13 トカゲの尻尾切り・中編
迷宮を駆けずり回っていると上階への階段を発見したのだがそれと同時に通路に隔壁が下りた。
そこはもう探索した場所だった。
そこでピンと来たのだ、これが罠が作動した結果だとすれば他の誰かがそうさせたものなのだろうと。
味方ならよし、敵なら……まあどれだけ居ても相手にはならない。
即座に判断を下し、隔壁に鉄杖を思い切り叩きつける。
石壁のようなものを殴って壊す姿は確実にちょっとした怪物だろうが有事なので気にしない。
できちゃうんだなあ、これが。
大穴の空いた通路を見やるとそこには草加さんと吉岡君がぽかんと口を開けてこちらを見ていた。
おーい、前に敵がわんさかといるぞ。
「よし、とりあえず二人みっけ」
「里見サン、生きてたのか」
吉岡君は少しばかり肩の力を抜いてみせる。
二人に共通して言えるのが疲労の色が濃い。
「里見さん、宍戸君たちは見ませんでしたか?」
「最下層から二階層ほどしらみつぶしに回ってみたけれど誰かがいた痕跡はなかった」
「そら、また……」
困惑の色を隠さずに草加さんはこちらを見つめる。
フカしてはないよ、本当に。
一歩ずつ少年たちににじり寄るリザードマンたち。
どうやら逃す気はないらしい。
「二人ともすぐ片付けるから少し休んでて」
「……あ?」
「頼みます」
それぞれの反応が返った直後、俺は一瞬で敵との距離を縮める。
なでるように杖を振るえば敵が散っていく。
リザードマンたちの反応は三つに分かれた。
逃げ去る者、立ち尽くす者、そしてなおも立ち向かってくる者。
逃げる者以外を照準に入れて乱暴に腰の高さほどある杖を振り回していく。
彼らの刃も魔術も、矢も俺には通らない。
度重なるドーピングによって今の俺はちょっとした攻撃では傷ひとつつかなくなっているのだ。
十秒ほどの戦闘ののち草加さんは複雑な面持ちで言葉をかけてくる。
「そこまでやらんでも……いや、仕方ないですが……」
「後顧の憂いは断つべきだけど……」
吉岡君もなんだか引いている。
まあ怖いよね、壁破ってきたあげくに暴れ回ってくるの。
俺も見たらドン引きすると思うわ。
困ったようにこちらが頭をかくと二人ともお礼を告げた。
そして次に話を切り替えてくる。
「下は里見さんが踏破しましたし、〈気配察知〉も上手く働きませんしでもう皆を探すには上をしらみつぶしに行ったほうがええんちゃいます?」
「オレも賛成だ。ボスを倒したなら迷宮の崩壊も始まっているだろうし」
吉岡君は「今度は足手まといにならない」と意気軒昂としている。
草加さんは俺が踏破した部分のデータをスマホで受け取って本当に下層の探索を切り上げて良いのかを検討しているようだ。
草加さんは数秒の思考ののちに頷く。
「行きましょうか、宍戸君も同じように数で攻められてますやろうし」
……そういえば俺は魔物の物量で押されなかったけれど。
なんでだろう……。
◆
「陸、これ以上は限界だ! 一旦立て直そう!」
「伊織君、そもそもわたしたち出口を知らない!」
「態勢を整えるだけだ! 補給はできなくてもいい!」
「……分かった、強行突破だ!」
仲間である伊織啓の提案を受け、陸は一時撤退を判断する。
リザードマンの隊列に突撃していく陸。
ダメージは覚悟の上だ。
ここで倒れてしまうのが最悪でそれは避けなければならない。
最善や次善を拾っていく戦いはいつの間にか最悪を選ばない消極的なものに成り代わっていた。
〈直感〉という、第六感のようなスキルを陸は持っている。
これはまだ発展途上のものでせいぜい視認していない致命的な攻撃を肌で感じ取る程度のものだ。
しかしこの決死行においては命を落とさないための命綱として役割を果たしている。
そしてその〈直感〉は、モンスターの群れを一歩進むたびに精度が上がっている。
少年を狙った攻撃で同士討ちをさせ、わずかでも隙があれば相手の数を減らすべく攻撃に転じる。
その繰り返しによって今はメンバーの安全すら感じ取れるほど。
(少し休んだら、これで皆を……)
剣を振るう。
泥濘のような死体溜まりを踏み越えていく。
振り返らずとも二人ともついてきているのは見えている。
篤郎と桐香は大丈夫だろうか。
里見さんに迷惑をかけたな。
二人の体力はまだ保つか。
そんな思考ばかりが繰り返される。
「はー……、はっはっ……」
息も絶え絶えの三人。
気だるさを隠すことも忘れた春菜がゾンビのように緩慢に辺りを見回した。
「……敵、なし」
「……命は、拾った、な」
啓は眼鏡のフレームなんてとっくに壊れていて前もしっかり見えていなさそうだ。
「陸、何分休む」
働かない頭に鞭を打つ。
ここが踏ん張りどころだ。
考えろ、考えろ。
みんなで帰還するためにはどうすればいいのかを考えろ。
「五分。五分休んでまずは退路を確保する。協会に戻って救出依頼を出す」
里見さんが居るならば持ちこたえるどころか……とはじき出したところで思考を打ち切る。
彼は良い人だ。
だけど、敵わないとしても彼におんぶに抱っこになるのはわずかなプライドが拒絶した。
(馬鹿だな……。死ぬことより仲間を失うことより負けたくないなんて思うなんて)
愚かだと自分でも思う。
どうしてあんな人の良さそうな青年にライバル心を抱いたのだろうか。
わずかな休みの間、誰も口を開くことはない。
誰もがこの時間を無駄に使わずに体力回復に努めた。
規定の時間に達したあと啓が口を開く。
彼らの顔色は死人のよう。
「五分」
「二人とも、行こう」
返事はない。
だが二人ともゆっくりと動き出す。
上層に向かう階段を目指して迷宮を征く。
いま、きっと自分たちはひどい顔をしている。
学費欲しさの冒険者稼業は楽なことはなかった。
だがどれも今よりかはマシだ。
生きて帰りたい。
その一心で歩を進めていく。
目の前の扉を開けると……そこは上階に繋がる大部屋であった。
瞬間、〈直感〉が騒ぎ出す。
勝てない相手が目の前にいるのだと声なき感覚が告げていた。
成人男性よりもはるかに巨大な、堅牢な鎧を身につけたリザードマン。
それが手にしているシミターは真新しく誰の血も吸ったことがなさそうだ。
歴戦とはほど遠い新兵のような貫禄にしかし陸は勝機を見いだせずにいた。
(くじけるな。怯えは伝染する。せめて強気でいろ)
長剣を抜く陸。
敵も含めそれぞれが戦闘態勢に入り、陸とリザードマンが間合いを詰める。
「せあッ!」
「――ッ!」
振り下ろした剣がぶつかる。
鍔迫り合いに持ち込まれ、徐々に押されていく。
とっさに啓が叫び魔術を行使する。
「足下!」
リザードマンの足下を砂に変えたのだ。
敵はわずかにバランスを崩し、陸はそれを思い切り突き飛ばす。
たたらを踏んだトカゲにそのまま斬りかかる。
しかし――衝撃とともにキィンと甲高い鉄の音鳴るだけだ。
見れば長剣の刀身が折れていて。
迫る凶刃。
春菜が到達の瞬間に魔法の〈盾〉を張り、砕けゆくそれと一緒に吹き飛ばされる。
「――!」
肺から空気が吐き出される。
にじり寄ってくる敵を迎え撃とうとしても身体が動いてくれない。
啓の魔術も春菜の魔法による妨害も敵は一顧だにせずにゆっくりと陸に向かってくる。
ゆっくりとリザードマンがやってくる。
(俺は、まだやれる!)
片刃の剣を大きく振り上げられ――しかし、自分の身体に到達することはなく。
金属がぶつかり合う音。大上段に振り上げられた敵の攻撃を防いだのは――
「――里見さん」
「後は任せてくれ、宍戸君」
リザードマンの怪力を鉄杖で受け止めながら彼はいつも通りの、ちょっと情けない顔で言ってのけるのであった。




