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21 死霊の王・前

 メイドが二人、宍戸君たちは回復魔法などが使える南条さん、そして攻撃の魔術などが使える伊織君たちが探索続行不可を訴えている。

 防人さんのところについては彼以外は脱落という有様であった。


 地下七階の大きな扉の前。

 執事のひとりと草加さん、さらに八坂女史が口を揃えてこの先の危険を訴えていた。


 アンデッドの効果的な退治方法は魔法や魔術である。

 女史を除くその魔法使いたちが探索続行不可能と嘆願するのはリーダーである綱手さんの一考に大きな影響を与えるに違いない……と思っていたのだが。


「戦闘面では私とそれに伍するものさえ居れば問題はない」


 そう綱手さんは切って捨てるのを耳が都合良くキャッチしてしまう。

 彼の視線の先には八坂女史が収められていて、彼女が綱手さんの気位の高さに辟易する理由が垣間見えてしまうほど。


 綱手さんの冒険者としての能力はざっくりと分類すると万能手だ。

 近接と遠距離の物理と魔法・魔術がまんべんなく使える。

 能力が足りなければ器用貧乏と言われるスタイルではあるが極めてしまえば器用万能と隙のないものだ。


 ……どうやら彼はすぐに解決するというスタンスを変えることはないようだ。


 ここからは俺の推測でしかないのだが、ダンジョンが地上に顕現することで起こる被害というものを甘く見積もっていないからこそ拙速なれど封じ込めるように動いているのだろう。


 もちろん綱手さんは企業連の会長であることから、資産や信頼を減らさないことが第一なのだろうが。


 命に係わる俺たちからすると下手を打たないでくれとしか言いようがないがこればっかりはね……。

 全体のことを考えると手をこまねいて事態の悪化を招くのがまずいし。


 はあ、と小さくため息をつくと後ろから宍戸君の声がかかる。


「お疲れ様です、里見さん」


「ああ、お疲れさま、宍戸君」


 ぺこりとお互いに会釈すると、宍戸君はコーヒーの注がれた紙コップをこちらに渡してきた。


「これ、皆さんに配ってるんですよ。今回は長丁場になるだろうからって」


「……そういう処世術を身につけるにはまだ人生は長くないかい?」


「地元のスポーツチームとかで母がやっていたので」


 ああ、そういうやつか。

 本当にありがたいんだけれど十七かそこらで自然とその動きが出来るのはちょっと怖いぞ。


 多分最近の子が出来ているというよりこれは宍戸君たちだからやれてるモンじゃないか……?


 一言ありがとうとお礼を告げて俺は口をつける。


 よく周りを見渡せばそれぞれコーヒーブレイクに……いや、綱手さんたちのチームだけは断っているな。

 同時にお腹を壊してはいけないという飛行機のパイロットのような理由である。


「里見さんはこの先……行きますよね」


「そうだね。宍戸君たちは?」


 何気なく問い返してみると彼はばつが悪そうに……いや、悔しそうに笑って頭を掻いてみせた。


「この前の二の舞にはなりたくないですし、一旦退きます」


 俺から見ればまだやれそうではある。

 けれどもまだやれるうちに退くことを彼らは覚えたのだろう。


 宍戸君はポケットから大きなビー玉のようなものを取り出すとこちらに渡す。


「これ、魔法の玉って言って魔力を込めた分だけ強い爆発を起こすやつです。アンデッドに特に効果があるタイプっす」


 今回は魔法使いがほとんど脱落するんで、と彼は悔しそうに。


 彼らが地力が足りないなりに工夫してきた証拠を俺は大事にいただき、申し訳ないが、と俺は言葉を発する。


「魔力を込めるって……どうするの?」


「そりゃ〈アーツ〉を使う時みたいに……」


 〈アーツ〉?

 あっ、宍戸君がもの凄く複雑な表情をしてる!


「もしかして里見さん、使えないんですか……?」


 使えないんだよなあ。


「……多少劣りますが大きな衝撃を与えても大丈夫なんで」


「じゃあ俺が戻ってきたら〈アーツ〉について教えてくれないかな。約束」


「……いいッスよ!」


 二人、拳をがちんと付き合わせて笑う。

 草加さんと南条さんが宍戸君を呼びに来ると、彼らはそのまま荷物を整理して地上へと戻っていった。



 結局のところ宍戸君たちは他の脱落者と一緒に地上へと戻っていった。


 防人さんはひとりでも続けるらしい。


 五人のチームのうち四人が脱落となれば当然一緒に戻ってしかるべきなのだろうが、なぜか彼はこちらに合流しようとする。


 こちらは別にチームとかではなく俺の動きを八坂女史がフォローして成り立っているだけの寄り合い所帯みたいなものだというのに……。


 困惑しているこちらに対して綱手さんはしばし考えるそぶりを見せたのち、「二人のフォローをしてください」とだけ防人さんに告げるのだった。


「八坂さん、よろしくお願いします」


 防人さんは女史をリーダーだと認識したようですぐさま挨拶をした。


 一方の女史はというと、アイコンタクトでなにかを伝えようとしているのだがとんとこちらには伝わらない。


 しかしまあ困っているようなので間には入っておく。


「防人さん、一緒に前衛頑張りましょう」


 痛くもなく、かと言って一切手を動かすことができないほど強く彼の手を握る。

 やばいな、握手なんていう陽キャな行動をやっちまった。


 驚くほど違和感しかない。


 乾いた笑い声を上げる防人さん。

 ここで俺も悪びれる。


「すみません、軽く握ったつもりなんですが……」


 俺が手を離すと彼は一瞬だけ口を強く結び……余裕を繕った。

 男の社会で一番大事なものは暴力やら武力。そういった信念すら見え隠れするような所作である。


 隣の防人さんを横目で見やる。

 がっしりとした体格やら立ち方から分かることは特になく、唯一分かることと言えばいきなり刺しに来てもちょっと痛いで済みそうなことくらいか。


 なにを言われたとしても「まあワンパンで立場逆転するし……」という謎の諦めも認められるので俺はいいか。


 八坂女史に被害がいくなら……ワンパンよりは痛いのを何発もお見舞いすることにはなりそうだ。


 綱手さんのところの執事さんは脱落者たちを見送ると所定の時刻となりましたので、と前置きをして扉を開く。


 扉の先。

 おそらくはダンジョンコアが設置されているであろう場所。

 そこにはあるべきコアはなく、代わりに法衣を着た骸骨が玉座に座っているだけだった。


 それはこちらの侵入に気づくと両眼窩に青く燃える炎を灯し、ゆらりと立ち上がるように骨格が再構築されていく。


 骸骨――識別名、リッチは人差し指をゆらりと立てる。


 すると俺の後ろから衝撃が走り、その場に居た冒険者全員が大部屋に入室させられる。


 それだけではなく部屋の至る所からスケルトンやゾンビ、ゴーストなどの敵が湧き上がってくるではないか。


「女史っ」


「あの距離は射抜けない!」


 絶対ェ親玉を倒さないと雑魚が再生するタイプだろ。


 わかるよ、女史。


 というわけで鉄杖を振り回して突き進んでいくのだけれど……。

 杖で不死者を雑にひねり潰していくうちに得物が重くなってきている……!?


 やがて一振りでは殺しきれず、処理が遅れるにつれてこちらに敵が集ってくる。


 おかしい……。


 けれどこいつらの攻撃程度、俺のドーピング皮膚が弾き飛ばさないわけが……痛え!?


 腹の深いところまで刺さっている。俺が紙装甲!?


 カタカタと骨を鳴らすスケルトンの様子は人間であれば喜色満面と言ったところか。


 撤退をしようとした時にはすでに遅く、こちらの足ががっしりと捕まれて動けない。


 ……これ、死ぬ?


 ゆっくりとゾンビが持つナイフが眼前に迫ってくる。

 失敗した。調子に乗った。


 こんな時に浮かぶのは大家さんが悲しむな、庭のダンジョンどうしたものか、そういえばあの警察の顔が浮かんで腹立つなとか大事なことからくだらないことまで。


 ――大丈夫だって、お前の絵なら誰にでも届くさ。


 どこまでもほの暗かった青春の、忘れたくないくらいの青色の部分も。


 ――私、里見君がまた絵を描きたくなるようなやつ描くから、絶対。


 全てを諦めた途端、しかし世界が早送りになる。

 ぐわん、と身体ごと襟を引っ張られた。


 中空に浮いて受け身を取り損なって身体を地面に打ち付けると呆れたような八坂女史の声がこちらに降りかかる。


「前方の白い霧を〈鑑定〉して」


 俺は感謝の言葉を言わず、すぐさまいつの間にか発生していた霧をじっと見つめる。


『不死者の粉塵:吸い込んだ者の全能力をダウンさせる。重ねがけ可能』


 はあ……? こんなの馬鹿が考えた封殺じゃないか!


 こちらの反応を見て八坂女史はこちらを言葉で刺す。


「君が強いのも分かってる。それはわたしも、敵も。わたしたちだけじゃ勝てないよ、でも君だけでも勝てない」


 だから。

 ――ここは共同戦線といかない? と嫌みったらしく彼女は口角を上げて見せた。

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