人が歩きたいだなんて思うことはないだろう。


 一部の富裕層は冒険者を雇い、自分たちがトドメを刺すことでレベルを上げている。


 強くなってしまえばある程度の危機は乗り越えられるからだ。

 冒険者需要も増えているので彼らのボディガードとして雇われようという動きだって馬鹿にならないほど。


 なので歩道を歩いているのは大体冒険者……というかモンスターを倒したことがある人間だ。

 緊急時ゆえに常時帯剣させろという声もあり、政治家たちはその対応に追われている……とニュースでやっていた。


 家路についていると進行方向に見知った人がひとり、立ち塞がる。


 冒険者の防人さんだ。この間、板葉大友のダンジョンで一緒に潜った。


 表情は剣呑としており茶飲み話に誘いに来たわけではなさそうだ。


 手に武器を持っているあたりむしろ――

 なにが来てもいいように臨戦の覚悟だけはしておく。


「なにか用ですか?」


 防人さんはこちらを見つけると同時に暗い笑顔を浮かべ――長剣で斬りかかってきた。


 距離を取ろうにも相手のほうが幾分か早い。

 筋肉に力を入れ、右腕に剣を食らいながらも抜き差しならぬように食い止める。

 反撃として俺が左拳で放ったジャブは防人のアーツによって受け流され、カウンターに膝蹴りをみぞおちに貰う。


「どうしたよ、この前の獅子奮迅の活躍とは打って変わって……なあ!」

「なにがどうしてそういう判断になったんですかっ!」

「簡単な話さ! お前を殺してダンジョンの支配権を奪い取る! それで俺はもっと――」


 剣が抜かれる。

 間髪を入れずに防人の足払い。


「『来い』!」


 それを軸足で受け、俺は叫ぶ。

 身に纏うのは赤い光。


 冒険者のそれとは反対色の、ダンジョンマスターとしての〈アーツ〉だ。


 効果は簡単。俺のダンジョンが生み出した物品を召喚するだけ。


 鉄杖を手に取り剣戟を繰り広げるが負傷ともうひとつのハンデによってかなりの劣勢だ。


 俺が武器を呼び寄せたことに驚いた防人は、しかし攻め手を緩めない。


「――くっそどいつもこいつも話が通じねえ!」


 わけわかんねえ、なんでいつの間にかダンジョンの支配権の話になってんだ?

 誰かからなにか吹き込まれたのか? 


 鍔迫り合いに持ち込まれる。


 本来なら技を力で押し切る場面だが能力が足りていない。


 前へと突っかからせたような形に持ち込まれ、次の攻撃で勝負が決まる。


 だが、それは俺がダンジョンマスターでなければの話だ。


召喚(サモン)!」


 口の中に召喚するのは〈バーストタブレット〉。

 任意のスキルを一時的に大幅に強化する代わりに効果が切れた後はスキルも消滅するという代物である。


 そいつをかみ砕きドーピング対象とするのは――〈自動回復〉だ。


 魔法による盾などは間に合わない。

 回避はスキルを持っていない。


 すると手持ちの中で手数を使わずに切り抜けられるものと言えばこれくらいしかないのだ。


 歯を食いしばり来るはずの痛みに備える。


 防人の身体は青く淡く光っており、彼の振るう剣は綺麗に俺の首を断つ。


 痛――――てえ!


 一瞬意識飛んでたわ!


 殺してもなお死なない俺に防人は一瞬だけたじろぐがもう遅い。


 俺の反撃が飛び出す前に――八坂女史の魔術が防人の手を弾き飛ばしていたからだ。


 防人の両手はしばらく使い物にならないくらいはへしゃげていて、そこで俺が鉄杖で軽く頭を打ち付けて気絶させた。

 無力化が終わると病衣で裸足のままの八坂女史がこちらにひたひたと歩み寄ってくる。


「……里見君、なにか言うことは?」


「第一声がそれ?」


「わたしだってまさか自分に劇的に弱くなる制約をかけてまであんな神話級のアイテムを渡すお人好しなんて想定してない!」


「……女史、なにか言うことは?」


 ほら、人になにかしてもらったら言う言葉があるじゃん。


 なんて言うと彼女は顔を真っ赤にし、目をそらして、しかしハキハキと紡ぎ出す。


「……ありがとう、ございます」


「そっか。こっちもありがとう、助かったよ」


 そういう顔が見たくて渡したんだからさ。

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