17 侵食異界迷宮・前編
板葉大友ダンジョン……完全に顕現したダンジョンへの攻略を命じられて半日ほど。
一階層分広くなり、リザードマンの再生怪人が現れるようになった庭ダンジョンに潜り、時間まで仮眠を取るとすぐに刻限がやってきた。
準備を終えた頃にインターフォンが鳴り、八坂女史が迎えにやってきた。
彼女の後ろには作業服男性が控えている。
「この人は?」
「企業連の人。わたし、ペーパードライバーだから……」
俺も東京暮らしでペーパーゴールドなので運転はできない。
以前は視力も悪かったのでどうにも運転をするのに消極的だったこともある。
車、車か……。
じり、と後ずさると玄関に居る女史が訝しむ。
「……どうしたんですか?」
早くしてくれよと言わんばかりの男性を尻目に俺は固唾を呑む。
俺はうつむいて、眉間に皺を寄せ、唸るように言葉を出す。
「……俺、車、酔う」
「――はい?」
何言ってんだこいつ……みたいな目で見ないでくれ。
◆
K県の有力者と言えば誰か。
その話になると挙げられるのは企業連の会長である綱手信夫。
代議士の家系の香坂暁彦。
そしてK大学に所属している八坂ミオたち。
主にこの三名がカネ・権力・知識と武力を保持してにらみ合いをしている。
自分――ただの中年の男であるカズヤにとってしてみれば手の届かない雲上人たちの争いでしかない。
だというのに……
(なんで巻き込まれたかな……)
カズヤは合金で出来たコンパウンドボウを担ぎ、板葉大友ダンジョンから飛来していこうとするモンスターを撃ち落としている。
弓や銃を使う冒険者は少ない。
狭い通路を探索することがメインのダンジョンアタックでは彼らはあまり役に立たないからである。
射手専門のチームでそれなりの成果を上げる生活でよかったのに、得物が理由で顕現したダンジョンの哨戒を任せられていた。
ため息交じりに矢をつがえ、放つ。
鳥の魔物を撃ち落とす。
〈気配感知〉に引っかかるまで休もうとしたときだった。
きい、と自転車のブレーキ音。
少年少女の話し声が聞こえてくると思えばこちらにやってくるではないか。
冒険者用のスーツを着た集団のうち、黒髪短髪の少年がこちらにお辞儀をする。
誰かと思えば宍戸陸だ。
若手の有力株で、この間は二重ダンジョンの攻略も果たしたと言われる俊英たち。
彼はこちらの劣等感などよそに柔らかな笑顔をこちらに向ける。
「おつかれさまです、平和島さん。対策本部はどこにありますか?」
(……名前覚えてるのか)
意外なことに驚きつつもカズヤは空を見上げつつ指定の場所を指さす。
「バリケードの外周をもうちょっと行った先にあるから。……君たちも呼ばれたなら大丈夫か」
なにせ上位の冒険者だけではなく綱手のトップと八坂ミオまで来ているのだ。
脇固めは万全だろう。
しかし宍戸は困ったように頭を掻く。
「正確にはあれは俺たちの手柄じゃないんですよ。危機一髪だったところをひとりで全部収められたっていうか……」
「……そこまでできるなら」
言って、カズヤは口ごもる。
もう人間離れしているとしか言いようがない。
綱手たちがどれだけ強かろうと彼ら五人の窮地を一人で救うことなんてできやしない。
そんな能力があればこの地方全てを敵に回しても勝てるのではないだろうか?
そこまでの人間ならば有力者三人を同時に押さえ込める、正真正銘の最強だ。
こちらの困惑など知らずに少年は「おっ、噂をすれば」と本部とは逆方向を向く。
そんな人間がいるものかとも言うことができず、釣られて宍戸が向いた方を見やる。
車の音。
ジープが止まると雪崩のようにドアを開いて転がり落ちる青年の姿。
「おーい、里見さー……」
「おえっ……」
里見と呼ばれた男は外に出るなり地面に吐いた。
顔は蒼白を通り越して土色で……
「……彼が?」
こちらの訝しむ声に宍戸は「た、多分……」と自信がなさそうに。
……これが最強か。




