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18 侵食異界迷宮・後編

「冒険者用の酔い止めも効かないなんて……」


 板葉ダンジョンを叩くための対策本部に行く途中、八坂女史はおかしなものを見るようにこちらを見ている。


 状態異常耐性だけではなく薬物耐性までスキルによってついているので、薬局では取り扱えない薬であっても耐えきってしまうのだ。


 多分ゾウを一滴で眠らせる薬とかだったら眠らされると思うけれど……。


 ソロでやっていくために必要なものは行動を制限されるような異常に陥らないことだ。

 そのため〈スキルシード〉に経験値をつぎ込むのはかなり最初にやっている。


 その他にも〈自己再生〉のスキルを付与する指輪、〈戦人の指環〉やら復活の能力を持つホムンクルスなども相変わらず集めては持ち歩いている。

 この間のリザードマンとの戦いでかなり歴戦の顔つきになった(ボロくなった)鉄杖、そしていざという時のための保険もある。


 八坂女史は俺の胸元のベルトに留めてある秘蔵っ子を訝しげにみつめる。


「この短剣……」

「説教なら聞かないよ」


 俺が短く応えると彼女は小さくため息をつく。


「分かってるなら何も言いませんよ」


 ただし、と女史は続け――


「それ使って死んだらかなーり怒りますから」


 ……完璧に効果が分かってるっぽいな。


 〈鑑定〉のレベルが高いのだろう。

 もしかしたらあの金色の瞳も特別な力の現れだったりして。


 などと考え事をしている間に対策本部にたどり着く。


 マンションのすぐ近くにある公園にテントが張られ、自衛隊の車両がずらりと並んでいる。


 公園の入り口の検問にさしかかると、先頭の俺を見て迷彩服の男性が待ったをかけようとして……八坂女史に気がついたのか表情が少し和らぐ。


「八坂さんとお連れの方、タグを」


 お連れの方……。

 はいはい、読み取ってくだせえ。

 免許証を取り出してリーダーに通す。当然二人とも問題がないのですんなりと通された。


 発電機やケーブルに繋がれたライトで闇夜を照らし広場には多くの冒険者や自衛隊員が集まっていた。


 八坂女史がこの場に現れるなり周囲がざわつき始める。


 わかるよ、美人だもんな。

 でもこいつは学位のために俺の家の庭に不法侵入した女なんだ、結構倫理観がヤバいぞ。


 ふと、ざわつきピタリと止まる。

 対策本部の幕舎の中から静寂と人の海を割って出てくる青年がひとり。


 やたらと整った目鼻立ち、細く、しかしガッチリとした体幹、長い手足。


 この場にはあまりにも不釣り合いな紺色のスーツを着た彼は優雅さを感じられる足取りでこちらに近づいてくる。


 で、隣の八坂女史があからさまに作り笑いを貼り付けた。

 さらに腕を組もうとするも俺はそれをサッと回避。


 一瞬だけメンチを切られた。


 男は俺たちの……いや、八坂女史の前に立つと鷹揚に笑ってみせた。


「八坂さん、ご足労ありがたい。さあ、こちらへ」


 俺、彼の世界に居ないんだな……。

 多分良いところのご子息だろうしここは逃げの一手……って身体が動かないね?


「お久しぶりです飯綱さん。ですが今回は彼……里見さんの付き添いなので」


 八坂女史、「逃げるなよ?」と言わんばかりにこちらに目配せをしてくる。

 離れようと動かない身体を無理矢理動かそうとすると女史がますます笑顔になる。


 ああ、なんかそういう力があるんだね。

 でも俺を巻き込まないで。


 力づくで解くには苦労する縛り。

 そのことを知ってか知らずか青年……綱手さんがピアニストのような繊細な手でこちらと握手をした。


 恐ろしいほどに整った笑顔をこちらに向けて綱手さんは告げる。


「君が例の里見君か。私はK県企業連会長の綱手信長、今回は君にも期待しているよ」

「……もったいないお言葉、ありがとうございます。必ずや期待に応えますので」


 なので俺を挟んで八坂女史を求めないで。

 心配しなくても俺はなにもしないからさあ。


 ……県どころか世界レベルで有名な人物なんだよな、この人。名前聞いて思い出したわ。


 後ろで宍戸君たちが怯えてるし、俺たち小市民にプレッシャーかけるのやめてもらえますかね……。



 土嚢やらフェンスによって封鎖されたマンションの敷地内に入る。


 大雑把に言うとコの字型になっている建物の四隅からチームを派遣して地下……二重ダンジョンへの侵入経路を確保するのが今回の作戦だ。


 経路確保の後に予備部隊が経路を保持・保安。

 しかる後に主力を全員投入して二重ダンジョンへ侵入……というわけ。


 ミーティングでの内容を脳内で反復しながら準備をしているとギョッとした面持ちでこちらを見る八坂女史。


 ヘルメットやサポーターを装着せずにちょっとおしゃれな作業服のまま武器を握っている俺に言いたいことは分かる。


 注意しようか迷っている女史にあらかじめ告げておく。


「庭ダンから防具が出たらつけるから」

「庭ダンて」


 今のところこのマンションの屋上八階から頭から飛び降りたとしても捻挫くらいで済みそうなのだ。

 なんかもう……超人化に慣れちゃってさ。


 こちらの意図が伝わっているようではあるが女史は小さく唸る。


「レベルが上がることでの超人化というのは分かるつもりだけど、そういうのに慣れるのはあまり良くないんだよね」

「なんとなく分かるけれどさあ」


 それより俺は頭が蒸れたり関節の可動域を狭められるほうが面倒。


「そういう八坂女史も軽装備じゃない」


 彼女が身につけているのは各種プロテクター、チョッキなどなど。なんかもっと合金使うとかさ!


「魔法で強化してあって折り紙付きなんだから」


 魔法ねー、俺もちょっと憧れるよ。


「でも今回は君の進路に罠がないかを確認するのがメインかな」


 だって君、連携できないし。

 そう言葉の後ろにつけられると小学生の頃の通知表に「協調性がないです」と書かれてあったことを思い出してしまう。


 こちらがあからさまに拗ねてみせると「ごめんってー」と脇腹をぽんぽんと叩いてくる。


 いいしー、俺はソロ専門だしー。


 こほんと小さく咳払いをして八坂女史が話題を転換しようとする。


「いざとなったら〈停止〉と〈魅了〉の魔眼で助けるから、ほら」


 〈停止〉と〈魅了〉ねえ……。ん、魅了?


 そういえば昔……、こう言ってたよな。


『ホームセンターで金属バット、作業服、ヘッドライトを買おうとしていた不審者が居たから店員さんにその人の住所を教えて貰ったら案の定モグリ……というわけ』


 ……こいつ、ダンジョン見つけるためだけに魔眼使ったな!?

 いくら美人でも他人の個人情報売り渡すなんてアングラなことただのホームセンターの店員ができるわけがないし!


「なあ、八坂女史。この戦いが終わったら一緒に行きたい場所があるんだ」

「……えっ?」


 唖然とした顔の八坂女史。


「――警察か冒険者協会に」


 ばれなきゃ犯罪じゃないけれど、ばれたら犯罪なんだよ。

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