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16 二重迷宮の主

 刑事の木下さんに連れられることになった。

 車で移動して長いような短いような時間が過ぎた。

 目隠しをされたままどこかに入ってエレベーターで……下に降りる感覚。


 その後病院の検査室のような一室に通されてようやく目隠しを外された。


 それからはMRIみたいな音のうるさい検査機器にかけられたり血を抜かれたりと大忙し。


 すみませーん、もう眠いんですけどと言っても「あと少しだからねえ」と看護師さんやらお医者さんやらが謝り倒すだけである。


 一通りの検査が終わる頃には眠気が極限まで高まっていてお風呂どころではなかった。


 ワンルームにベッドや冷蔵庫、浴衣、水道に湯沸かしポットなどなどが配置されているホテルの一室みたいな場所に通されてそのまま寝落ちした。


 朝起きると部屋の扉の受け渡し用のスペースに朝食が用意されていた。

 温かくも冷めてもいないベーコンエッグやらを胃に流し込んで、あとはぼうっと過ごす。


 ……高圧的な態度を取られるのもなんとも言えないメシを食べるのもじわじわと……いや、ジェットではらわたを煮えくり返しそうになる。


 扉は怖そうと思えば壊せるのでもうぶっ壊していいか? という選択肢がポップするくらいには神経にきている。


 うーあー、なんもやることがない。ベッドで無限に寝返りを打っていると聞き覚えのある声がドアの向こうから聞こえてくる。


「狩野さん、木下さん、彼の扱いはもう少し慎重にすべきです」

「こちらも猶予がないからね。もうしばらく様子を見たかった」


 声量が小さくなっていき、会話が拾えなくなっていく。


 あの声……なんで八坂女史がいるんだ?

 あと一週間はどこかに行っているものだと思っていたが。


 こん、こんと靴音を立て誰かがこちらにやってくる。

 扉がノックされる。


「新聞は間に合ってますー」

「違いますよ、ラッセンの絵画はいかがです?」


 うーん、詐欺だなー。

 ラッセンの絵画の購入を勧めるのは詐欺だよー。


 参ったなーと扉の向こうの狩野さん。


「さ、本題に入りたいので出てきてください」

「ウィ」


 待ってました、と。



 通された部屋はバドミントンのコートみたいな広さの部屋だ。


 広い通路が一本通っていて、壁に扉ばかりある奇妙な部屋のどこかを通るとそこだった。


 長方形のデスクを四人で囲んで座る。

 

「この間、八坂さんも所属している研究チームとK市迷宮企業連による二重ダンジョンの合同攻略が行われました」

「……女史、随分戻りが早かったね」

「……女史?」


 八坂女史が怪訝な目でこちらを見やった。

 あ、心の呼び方バレちゃった。


 彼女は本題に入らない二人の流れをぶった切る。


「……二重ダンジョンは行方不明になった人間がマスターとして管理する迷宮。家のダンジョンは他の二重ダンジョンを攻略することで深まる。貴方の無意識は攻略した二重ダンジョンを糧にしている。

 つまり里見さん、貴方は世界に例を見ない、地上で活動するダンジョンマスターなのよ」


 今、貴方は世界が善か悪かに傾くかを注視されているモルモットなのだと。

 八坂女史は厳かに、そして心苦しそうに告げたのだ。


「……ダンジョンマスターのなにが問題なのかは分かるよね?」


 狩野さんはこちらに話題をスルーパス。

 冒険者免許は一夜漬けで取ったから……と言える状況ではないのは確かだ。


 内心で冷や汗をかきながら思考を加速させる。


 なぜダンジョンを攻略しなければならないのか、なぜ冒険者が生まれたのか。

 それらをひとつひとつ紐解いていくのが先決だろう。


 まずダンジョンを放っておくとどうなるか。


 これは人が少ない山間部に実際に起きた事例が論拠になる。


 バイカー集団がツーリングに出かけた先にダンジョンがあり、そこに生息していた魔物が獲物を求めて地上を徘徊しているところに出くわしてしまったことがあった。

 地球にダンジョンが発生し始めた頃の話である。

 そこからダンジョンの魔物は外に出るということが判明したので、迷宮は見つかり次第報告、コアの破壊を義務づけられている。


 さて、ここで不思議に思うであろうことはなぜ自衛隊や警察に任せきりにしなかったのか。


 これは当時のダンジョンはちょっと動ける人間で注意力と根気があれば素人でも問題なかったためだ。冒険者という下請けが生まれたのはダンジョンの攻略が安易であったこと、またダンジョン産業が非常に儲かる仕事になると判断されたという経済的な理由もある。


 何せ魔石を使えばタービンが回るらしいのだ。

 色々問題はあるとしても燃料になるというのは社会バランスを大きく変じさせた。


 未知の元素で出来た合金、医薬品、電子部品。恩恵を受けた分野は数知れず。


 っと、思考が脱線した。


 要するに民間で対処できる大量のリソース源が見つかったことが現在までの恩恵だったわけだ。


 つまり――


「ダンジョンによる地上侵略、そしてプロの手でも解決が難しいことが問題……ですよね」

「その通りだ里見君。そして――」

「狩野さん、それ以上は」


 木下が狩野さんの発言に待ったをかける。

 どうやらこいつは俺を話に入れたくないらしいが、狩野さんは頑として制止を振り払う。


「ここに呼んだ時点でお話をしておくことが、今もっとも大事です」

「しかし彼はダンジョンの通報を怠って――」

「彼の事情は聞き取りをしています。その上で問題がないと判断されています」


 ……事情。

 一時期ダンジョン出現の届け出を出していなかったことだろう。

 そして狩野さんはこちらの事情を知った上で問題ないと考えている。


 木下は俺がダンジョンマスターになって地上に害をなさないかが気になって仕方ないのだろう。


 怪しさの塊だというのも分かる。


 不機嫌を隠そうともせずに木下は目を伏せる。

 狩野さんはゆっくりと、しかしすでに言葉を選んでいるように迷いなく告げる。


板葉(いたば)市東区の市営住宅のマンションで顕現(ハザード)が起きました。二重ダンジョンと化した住宅を中心に包囲しており、現在小康状態が保たれていますが県外からの支援は届きそうにありません」

「おそらく全国各地でも同じようなことが起きている……と思われています」


 狩野さんの言葉を補足する八坂女史。


 俺がダンジョンマスターであればあの庭のダンジョンを俺の思い通りに支配できる、それが向こうの考えだろう。


 同時多発的に起こっている顕現(ハザード)に対してダンジョンマスター側について欲しくないのは当然だ。


 たとえ俺がもつダンジョンが雑魚ダンジョンだったとしても、それにリソースを割かなければならないということ自体がもう人類側へのダメージになるからだ。

 将棋の駒の歩だってしかるべき位置に仕込めば恐ろしいものに化ける。


 お前は敵なのか? 味方なのか? そう問われていると考えても良い。


 俺は木下を眺め、ため息をついた。


「俺は……人類全員ろくでもないやつならダンジョンマスターについてたかもな」


 ふ、と八坂女史が笑いを堪えた。

 ……いや、堪え切れてないな。


 こほん、と狩野さんが咳払いをした。


 困ったように狩野さんがため息をついた――と思ったら穏やかな笑みを浮かべたのだ。


「ふう……。里見君、君がダンジョンマスターとして活動する意思がないのは分かった。であれば冒険者協会K県支部長として私から命令をさせて貰います」


 ヤな予感しかしない。

 基本的に命令で動かせない冒険者を動かそうってのは完全に嫌な予感しかしないよ。


「――里見君、さきほど話した板葉大友(いたばおおとも)ダンジョンの攻略班に加わってください」


 今回、拒否権はありません。

 厳かに狩野さん――狩野支部長は告げた。

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