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22 死霊の王・後

「魔法で叩けばアンデッドの能力低下の霧は出ない、だから君の進む道を今からわたしが全力で切り開きます」


「魔法の玉を使えばなんとかならないか?」


 腐肉やら骨が入り乱れる混戦のなか、八坂女史はつとめて冷静にこちらに言い聞かせる。

 魔法に弱いのであればと思い彼女に訊ねるが表情は厳しい。


「一押しくらいにはなる。けれどそれだけでどうにかなるはずがない」


 一押しか、そいつは難しい。


 充血した八坂女史の金瞳がリッチを見据えた。

 彼女は綱手さんにハンドサインを送ると近接の斬り合いになっているさなかであっても彼はそれを見逃さなかった。


 バチン、と八坂女史の周囲に電気の弾ける音が小刻みに鳴る。

 人の尺骨ほどの長さの杖を敵リーダーに向け、叫ぶ。


「――行って!」


 青白い炎が地を這い不死者たちを焼き尽くしていく。

 俺は全力で地面を蹴る。


 八坂女史の魔法はしかし、リッチまで届くことはない。

 相手との距離はおよそ15メートル(一足)、間には有象無象。


 ――〈アーツ〉を使う時みたいに魔力を流すと使えますよ。


 ごめん、宍戸君、俺アーツの使い方ってまったく知らないんだわ。

 他の冒険者が特に力を込めた時に出てくる青い光の奔流だって俺には一度も出たことがない。


 だから……砕くね。


 左手で思い切り玉を握りつぶす。


 すると重さの塊がほとばしり……それがかまいたちのように俺ともどもアンデッドたちを切り刻んでいく。


 空気の刃は内臓やらに達しているが自然治癒のスキルがすぐさま細胞をつなぎ合わせていく。

 だから痛いだけで実質ノーダメージってわけ。


 このダンジョンの主であるリッチがわずかに怯えを見せる。


 そこからの判断は早かった。俺がこいつにたどり着く前に雑魚を尋常ならざる力で引き寄せ、自らの肉と骨の鎧としたのだ。


 だが、


「――用意が遅い」


 俺が胸元から取り出すのは一本の短剣。


 俺がそいつを抜いた瞬間に死霊の王は死者を操ることをやめてこちらに魔術をバカスカと放ってきた。

 当然のごとく俺の身体を貫通していくので急所だけを避けつつ突き進む。


「――!」


 リッチの声にならない声。

 短剣が突き刺さると同時にリッチは爆発四散し――俺の意識も暗転する。


 この短剣、銘は『感染怨嗟』。刺せばどんな敵でも一命を獲ることができるが与えた傷の分だけこちらもまた傷つけられるという効果を持つ。


 つまり相手も死んで俺も死ぬのよ。


 ――替え玉で死んでくれるホムンクルスがなければの話だけどな!


 意識の浮上。

 ぐわんと地面に倒れそうな身体を踏みとどまって立ち上がる。


 リッチを倒したか確認するとふわふわと紫のなにかになってこの場を去ろうとしているではないか。


 こうなっては刺しようがないという諦めが思考に過る直前にリッチの本体が石と化して『停止』をした。


 ちらりと後ろを見る。

 八坂女史が両目から血を流して魔法を放とうとしていた。


 青い光、魔力がほとばしるたびに目の負担が高まり、出血量が増えていく。


 それだけを確認し俺は石化から脱出しようとしている敵にとどめの鉄杖をたたき込んだ。


 直後、死体たちはぴくりとも動かなくなった。


「……終わったのか?」


 誰かがぽつりとそう漏らす。


 わずかに時間をおいて周りもぽつりぽつりと終わったのだと安堵の声。

 やがて生き残った歓喜叫びに変わっていく。


 その空気を止められそうにないと判断したのか綱手さんは注意することなくダンジョンコアに寄っていく。


「皆、コアを破壊して戻ろう。顕現済みのダンジョンコアだ、研究班に回すだけ採掘するぞ」


 みな安心し、防人さんも執事の二人も綱手さんのところへと向かおうとしていて――


「――ようやく顕現させたんだから、壊されると困るな」


 鈴の音のような女の美しい声がどこから発されたのか、それが敵意を含んでいることにも気づかずにいた。

 女の声の方向……ダンジョンコアを注視した瞬間、コアに近寄っていた人たちの身体が物理的に別たれる。


 あってはならない緊急事態に、俺は身体をぴくりとも動かすことができなかった。


 それどころかいつからか色あせていた人生に彩りがもたらされるかのような胸の高鳴りさえしていた。


 わずかに白いメッシュが入った長い黒髪、触れれば崩れそうな儚く美しい顔立ち。

 白い貫頭衣はどこか現実感を失わせ。


 どうして。

 無限に胸中で噛みしめる問いかけ。


 冒険者たちを傷つけたのが彼女だと分かりながらも会えてよかったという強い念が全てを塗り替える。


「久しぶり、里見くん。現世は楽しかった?」


 雛月(ひなづき)ユキ。


 高校時代に画塾で競い合い、才能の差から俺が絵の道を諦めることになったその人。


 好きだとか嫌いだとか、そういう言葉だけでは言い尽くせない若かりしころの全てが、俺の目の前にいた。


 ――俺たちの敵として。


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